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地域の「脱炭素社会ビジョン」策定の可能性 「ゼロカーボンシティ宣言」実現のために

地域の「脱炭素社会ビジョン」策定の可能性 「ゼロカーボンシティ宣言」実現のために

2021年04月03日

「ゼロカーボンシティ宣言」は多くの自治体が宣言している。自治体として2050年のカーボンニュートラルを実現していくというものだ。宣言したのはいいものの、自治体にとって、脱炭素に向けた計画立案は容易ではない。しかし、適切な支援さえあれば、決して不可能ではなく、むしろ立案することによって、事業を推進しやすくなる。具体的な方策をエネルギー事業コンサルタントの角田憲司氏が解説する。

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地域単位でも必要な「脱炭素ビジョン」

前回は、国主導による「地域脱炭素ロードマップ」に触れたが、本来ならば、並行して「ゼロカーボンシティ宣言」をした地方自治体を中心に、自治体主導による「2050年ゼロカーボン実現に向けたビジョン(計画)」が求められるはずである。

ゼロ宣言の大半は首長による意思表明に過ぎず、ビジョン(計画)作りが後回しにされるようでは脱炭素化に対する自治体(首長)の姿勢を問われかねないからである。

とはいえ、一般に自治体の諸計画は5~10年程度先を見通すものが多く、地球温暖化対策計画では2030年頃を目標とするものが多い。また、国の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」も、「バックキャスティング」といいながらも未確定要素が多いので、進捗を見ながら修正する方法が採られている。

そういう中で、国に比べて情報収集能力やリテラシー、財源等の制約が大きい地方自治体(とりわけ中小)が、国と同じスコープで「2050年までの地域での脱炭素化」を見通すことは、実際、容易ではない。

一方、今般、改正される「地球温暖化対策推進法」では、「2050年までの脱炭素社会の実現」が基本理念として明記され、かつ、自治体の「ゼロカーボンシティ」宣言の実現等に向け、自治体が中心となり、円滑な地域合意を図り、地域の再エネ資源等を地域の課題解決にも貢献する形で利用していく環境を整備するための取り組み(地域脱炭素化促進事業※1)を推進することも盛り込まれている。

が、この地域合意、すなわち地域のステークホルダーの利害関係調整を円滑に行うためには、行きつく先である「2050年の在り姿」としての「2050年ゼロカーボン実現に向けたビジョン(計画)」を策定しておくことも必要になるのではなかろうか。

※1:自治体は環境への影響を考慮したうえで再エネの「促進区域」を定め、事業者や住民らからなる協議会で事業計画の合意を得る。事業者に災害時の電力供給など地域貢献を求めることも想定する。合意した事業は環境アセスの手続きを短縮できる。農地転用に必要な農地法などの許可も不要にする。

地域における「脱炭素社会ビジョン」策定の手順

しかし自治体が現段階で、独自に、30年に及ぶビジョンを策定することは容易ではない。

そこで今回は(少しマニアックになるかもしれないが)、本年2月に作成された、国立環境研究所福島支部の「地域における『脱炭素社会ビジョン」策定の手順 Ver.1.0」というマニュアルを紹介したい。

本マニュアルは、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」や「ゼロカーボン」をめざす自治体が具体的な目標を立て、行動計画を策定するための考え方や手順をまとめたものである。

脱炭素社会ビジョンの内容


地域における『脱炭素社会ビジョン」策定の手順 より

マニュアルの読者としては、自治体の企画部局・環境部局に加え、産業・交通などの関連部局の担当者、脱炭素社会ビジョン策定を支援する専門事業者を想定している。

だが、脱炭素社会の実現に関心のある事業者、市民団体、教育関係者、学生など、行政担当者以外の人々にとっても、「地域の脱炭素ビジョンが、どのようなデータ収集や分析を通じて、どのように組み立てられるのか」を理解する上で役立つものになっている。

ゆえに、再エネ開発や地産地消型のエネルギー事業に携わる者、あるいはこうした事業を自治体と連携して行おうとしている者にとっても、知りおくべきことだと考える。

将来シナリオを、「バックキャスティング」により定量化を試みる

マニュアルの詳細な紹介は割愛するが、「脱炭素とは、温室効果ガス排出量実質ゼロという定量的目標の達成である」との考え方の下、「温室効果ガスの排出量計算」をベースにして将来シナリオを、「バックキャスティング」により定量化を試みるところに、本マニュアルの第1の特徴がある。

たしかに「2050年に排出量実質ゼロにする」という目標は定量目標であり、定性目標ではないので、具体的な対策とその効果を数値で示してシナリオ化しないことには意味がない。

本マニュアルはビジョン立案の実務者がどういうデータを収集し、それをどのように分析して排出量実質ゼロへの道のりを示すかを解説しているのだが、同時にその作業(エネルギー消費量、CO2排出量、CO2排出係数を用いた対策効果の測定等)は極めて専門性の高いものであることもわかる。

ゆえに本マニュアルでは、自治体が策定するにあたっては相当量のデータ収集と専門的な計算作業を担うプロ集団(モデル分析チーム)が必要だとしている。

つまり、ビジョンといえどもカーボンゼロを定量目標とするならば、地方自治体や地域のステークホルダーが中心となる従来型のビジョンや計画とは一線を画した、高度な策定能力が必要ということであり、これが第2の特徴である。

地方公共団体における脱炭素社会ビジョン策定体制の例


地域における『脱炭素社会ビジョン」策定の手順 より

本マニュアルの第3の特徴は、地球温暖化対策の専門家の手によるものだけに、ビジョン策定に必要となる要件を網羅しており、自治体ベースであれこれ考える手間を省けることである。ただし、漏れがない分、検討範囲が広く、多くの関係者と協働することが求められる。

また、本マニュアルに基づく策定作業は極めて専門的になるため、地域内の住民や事業者等から見えにくくなる可能性がある。それを防ぐために、幅広く一般の住民や地域内の事業者の意見を取り入れるための意見交換会や、専門的な助言を求めるための有識者委員会の設置を推奨している。これが第4の特徴といえる。

本マニュアルに基づく「大熊町ゼロカーボンビジョン」

福島県大熊町は、本マニュアルの策定者である国立環境研究所福島支部が協力して、この手順で策定した「大熊町ゼロカーボンビジョン」を策定した。

同ビジョンではゼロカーボンの必要性や道のり、具体的な取り組み等がわかりやすく示されており、我々にも大変、参考になる。また表面的には見えにくいが、当然、各取り組みはプロによる定量化作業で裏打ちされており、信憑性や柔軟性(ある変化に対して容易にシナリオ修正がかけられること)等が担保されている。

大熊町ゼロカーボンビジョン

その意味では、本マニュアル(地域における『脱炭素社会ビジョン」策定の手順)と「大熊町ゼロカーボンビジョン」をセットで参照してもらいたいのだが、大熊町のビジョンについては、以下に示すとおり、特殊条件があることを心得ておく必要がある。ただし、その特殊条件を割り引いてもなお、我々の参考になるはずである。

特殊条件

*大熊町は原発事故により全町避難した町であり、現在でも町民の帰還は少なく(震災前人口11,500人→現在の人口1,000人弱)、2050年では移住者(3,000人)を入れて4,000人程度を見込んでいること。

*ゆえに、人口減少・過疎化の進展やエネルギーインフラの「スクラップ&ビルド」を前提としてゼロカーボン化を進めねばならない他の自治体と違って、同町の「ゼロカーボンを復興の軸とした新しいまちづくり」では「ビルド型のゼロカーボン化」となること。

このように、温室効果ガスを実質ゼロにするという脱炭素化のビジョン(計画)づくりは、現時点での地方自治体においては「荷が重い」ように見えるものの、専門家の支援を受ければ「やってやれないことではない」。

ましてや、地球温暖化対策はEBPM(Evidence-based Policy Making:証拠に基づく政策立案)で進められるべきであるというセオリーに鑑みると、チャレンジする価値はあるのではなかろうか。


福島県大熊町の相馬野馬追祭 2017年撮影

角田憲司
角田憲司

エネルギー事業コンサルタント・中小企業診断士 1978年東京ガスに入社し、家庭用営業・マーケティング部門、熱量変更部門、卸営業部門等に従事。2011年千葉ガス社長、2016年日本ガス協会地方支援担当理事を経て、2020年4月よりフリーとなり、都市ガス・LPガス業界に向けた各種情報の発信やセミナー講師、個社コンサルティング等を行っている。愛知県出身。

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