世界的なLNG(液化天然ガス)価格の高騰が一般家庭を直撃している。2021年に入ってから、電気料金の値上げが止まらず、東京電力管内の標準家庭は今年1月と比べて920円、約15%上昇し、10月の電気料金が7,238円になる。中国の爆買いなど、複数の要因が重なり、LNG価格はこれまでにないレベルで高止まりしている。電気料金の値上げも落ち着く気配がない。
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LNGのアジアスポット価格の指標であるJKM(ジャパン・コリア・マーカー)が、季節外れの高止まりをみせている。
例年なら、月別スポットLNG価格の平均値は、1月は100万Btu(英国熱量単位)あたり8ドル程度で推移し、春から夏にかけ5ドル台に低下し、秋以降は8ドル超となるのが通常だった。ところが、今年は一変し、異例の夏となった。
そもそも、世界的な寒波などの影響でLNG需給がひっ迫した結果、2021年1月のスポット価格は、32.5ドルの史上最高値をつけていた。しかし、2月下旬には5ドル台まで急落し、これで落ち着くかにみえたが、3月から上昇基調に転じると、価格上昇が止まらない。
7月末に15ドル台を超えると、8月に入り一時17ドルに達し、8月末で16ドル前後を推移している。
2020年8月と比べると5倍以上の高騰だ。
LNGの高騰を受け、日本の平均LNG輸入価格も下げる気配がない。
2020年3月以降の原油価格急落の影響により、2020年8月から10月にかけて、2005年1月以来の低水準となる5ドル台まで下落。その後、原油価格の回復に伴い、2020年12月には7ドル台に上昇した。堅調な原油価格の値動きに応じて、2021年2月には9ドル半ばまで上昇すると、その後、上下を繰り返しながら、7月の日本着スポットLNG価格(速報値)が、12.2ドルをつける。
この水準は経済産業省が調査を開始した2014年以来だという。
高騰する背景には、中国の爆買いや新型コロナウイルスからの経済回復、そして脱炭素の流れなど複数の要因が絡み合っている。JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)などは、「秋以降もこの高価格が継続する」と予測する。
中国の2021年1〜7月のLNG輸入量は4,545万トンと前年同期比で3割増えた。一方、世界最大の輸入国だった日本は6%増の4,508万トンであり、すでに中国が日本を抜いている。
今年6月には、調査会社のICISが、2021年の中国LNG輸入量は8,120万トンとなり、日本の7,520万トンを抜き、世界第1位のLNG輸入国となると予測。2022年2月の北京オリンピック開催など、さらなる需要の増加を予想する声もある。
中国爆買いの背景にあるのが、新型コロナウイルスからの経済回復と脱炭素だ。
中国は2060年までにCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げており、石炭火力に比べCO2排出量が少ないLNGシフトを加速させている。
JOGMECなどは、「LNG輸入量は毎年2ケタ成長し、2025年の輸入量は9,300万トンに達する」と予想しており、中国の爆買いは当分続く見通しで、LNG価格の高止まりも続きそうだ。
2021年1月にJKMのスポットLNG価格が32.5ドルという史上最高値をつけたため、この高値に吸い寄せられるように、世界中のスポットLNGが日本、中国、韓国などに殺到した。このあおりを受けたのが欧州だ。
欧州へのスポットLNG輸入が激減し、2021年6月までのLNG輸入量は前年同期比2割弱減少した。その一方、2021年4〜5月の気温は例年より低く、LNG火力の発電量が増加。これに新型コロナウイルスからの経済回復も重なったことで、2021年6月までの消費量が前年同期比25%増える。25%増は、四半期ベースで1985年以来の最大の伸び率だ。
その結果、欧州の天然ガス在庫が大きく減ることに。2021年8月18日時点で694TWhと1年前と比べ30.1%減少しており、貯蔵容量の62.4%にとどまっている。例年であれば90%近くに達しており、異例の少なさだ。
さらに、ロシアが欧州の需給ひっ迫に拍車をかけている。
ロシアが、対立するウクライナを通るバイプライン経由での欧州向け輸出を抑制しているためだ。
そのロシアは、天然ガスをバルト海経由でドイツに運ぶ海底パイプライン「ノルドストリーム2」を8月中にも完工予定だが、EUの規制強化によって本格稼働が遅れる可能性がある。JOGMECは、「2021年12月までにノルドストリーム2が稼動すれば、間一髪で世界のLNG需給ひっ迫は回避される見込みだが、万一遅れが発生すれば、欧州の天然ガス在庫が前例のない低レベルになる可能性も残されている」と指摘する。
さらに、CO2を多く排出する企業が購入する排出枠、いわゆるEU-ETSの価格が高騰しており、2021年7月には史上最高となる69.7ドル/トン-CO2を記録した。EU-ETSの高騰もまた、石炭火力からLNG火力へのシフトを促しており、LNG価格を引き上げる要因になっている。
中国、そして日本、韓国、欧米など、LNGの争奪戦は世界的に広がっており、いつ価格が落ち着くのか、見通せない状況が続く。価格の上昇はLNGにとどまらず、今年5月、世界の平均海上石炭価格は、2020年の価格レベルから2倍を超える高値まで上昇している。
LNGなどの価格上昇が一般家庭を直撃し、電気料金の値上げが止まらない。
LNGや石炭価格の高騰を受け、東京電力など大手電力会社は、燃料価格を料金に反映できる、燃料費調整制度に基づき、転嫁を行うが、2021年入りほぼ毎月のように電気料金が上昇する事態になっている。
東京電力管内の標準家庭の10月の電気料金は今年1月と比べると920円、15%上昇し、7,238円になる。
2050年脱炭素に向け、再生可能エネルギーの普及拡大を進めるが、現状、日本は電力の76%を火力発電に頼っており、主力電源はLNG火力だ。
LNG価格の高止まりが常態化すれば、一般家庭の電気料金も上がり続けるだろう。
こうした中、電力の安定供給、そして電気料金の引き下げに向けて、産業界では原子力の再稼働や新増設、立て替えを求める声が根強い。
しかし、これまでに再稼働したのは10基にとどまり、また、東電の柏崎刈羽原発のように不祥事が続き、再稼働のめどがたたない原発もあり、国民の再稼働に対する世論は依然として厳しい。
経済産業省は原子力政策について、今年7月にとりまとめた「第6次エネルギー基本計画」の素案で、「必要な規模を持続的に活用する」という方針を示すも、産業界が強く求めた立て替えや新増設は盛り込まなかった。
やはり、電気料金の引き下げには火力発電の比率の引き下げ、つまり、再エネの普及拡大、安定供給に向けた蓄電池や送電網などの開発が欠かせない。
経産省は2019年時点で18%だった再エネ比率を2030年までに36から38%と倍増させる方針を掲げている。
しかし、再エネにも課題がある。国民負担だ。
政府は2012年より、太陽光発電や風力発電などの普及拡大に向け、再エネでつくった電力は大手電力会社が買い取ることを義務づけている。その買い取り費用の多くは電気料金に上乗せされ、国民が広く薄く負担する仕組みだ。
再エネ比率は2020年に22%となり、今後の導入量はさらに加速することが見込まれている。ただし、再エネ導入量が増えるとともに、国民の負担額も増加中だ。2012年度の標準家庭の負担額は年間684円だったが、2021年5月から東京電力管内の標準家庭の負担額は月873円となり、年間1万476円とはじめて1万円を超える。
負担額は今後も増える見通しだ。
政府は2050年脱炭素、2030年CO2排出量の46%削減目標を掲げており、その実現には再エネの導入拡大が欠かせない。その一方で、買い取り費用の総額は2021年の3.8兆円から、2030年には5.8〜6兆円まで増える見込みだ。電力中央研究所などは2030年の負担額は今より最大2割以上あがると試算しており、電気料金の値上がりが避けられない状況だ。
だが、太陽光発電などの再エネの発電コストは劇的に低下しており、世界では、最も安価な石炭火力よりもコストが安い時代に入っている。
日本においても、経産省が今年7月、2030年には事業用太陽光発電が原子力を抜き、最も安価な電源になるとの試算を公表している。太陽光発電の普及拡大によって、一般家庭の電気料金を押し下げる効果が期待されている。実際、今年の電気料金の値上がりをみると、920円のうち、約90%が燃料価格高騰によるものだ。また、世界銀行やEIA(米国エネルギー情報局)は、当面、化石燃料価格の上昇が続くと見込んでいる。
やはり脱炭素の実現、さらに電気料金の引き下げには、火力発電比率の低減とともに、一般家庭が安価な再エネの恩恵が受けられるよう、再エネのさらなるコスト低減や送電網の増強などが欠かせない。
政府も安価な再エネの導入拡大などが実現すれば、電気料金が今よりも安くなると見通している。しかし、LNG価格の高騰が落ち着く気配を見せない中、燃料調達を海外に依存し続ければ、電気料金の上昇は免れないだろう。エネルギー自給率の向上、そして電気料金の観点からも、政府には取り組みの加速が求められている。
(Text:藤村朋弘)
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