各国政府に「悲惨な警告」 気候変動による影響や適応、脆弱性についてIPCCが取りまとめ | EnergyShift

脱炭素を面白く

EnergyShift(エナジーシフト)
EnergyShift(エナジーシフト)

各国政府に「悲惨な警告」 気候変動による影響や適応、脆弱性についてIPCCが取りまとめ

求められる革新的な適応策

気候変動に対する適応策については、報告書は「進展が見られる」としつつも、不均等で、かつ目先の気候リスクの軽減を優先するものが多いとしている。今後は、それぞれの地域にあまねく対応した、革新的な適応策が求められるということにもなる。また、資金についても後述するが、気候変動枠組み条約の国際交渉(COP)でも、緩和(温室効果ガスの削減)と比較して適応に関する資金が不足していることを指摘する声が強い。

さて、報告書では、さまざまな適応策が示されている中で、とりわけ水不足や食糧生産への対策として、灌漑がもっとも一般的だという。多くの地域で干ばつリスクなどを減らすことになるが、適切な管理がなければ悪影響の可能性もある。この他にも農業についてはさまざまな提案が示されている。例えば、品種改良、農林複合経営、都市農業などが効果的なオプションとなる。

漁業については自然に働きかけるアプローチが、生物多様性や持続可能性などに資するものとなる。

いずれにせよ、地域に応じた、社会的不平等を解消するようなことが、あるいは食品の廃棄の削減やバランスのとれた食品の提供が、食糧安全保障を強化する。とりわけ、世界中で約34億人が農村部に住んでいるが、こうした人々は困難な状況に置かれているため、社会的保護プログラムに組み入れていくことが効果的だという。

近年、山火事が増加しており、同時に病害虫のリスクも高まっている。こうしたリスクに対処するためには、適切な森林経営が必要だ。例えば、樹木の多様性の確保や、適切な手入れである。また、自然林の回復や、とりわけ泥炭地の回復は、土地における炭素蓄積量と吸収量の回復力を高めることになる。

エネルギーについては、多様な再エネの開発が有効だとしており、蓄電やスマートグリッドなどの需要側の管理も気候変動に対する脆弱性を軽減できるとしている。とはいえ、水力発電などは気温上昇が2℃を超えると発電量が減少する。

健康についても猛暑対策などだけではなく、水や食物によって媒介される疾病への対策も求められる。マラリアやデング熱だけではなく、例えば穀物などに生えるカビ毒の被害を防ぐことも含まれる。

こうした適応策をとったとしても、一部のサンゴ礁や沿岸湿地、熱帯雨林、極地など適応の限界に達している地域もある。また、生態系に基づく適応策が人々に利益をもたらす効果がすでに失われている地域もある。こうした地域の存在に対しては、移住が必要となる。国内外での安全な移住の確保もまた、気候変動に対する脆弱性に対応するものとなる。

適切ではない適応策の例としては、防潮堤が取り上げられている。短期的には海面上昇など影響を軽減することになるが、長期的には沿岸などにおける資産に対するリスクを増大させることにもなる。また、こうした施設が造られることが、リスクを固定することにもなる。したがって、適応策は長期的な計画であることが求められる。

適応にあたっては、教育や芸術、先住民の知識などあらゆる分野の能力開発が含まれるということも指摘されている。さらに、資金調達にあたっては、特にグラント(競争的資金)、エクイティ(資本)、市場公募債など多様なものが含まれ、公的資金も重要だとしている。

気候変動に強い公平な開発を

報告書は、気候変動に適応し、あるいは緩和(温室効果ガスの削減)していくためには、開発がこれまで以上に急務であることを示している。同時に、そのための開発の機会は減少しているということだ。そのため、気候変動対策に対応した「持続可能な開発」を軌道に乗せていくことが必要だという。

報告書ではここまでで、灌漑やエネルギーインフラ、森林や海洋などの生態系の保護などを示してきた。その上で報告書は、気候変動の対応した開発について多くの機会がある地域がある。前述のような沿岸地域や島しょ、山岳、極地などだ。こうした地域での開発を優先させつつ、公平性と社会的・気候的公正に基づく開発が、気候変動リスクを軽減することになる。また、開発は政府だけではなく、地域社会、市民社会、教育機関、非政府組織、あるいは女性、先住民、少数民族など社会から疎外されている人々を含めたパートナーシップを構築することが効果的だ。

図4は、開発に関わる社会的選択が、どのような将来に向かうかを示したものだ。選択によって、気候変動を抑制する道筋が失われていくことになる。緑の点線で示されたのは、すでに失われた経路だ。

図4


出典:IPCCHP

農村以外で、開発にあたって重要なものとなってくるのが、沿岸部の都市だ。都市化そのもののリスクに加え、海面上昇など複合的なリスクに直面する一方で、貿易のサプライチェーンなど重要な役割を担っているからだ。

また、気候変動に対応した開発の重要性については、次のように指摘されている。「気候変動がすでに人間や自然のシステムを破壊していることは明白である」「この10年間で、中長期的な道筋が、どの程度まで気候変動をもたらすかが決まる」ということだ。同時に、現在のような開発で気候変動問題に対応することは困難だということも示している。

開発は、特に脆弱な人々のための資金調達などを強化し、国際協力があってようやく可能となる。

報告書では最後に、「(気候変動の)科学的根拠は明白である。気候変動は人間の福利を脅かすものである。適応と緩和のための世界的な協調行動がこれ以上遅れたら、すべての人にとって住みやすく、持続可能な未来を確保するための機会は、急速に失われることになる」と結んでいる。

皮肉なことに、この報告書が公表されたのと同時期に、ロシア軍によるウクライナへの侵攻が発生した。このことにより、人々の命が失われるだけではなく、格差の拡大、あるいは天然ガス代替としての石炭の消費拡大やエネルギー価格の上昇などが引き起こされている。まさに、今回の報告書に反する現実が起きているということになる。その意味でも、今回の報告書が警告する内容は、人類全体にとって極めて大きな意味を持つものだといえるだろう。

 

「気候変動」に関連する記事はこちらから

もとさん(本橋恵一)
もとさん(本橋恵一)

環境エネルギージャーナリスト エネルギー専門誌「エネルギーフォーラム」記者として、電力自由化、原子力、気候変動、再生可能エネルギー、エネルギー政策などを取材。 その後フリーランスとして活動した後、現在はEnergy Shift編集マネージャー。 著書に「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(秀和システム)など https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798064949.html

エネルギーの最新記事