脱炭素には炭素税と税収の有効活用を 東京大学 松村敏弘教授 インタビュー(後編) | EnergyShift

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脱炭素には炭素税と税収の有効活用を 東京大学 松村敏弘教授 インタビュー(後編)

脱炭素には炭素税と税収の有効活用を 東京大学 松村敏弘教授 インタビュー(後編)

2021年05月19日

経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員である、東京大学社会科学研究所の松村敏弘教授へのインタビュー後編をお届する。今回はカーボンプライシングはどのような政策であるべきかを中心に語っていただいた。世界がカーボンニュートラルに向かう中で、日本もまた、歩調を合わせていくことが必要だという。(全3回)

前編「消費者がエネルギーミックスの数字を決める」はこちら
中編「エネルギーはすべてゼロエミッション化を」はこちら

シリーズ:エネルギー基本計画を考える

炭素税は低炭素政策の一丁目一番地

― 直近となる2030年に向けて、数値目標はともかく、重点政策を決めていくことは重要です。

松村氏:自分が関与しているわけではないのですが、経済学者としては、低炭素政策の一丁目一番地は炭素税だと考えています。

日本にはまともな炭素税はまだ本格的に導入されていません

現状は、非化石証書や地球温暖化対策税など、いろいろな形でカーボンプライシングが導入されていますが、すっきりした炭素税ではありません。歪んだ制度、わかりにくい制度が多数入れられた結果、企業部門が結果的に大きな費用を負担しているのにもかかわらず、国際的に高く評価されないという悲惨な状況になっています。

ゼロエミを目指すのであれば、炭素の量に対応した透明性の高い負担に切り替えていくべきです。

日本が高い税率で炭素税を導入すれば、国際的にも努力していることを示すことができます。努力をしていないと見られると、産業も生き残れないという傾向が、世界的にもますます強まってくると思います。

また、炭素税は過渡的には大きな税収をもたらします。これを有効に使って、国民負担を無闇に増やさないでCO2排出削減を拡大していく議論も必要で、こうしたことが基軸になってくると思います。

さらに、炭素税の税率をどのレベルにするのかは、きちんと議論する必要があります。高く設定すればゼロエミ電源の強い支援になりますし、低く設定すれば低炭素の電源を残すことになり、それを減らすためにはまた追加の歪んだ制度・政策が必要になってしまいます。

エネルギーの分野に限らない政策として、基本計画の中でもいろいろな支援が提案されています。厳しい財政事情の中で、炭素税は有効に使うことができますし、後の世代の負担にするのではなく、炭素税を原資として合理的なサポートをしていくことが、産業の保護にもなります。

したがって、政策としてもっとも重要なのが、それなりの規模の炭素税ということになります。


東京大学社会科学研究所 松村敏弘 教授(撮影は2020年4月)

― カーボンプライシングとしては、排出権取引制度もあります。

松村氏:排出権取引の場合、オークション方式であれば、収入があるので、炭素税と同じ効果が期待できます。

とはいえ、排出権の価格の乱高下がありえます。その点、炭素税は安定した収入になるだけでなく、企業の予見可能性も高まりますので、テクニカルな視点では炭素税の方が望ましいと思っています。

排出権取引がだめだというつもりはありません。とはいえ、グランドファザリング(初期割り当て方式)では収入はありませんし、初期割り当ての増加を狙って様々なロビー活動がされることも予想され、資源配分を歪めかねません。

排出権取引とするなら、オークション方式を導入すればCO2の削減誘因を与えると同時に、排出権売却収入を有効に活用でき、二重の配当になります。カーボンプライシングとしては、グランドファザリングによる排出権取引もありえますが、炭素税の方が合理的です。

― 日本だけが高い炭素税を導入したら、産業に大きなダメージがあるという意見があります。

松村氏:世界が削減せず、日本がCO2を削減しても、他の国でその分排出される、いわゆる炭素リーケージの議論は正しい。したがって産業への打撃も大きくなります。

しかし、削減目標を引き上げるときは、世界中で引き上げることになります。世界中で削減していれば、打撃は相対的に小さなものになります。世界中で高い炭素税が導入される事態と日本だけが高い炭素税を導入する事態では、産業への影響は当然に違います。

むしろ、日本だけが意欲的でなく、低い炭素税を入れていたら、世界からどのように思われるでしょうか。本来は日本が主導して世界中に透明な、意味のある税率の炭素税を入れるべきであったのに、それができなかったことはとても残念です。

エネルギーミックスは国民の選択で決まる

― カーボンゼロを考える上では、原子力をどのように扱うのかは、重要な問題だと思います。

松村氏:一般的な話として、特定の電源に対して特定のサポートをしていく、という議論は警戒すべきです。

原子力はCO2を出さないから推進すべきだと言いつつ、その一方で炭素税に反対だという議論には、信ぴょう性はありません。炭素税はゼロエミ電源が有利になるしくみです。その一方で、低炭素化に圧倒的な効果があるにもかかわらず、炭素税に反対しているというのは矛盾です。

炭素税は特定の電源に結びつくものではありません。ですから、特定の低炭素電源の支持を訴えながら炭素税に反対というのは、その特定の電源が低炭素、ゼロエミッションという価値を考慮したとしても生き残れないほど社会的価値が低い、という疑念を招きます。国が確信を持って特定の電源を推進するのであれば、首尾一貫した議論をしていくべきですし、そうでなければ、国民の信頼を得られません。

逆に、整合性を持った議論にしていくためには、国民がエネルギー政策に関心を持ち続けることが重要です。その意味では、いろいろな媒体でエネルギー政策に関して報道されることも重要です。

― お話しをおうかがいしていると、制度を整備するにあたって、市民・国民を信じているということがベースにあるのではないかと感じました。

松村氏:原子力は何%以上にすべきか、といった議論が起きていますが、基本的には消費者の選択を信じています正しい情報に基づいて、あるいはしくみを理解すれば、消費者は基本的に正しく選択できると考えています。そのためにも、情報を的確に伝えることは重要です。

― 世界はカーボンニュートラルに向かって動いています。日本の現状はまだまだ心もとないのですが、それでも日本も歩調を合わせていくということでしょうか。

松村氏:そもそも、再エネ比率を上げようとしても、需要規模が大きい国にとっては不利です。日本はなかなか比率を上げられませんでした。しかし、2050年ネットゼロの政策をとる。足元では心もとないように見えるのでしょうが、2050年に向けて加速していくことになるはずですし、そうすべきです

前編「消費者がエネルギーミックスの数字を決める」はこちら
中編「エネルギーはすべてゼロエミッション化を」はこちら

(Interview &Text:本橋恵一、小森岳史、Photo:岩田勇介)

松村 敏弘
松村 敏弘

東京大学社会科学研究所教授。博士(経済学、東京大学)。大阪大学助手、東京工業大学助教授を経て現職。専門は産業組織、公共経済学。1998年より電力改革の仕事に携わり、現在は経済産業省の調達価格等算定委員会、基本政策分科会、制度設計専門会合等の多数の委員会の委員を務める。

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