“Disrupt yourself, before someone disrupts you(誰かに壊される前に、自分自身を破壊しろ)”とは、ベンチャー企業の新陳代謝が激しいアメリカでよく使われるフレーズだ。フォードは、EVへのシフトにあたり「Disrupt ourselves」をスローガンのひとつに掲げている。原点のベンチャースピリットに回帰し、新たな時代に立ち向かう決意がにじみ出る一言だ。
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世界の自動車業界は、2020年12月の欧州委員会の「Sustainable and Smart Mobility Strategy(持続可能でスマートなモビリティ戦略) 」によって、業界の大転換がいっそう熱を帯びている。この戦略は、2050年カーボンニュートラルを目指す「欧州グリーンディール」の一環で、2030年までに電気自動車(EV)をヨーロッパ内で少なくとも3,000万台にまで増やすとした。トラックなどの大型車も2050年までに排出ゼロとしなければならない。
2030年までにはもう10年を切っており、将来のシェアを守るには、EVの早急な開発と販売が自動車各社にとって急務であることは想像に難くない。開発の遅れは、10年後のシェアどころか会社の存続にすら関わる死活問題だといえるだろう。
2021年2月17日、自動車世界大手フォードの欧州法人は、欧州で販売される乗用車について、2026年の半ばまでに、すべてをEVもしくはプラグインハイブリッド(PHV)のゼロエミッション対応とし、さらに2030年までに100%EVに転換すると発表した。
一方、商用車については2024年までに全車種でEV、PHVを発売し、2030年までには、商用車販売に占めるEV、PHVの割合を67%まで高めるという。2018年から戦略的提携を続けているフォルクスワーゲン、トルコ・コチ財閥との合弁会社Ford Otosanとも協力しながら商用EV・PHVの販売拡大を図る。ちなみにフォルクスワーゲンとフォードは、2019年にEVと自動運転車(AV)についての業務提携を行っている。
さらに、欧州で販売する乗用車と商用車のEV化を進めるため、10億米ドルを投資し、フォード欧州法人の拠点であるドイツ・ケルンに新しくEVの工場を建設する。これはフォードにとって欧州初のEV製造拠点だ。2023年の稼働を目指す。新型EV「Mustang Mach-E」などを中心に製造し、欧州市場向けに販売する。
フォードは欧州での動きに示されるように、企業全体として「Ford Goes All-In on Electric Vehicles」と銘打ってEVシフトを加速する。
このシフトにあたり「Turnaround auto(自動車への回帰)」「Modernize everywhere(すべてを近代化する)」「Disrupt ourselves(自分自身を打ち壊す)」という3つのスローガンを掲げた。
中でも「Disrupt ourselves」とは、アメリカでスタートアップ精神を象徴する“Disrupt yourself, before someone disrupts you(誰かに壊される前に、自分自身を破壊しろ)”というフレーズを想起させる。1900年代初頭、ヘンリー・フォードが創業した当時の起業家精神に立ち返るという覚悟が垣間見える。
フォードが欧州に進出したのは約90年前だが、近年は成熟した欧州市場で苦戦を強いられてきた。2019年から2020年にかけては、欧州部門を「商用車(Commercial Vehicles)」「乗用車(Passenger Vehicles)」「輸入(Imports)」という3部門に再編し、EV・PHV開発は部門横断的に注力してきた。生産拠点も整理したため、閉鎖によって削減された人員は約1万2,000人にのぼるという。
2年間の事業改革によってコスト構造が改善され、的を絞ったターゲティングによってフォード欧州法人の業績は大きく回復。2020年第4四半期には黒字に転換した。
本国である米国でも、フォードの革新はスピードアップしている。
2月1日には、自動車向けのOS開発のパートナーとしてGoogleと6年間のパートナーシップを結んだ。Googleのデータ、人工知能(AI)、機械学習(ML)のノウハウを生かし、フォードの人気車種「Lincorn」にAndroidを搭載し、さまざまなアプリ開発を目指す。
フォードとGoogleによるチームは「Team Upshift」と名付けられた。データ主導の自動車のソフトウェア開発によって、顧客へのサービスの充実だけでなく、より楽しく安全なコネクティッドカー体験を提供するとした。
参考記事:エナシフTV Googleで作る「次世代のクルマ」とは
米国では今、テスラのライバルとでも呼ぶべき次世代自動車スタートアップがしのぎを削っている。テスラの元主任エンジニアであるピーター・ローリンソン氏のLucid Motorsや燃料電池トラックを開発するNikola Motor Company、Amazonが支援する商用フリートが得意なRivianなど、まさに勃興期の様相だ。
彼らは生き残りをかけて、ハード面はもちろんソフト面の開発にも身を砕いている。フォードがGAFAの一角であるGoogleと手を組んだのは、納得の結論といえるだろう。
続く2月4日には、フォードは2025年までに全世界でEVとAV(自動運転車)への投資計画を290億米ドルに引き上げるとした。内訳は、EVに220億ドル、AVに70億ドルだ。これまでフォードが発表していた2倍の額となる。
米国トヨタ販売出身のジム・ファーリーCEOは、コネクティッドカーの開発と販売について“All in and will not cede ground to anyone(総力を挙げて誰にも譲らない)”と強い言葉で表現した。次世代のクルマをめぐるこのテンションに、我々日本は後れを取ってはいないだろうか。
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