経済成長への影響について検証する・その2 カーボンプライシングについて考える 04 | EnergyShift

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経済成長への影響について検証する・その2 カーボンプライシングについて考える 04

経済成長への影響について検証する・その2 カーボンプライシングについて考える 04

2021年08月20日

前回は、カーボンプライシングが本当に経済成長を阻害するのか、シミュレーション結果をもとに検証を行った。その結果は、炭素税はむしろ経済成長を促進するというものであった。今回は引き続きカーボンプライシングについて扱う。政府の審議会に提出された2つの分析結果はどのようなものだったのか、京都大学大学院経済学研究科教授の諸富徹氏が、検証を行う。

カーボンプライシングについて考える(4)

環境政策の経済影響に関する定量評価が議論されることの意義

前回に引き続いて、今回もカーボンプライシングが環境と経済に与える効果についての定量評価を取り扱うことにしたい。今回取り上げるのは、環境省の第16回「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」で提示された株式会社価値総合研究所と国立環境研究所による分析結果である*1

実は、審議会や委員会の場で、新しい政策手段の導入がもたらす経済影響が定量的に評価され、その結果をめぐって議論するのは珍しいことだ。日本では近年、「証拠に基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making: EBPM)」が喧伝されるようになったが、実際の政策形成の現場では、なかなかその適用が進まないのが実情だ。

他方、アメリカやEUでは、政策手段を新たに導入したり変更したりする場合、必ず政策文書に付随してその経済影響評価書が公表される。最近も、①2020年9月の欧州委員会によるEU温室効果ガス2030年排出削減目標の1990年比40%減から55%減への引き上げ、あるいは②2021年7月に行われた欧州排出量取引制度(EU ETS)の適用領域拡大、などに際して膨大なページ数に上る経済影響評価書が公表されている*2

カーボンプライシングの導入は、経済成長、産業の国際競争力、所得再分配、国家財政など様々な点で大きな経済影響をもたらすことは明らかである。その意味で環境省が今回、定量評価を実施・公表して議論に付すことでEBPMの範を示した点、またその分析を実際に手掛けた両研究機関に対して敬意を表する次第である。

環境省カーボンプライシング小委で提示された2つの定量評価

さて、前回紹介した京都大学再生可能エネルギー経済学講座と英国ケンブリッジエコノメトリクスの共同研究の成果では、2050年にカーボンニュートラルが実現するようカーボンプライシングを設定し、その税収を脱炭素投資に還流させれば、カーボンプライシングを導入しない場合に比べて経済成長率は3.0~4.5%高まるとの結果がえられた。

つまり、「カーボンプライシング=経済を悪化させる」ではなく、その設計によってはむしろ経済成長を促進させる駆動力にすらなりうることが示された。では、今回の両研究機関による分析結果はどうなのだろうか。

まず設定については、両者の分析とも以下を共通の前提としている。

カーボンプライシング導入の方法として、現行の地球温暖化対策税(税率:289円/t-CO2)の上乗せとして炭素税を導入することを想定。

導入時期は2022~2030年であり、税率はt-CO2あたり1,000円、3,000円、5,000円、10,000円の4通りを想定。

③ 両分析とも、2030年に(現在の政府目標である2013年比46%削減ではなく)2013年比26%削減を実現することを基本シナリオとして前提している。

④ 税収は政府支出の拡大に用いられるか、あるいは民間の設備投資(省エネ投資)に充てられる。

他方、分析を行うためのモデルは両者で異なっている。国立環境研究所は逐次均衡型一般均衡モデルを採用するのに対して、価値総合研究所は均衡価格モデル(産業連関分析)で詳細な産業分析を行いつつ、応用一般均衡(CGE)モデルでGDPとCO2排出への影響を分析、将来予測についてはエネルギー経済モデルで分析する、という構造になっている。

その分析結果は?

では、これらのモデルによる分析結果はどのようになっているのだろうか。以下は、それぞれの研究機関による分析結果を、箇条書きの形で整理したものである。

価値総合研究所の分析結果

(1)応用一般均衡モデルを用いて試算した「標準シナリオ」では、税率10,000円でほぼ2013年比26%削減の目標を実現できる。ただし経済影響では、炭素税収の使途を政府支出のみに限定する場合は、GDPが(炭素税を導入しない)ベースラインをわずかに下回るのに対し、民間の設備投資との折半とする場合はベースラインを若干上回る。

(2)カーボンプライシングの導入とともに消費者の選好や企業の生産技術が脱炭素化へのシフトしていく「構造転換シナリオ」では、上記「標準シナリオ」と同様の方向で、変化がより増幅する形で実現する。つまり、税率が1,000円であっても2013年比26%の排出削減目標を達成可能となり、税率を10,000円とする場合には40%以上もの削減が可能となる。経済影響も若干ながら「標準シナリオ」よりも改善される。

(3)上記(1)、(2)とは異なって、エネルギー経済モデルを用いて試算した「標準シナリオ」では、上記(1)とほぼ同様のCO2削減効果が得られるのに対し、経済影響については上記(1)よりも悪化し、炭素税収の使途を政府支出と民間設備投資とで折半する場合であっても、ベースラインを下回る結果となっている。これは、カーボンプライシング導入によって化石燃料価格が上昇し、設備投資とエネルギー消費が両方とも減少するという影響をもたらすためである。

(4)カーボンプライシングの導入とともに省エネ投資が促進され、エネルギー効率がこれまでのトレンドから一層向上する「エネルギー効率化進展シナリオ」の場合、エネルギー経済モデルの下であっても、「標準シナリオ」と同等の環境効果がえられるだけでなく、その経済影響については税収を政府支出と民間設備投資とで折半して充てた場合、経済影響は大きく好転するとの結果がえられている(ベースライン比0.92%減⇒同1.36%増)。

国立環境研究所の分析結果

(1)同じ省エネ投資でも、投資回収年数3年の条件下では、安価かつ高性能な製品しか投資対象とならないため、カーボンプライシング導入の環境効果はきわめて限定的になる。他方、投資回収年数10年を想定すれば、投資対象となる範囲は拡大され、環境効果は大幅に改善される。

(2)当然のことながら、税率が1,000円から10,000円に向けて上昇していくにつれて、その環境効果は大きくなる一方、負の経済影響も大きくなる。もっとも成長への影響は、成長トレンドを若干下降させるだけであって、成長そのものは維持される。

(3)カーボンプライシングの導入をきっかけとして企業に行動変容が生じる(長期を見据えた行動に切り替え、投資回収年数10年の製品が採用される)場合、より温室効果ガス排出の少ない技術が選択されることでエネルギー生産性が高まる結果、成長を引き上げる効果がもたらされる。

(4)さらに、炭素税収が民間省エネ投資への補助として還流されれば、成長の引き上げ効果は増幅される。この場合、成長率は税率5,000円以下のケースで炭素税の導入されない「なりゆき」ケースを上回る。税率10,000円のケースでも、「なりゆき」ケースとほぼ同じ成長率が達成される。

以上の分析がもたらす共通の政策的含意は何か?

以上の分析結果から、とりわけ環境と経済の関係上、今後の気候変動政策にとって有益な含意を引き出すとすれば、次の通りとなるだろう。

(1)税率1,000円~10,000円の範囲では、カーボンプライシングの導入によって成長率そのものがマイナスになるような激しい負の経済影響は起きえない

(2)たしかに成長トレンドを下降させるという意味での負の影響はありうるが、その程度は比較的軽微である。

(3)むしろ、カーボンプライシングの導入が引き金となって、成長トレンドを上向かせる可能性すらある。その具体的なケースとは、次の2点である。

  1. 炭素税の導入が企業と消費者の将来展望に影響を与え、企業の技術選択や消費者の選好を脱炭素化にシフトさせたり、省エネの想定以上の進展を促したりする場合
  2. 炭素税収が民間の設備投資に充てられることで資本ストックが増加し、成長に寄与するだけでなく、エネルギー生産性の上昇を通じて成長率が引き上げられる場合

以上の中で重要なのは、(3)である。つまり一定の条件が整えば、カーボンプライシングの導入はむしろ、成長促進効果をもちうるという点である。それは上記1.もしくは2.の場合だ、というのが両研究機関による分析結果である。

このうち①に関してはもちろん、企業や消費者の行動変容を引き起こすのはカーボンプライシングだけではない。だがカーボンプライシングは、企業や人々が将来に向けて物事を判断し、行動に移す時の重要な判断基準となることも間違いない。

それは第一に、人々の視野を現在から将来に広げる効果をもつだろう。カーボンプライシングが恒久的措置として導入された後は、CO2の排出は将来にわたって継続的なコスト上昇を意味する。将来の負担増を考慮して今どうすべきかを判断するならば、脱炭素投資の拡大が誘発されるだろう。国立環境研究所の分析事例でいえば、投資回収年数10年の大規模な省エネ投資もまた、ペイするようになる。省エネにより現在のエネルギーコストに加え、炭素税負担をも軽減できるので、省エネ投資の経済メリットが拡大するからだ。

カーボンプライシング導入は第二に、価格体系を変更することで、企業の競争条件を変化させる。つまり脱炭素化に向けてより早く、より大きく変化をした企業ほど報われるようになる。

日本経済新聞によれば、英米資源各社が「グリーンアルミ(CO2が発生しないか、または発生量が極めて少ない電源や製造法で製造するアルミ)」の開発に向かい、米アップルや独BMWなど大手メーカーが、割高にもかかわらず彼らの製品へのグリーンアルミ採用を進めているという*3

同記事によれば、彼らをグリーンアルミに駆り立てる動機の1つが、将来の炭素税負担への対応だという。炭素税率が排出量1トンあたり150ドル(約16,500円)になった場合、もっとも排出量の多いアルミ製造業者の製造コストは、現在の2倍以上になるという。炭素税は、アルミのCO2含有量に応じてその追加コストを増加させるので、炭素税込みの価格ではグリーンアルミの方が有利になる世界が炭素税導入後はやってくる。こうして炭素税は、将来の企業の競争条件を大きく左右するポテンシャルをもつゆえ、まだ導入されていない現時点から、企業が早くも脱炭素化へ動き出しているのだ。これも、(潜在的)カーボンプライシングのもたらす行動変容効果である。

以上より、炭素税が導入されれば企業や消費者の行動は変容し、経済学では「所与」とされている企業の技術選択や消費者の選好も、時間とともに脱炭素化に傾いていくことになるだろう。

それは、炭素税の環境効果をより増幅するだけでなく、経済成長を促進する効果をもつ可能性がある、というのが今回の両研究機関による分析結果である。

炭素税導入で行動変容を引き出すことで、税本来の効果をさらに増幅できるという点が、筆者にとっては両研究機関による分析のもっとも興味深い政策的インプリケーションであり、新たに学んだ点であった。

*1 両研究機関の分析結果に関するカーボンプライシング小委でのプレゼン資料は、両方とも同委員会サイト(https://www.env.go.jp/council/06earth/16_3.html)で掲載されている。
*2 ①EUの2030年排出削減目標引き上げ提案に関する経済影響評価書は「本文」(https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:749e04bb-f8c5-11ea-991b-01aa75ed71a1.0001.02/DOC_1&format=PDF)と「付録」(https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:749e04bb-f8c5-11ea-991b-01aa75ed71a1.0001.02/DOC_2&format=PDF)に分けて公表されている。また、②EU ETSの対象拡大提案に関する経済影響評価書は、その元となる政策文書、評価書要約などと一緒に掲載されているので一度、どのようなものなのか参考としてご覧頂きたい(https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/12660-Climate-change-updating-the-EU-emissions-trading-system-ETS-_en)。

*3 日本経済新聞2021年8月8日朝刊「広がるグリーンアルミ―AppleやBMWが採用」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB044U90U1A800C2000000/).

カーボンプライシングについて考える バックナンバー

諸富 徹
諸富 徹

京都大学大学院地球環境学堂・経済学研究科教授 1998年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年3月より現職。2017年4月より京都大学大学院地球環境学堂教授を併任。環境経済学をベースに、カーボンプライシングや再生可能エネルギー政策、電力市場に関する研究を推進。京都大学大学院経済学研究科「再生可能エネルギー経済学講座」代表も務める。 主著に、『環境税の理論と実際』(有斐閣、2000年)、『脱炭素社会と排出量取引』(日本評論社、共編著、2007年)、『低炭素経済への道』(岩波新書、共著、2010年)、『脱炭素社会とポリシーミックス』(日本評論社、共編著、2010年)、『入門 地域付加価値創造分析』(日本評論社、編著、2019年)、『入門 再生可能エネルギーと電力システム』(日本評論社、編著、2019年)、など。環境省中央環境審議会「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」など、国・自治体の政策形成にも多数参画。

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