日本の電力市場はなぜ必要なのか 京都大学 安田陽特任教授に聞く(前編) | EnergyShift編集部

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日本の電力市場はなぜ必要なのか 京都大学 安田陽特任教授に聞く

日本の電力市場はなぜ必要なのか 京都大学 安田陽特任教授に聞く(前編)

2020/08/22
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2020/08/22
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日本の電力市場は変化し続けており、需給調整市場なども準備されているが、海外の電力市場と比較したとき、どちらの方向へと向かっているのだろうか。日本でのFITからFIPへの移り変わりも含め、『世界の再生可能エネルギーと電力システム 電力市場編』を出版されたばかりの安田陽京都大学特任教授に話を聞いた。

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電力市場の特殊性をわかりやすく

―先生は『世界の再生可能エネルギーと電力システム 電力市場編』を出版されました。この本のことからおうかがいしたいと思います。

安田陽氏 有難うございます。この本は、そもそも、電力のスポット市場や時間前市場とは何か、そうした市場の基礎の基礎について書いた本です。

市場関係の本としては、専門家向けのものはこれまで日本語でも数多く出版されており、マニアックな内容のものもあります。私自身もこれらの本で学びました。
しかしその一方で、一般向け、あるいはジャーナリストや政策決定者向けの基本書はほとんどありません。少なくとも、再生可能エネルギーや電力小売り自由化に興味がある、という人たちが気軽に読めるものもあまりない。なければ、自分で書こう、ということで書いてみた次第です。

そもそも、なぜ市場が必要なのでしょうか? 経済学の教科書には、その答えはありますが、それでも一般の人にとっては難しい話です。まして、電力取引の場合、スポット(現物)市場といいつつ、現物の取引は前日には終了してしまい、その後は市場プレーヤー同士が時間前市場で調整するというしくみは、他の商品では類を見ません。電力ビジネスに従事している人には当たり前のことですが、一般の人には違和感があるでしょう。
本書では、スポット市場や、市場プレーヤー同士の調整のための時間前市場、日本でも導入が予定されている需給調整市場の存在など、比較的わかりやすく書いたつもりです。


世界の再生可能エネルギーと電力システム [電力市場編]

―具体的に、電力市場はどのような点が、一般の人にわかりにくいものとなっているのでしょうか。

安田氏 先ほど述べた通り、現物(スポット)取引が前日に終わってしまう点です。日本では、スポット市場は前日の10時に市場閉場(ゲートクローズ)します。これは、火力発電所の立ち上げの時間を想定したもので、閉場時間の差はあれ世界中どこの電力市場でも前日のゲートクローズという点では同じです。その後、市場プレーヤー同士が時間前市場で調整します。

市場としては、スポット市場はシングルプライスオークションですが、時間前市場はザラ場(コンティニュアス・セッション)になっています。このように、なぜ二段構えの市場になっているのか? ということが、一般の方はもちろん、新規参入者やジャーナリストにもなかなか肌感覚として理解されていません。省庁や自治体職員の方々も、異動が多いためなのか、基礎理論を学んでいる時間的余裕がないかもしれません。新規参入者である商社や通信系の方々も同様でしょう。

世界の再生可能エネルギーと電力システム [電力市場編] より

―その一方で、日本ではこれから需給調整市場や容量市場、ベースロード電源市場などが立ち上がり、あるいは本格化していきます。ますます市場が複雑で理解しにくいものになっていくのではないでしょうか。

安田氏 さまざまな付随的市場が乱立気味なので、多くの人にとって複雑で理解しにくくなっているというのはその通りだと思います。基本はスポット市場(前日市場)と時間前市場(当日市場)、需給調整市場の3つがメインだと考えていただければ結構です。

その点では、今、熱い議論になっている需給調整市場については、その必要性と意義を本書で書いています。この市場は、シングルバイヤー市場、すなわち買い手がひとつしかいないので、「市場」と名がついていますが公募に近いイメージで、いわば特殊市場です。欧州の系統運用者(TSO)も日本の一般送配電事業者も発送電分離のためアセット(発電設備など)を持たないので、他社のアセットを借りて調整をすることになります。そのアセットの能力を調達するための市場が需給調整市場です。

ただし、欧州、特にドイツでは、時間前市場の取引が増え、需給調整市場の取引は相対的に減っています。時間前市場での取引が効率的に行われ、需給調整市場の取引が減少すれば、調整力(予備力)そのものの待機や応動が減少するので、CO2も減少します。その意味では、特殊市場である需給調整市場の取引が減るのは良いことです。

また、国際的な動向を見ると、容量市場やベースロード電源市場はあってもなくてもよい市場です。ない方がよいという意見も多いですし、実際にない国やエリアも多いです。そうであるにもかかわらず、日本ではさほど重要ではない市場ばかりが優先的に議論されているような気がします。

世界の再生可能エネルギーと電力システム [電力市場編] より

必要なのは時間前市場の短時間化だが

―海外の時間前市場はどうなっているのでしょうか。

安田氏 日本の時間前市場は1時間前まで取引可能ですが、海外では短時間化する傾向があります。欧州電力取引所(EPEX)の時間前市場の閉場時間は15分前ですし、ドイツのTSOエリア内に限っては5分前までの取引が可能になりました。

取引商品の時間の単位も、日本では30分ですが、海外では15分単位の商品も取引可能であり、市場プレーヤーにとってもより細かい調整が可能となっています。したがって、需給調整市場の役割は相対的に小さなものになっています。

―では、日本でも時間前市場を短時間化していけば、需給調整市場は不要になるということですね。

安田氏 いえ、どんなに時間前市場が効率的に運用されたとしても、需給調整市場は必ず必要です。何故ならば、TSO(日本では一般送配電事業者)の仕事は、系統全体の需給調整(周波数制御)だけでなく、送電線の混雑管理もあるからです。時間前市場を短時間化していけば、TSOの責務が軽減されることになります。

しかし残念ながら、日本では短時間化は容易ではないかもしれません。現在、導入が進みつつある「最新の」スマートメーターは30分単位の計量にしか対応していないものも多く、「最新鋭」の機器が制度改革の足を引っ張ってしまう典型例です。規格の世界ではよくあることですが、要求事項を決めるにあたっては中長期的な将来も予測しなくてはいけません。一旦規格が決まると、5年間は制度が動かないということもあり得ます。

―北米の電力市場はどうなっているのでしょうか。

安田氏 北米では、欧州のような需給調整市場も時間前市場もなく、その代わりに「リアルタイム市場」と呼ばれる市場があります。市場参加者はスポット市場の入札の際に、売買電力量(kWh)や価格だけでなく、調整力(予備力)などの必要なデータをすべて入力しておくことになるので、系統運用者のコンピュータによって自動最適化されるというしくみです。それがリアルタイム市場の正体です。

世界の再生可能エネルギーと電力システム [電力市場編] より

しくみがブラックボックスになっているということで懸念もありますが、欧州と異なり、送電網の運用はアセット(送電設備など)を所有しない非営利組織(NPO)が行っています。独立系統運用者(ISO)と呼ばれるのはそのためです。

その反対に、欧州はさまざまな市場プレーヤーが市場に参加して意思決定を行なっている、いわゆる分散型市場となっています。民主的ですが意思決定に時間がかかり、手続きが面倒くさい方法でもあります。

日本の市場設計は欧州の市場設計と同じ方向に進んでいるのですが、なぜか審議会資料などではPJM(米国北東部のISO)を参考にするケースも多く、齟齬が生じているように見えます。欧州の市場設計の基本理念を通して、ブレずに来るべき問題を考えなければいけないと思うのですが。

欧州と北米の市場構造の分析については、IRENA(国際再生可能エネルギー機関)がまとめた良い報告書があります。IRENAの報告書は主に途上国のように技術的・人的リソースが不足している地域の読者を想定して書かれたものも多いですが、この報告書は市場設計の教科書といえるもので、日本にとっても大いに参考になると思います。環境省さんのご協力により私も翻訳に協力して、昨年ネットで無料公開されました。

市場にボラティリティはあたり前

―先生は容量市場についても不要という立場ですね。

安田氏 いえ、決して容量市場を否定しているわけではありません。しかし、他の選択肢もありながら容量市場ありきで議論が進む現状を懸念しています。

容量市場がうまく運用されているケースは、世界中でほとんどないと思います。実際、日本の容量市場のモデルとされるPJMにおいても、ニュージャージー州が石炭火力を容量市場で優遇することに反対し、容量市場からの退出を表明しています。世界は石炭火力発電をフェードアウトさせていく方向ですが、日本では容量市場をつくって石炭火力を延命させるかのように見えます。

PJMは米国のブルーステート(民主党基盤の州)の系統運用機関ですが、同じ米国でもテキサス州の系統運用機関であるERCOTでは容量市場は導入されていません。レッドステート(共和党基盤の州)の文化として、できるだけ市場は市場プレーヤーの行動に任せ、政府の介入を嫌うということがあるのでしょう。テキサスは保守的な風土とみられることも多いですが、風力発電が大量に導入されており、市場設計も系統運用も最先端を行っている点は興味深いです。

―容量市場がないと、電力の市場価格が高騰しませんか。

安田氏 ERCOTの考えはピークをできるだけ抑制せずに市場にまかせるというものですし、文化的に大きく異なる北欧でも、ピークを抑制しないという考え方を取っています。
小さな政府を志向するレッドステートのテキサスと社会民主主義の北欧諸国が電力市場に対して同じ様な考え方を取るのは適切な市場設計を考える上で興味深い現象です。

市場価格にはボラティリティがあってもいいし、それが正常です。そもそも、誰が損をするとか得をするという近視眼的な議論でなく、何のために市場を使うのか、公平で透明性の高い市場設計はどうあるべきか、日本もそうした点からもっと議論すべきです。

安田陽氏(撮影は2019年)

画期的だった東電PGの送電線シミュレーション

―送電線の問題に移りたいと思います。そもそも先生は、日本の送電線は空き容量が多いと指摘されてきました。

安田氏 送電線問題に対する対応という点では、東京電力パワーグリッド(東電PG)の「試行的取り組み」が先進的だと思います。

東電PGの方法が画期的なのは、それまで日本の一般送配電事業者は地内送電線の空容量の情報を静的な計算に基づいたものでしか公開していなかったのに対し、持続曲線(デュレーションカーブ)をきちんと描き、8,760時間、すなわち年間を通じた実潮流に基づく系統シミュレーションの結果を公開したことです。これは欧州や北米では10年前から当たり前のことですが、日本では画期的なことです。

電力会社でも中央給電指令所の現場レベルでは当然行われていることですし技術者レベルは理解している方も多いと思うのですが、経営層がこのことを理解して意思決定するようになったということはようやくですが大きな前進です。しかも、公表することによって、変わっていきます。実際に、北海道電力ネットワークの社長も7月9日付日経新聞のインタビューで東電PG方式(いわゆるノンファーム型接続)の実証実験に参画すると語っています。

こうした方式で地内送電線を運用することを全国展開していくことが理想です。しかし、揺り戻しがないように、あるいは地域で参入障壁が高まることがないようにすべきです。

―揺り戻しというのはどういうことでしょうか。

安田氏 例えば、東電PGの実潮流に基づく方式が「ノンファーム型接続」と表現されていることが、懸念されるトラップだといえるでしょう。
米国では、20数年前から、発電事業者が送電線へ接続するにあたって、ファーム(確定)型とノンファーム(非確定)型の選択が自由にできました。ファーム型の場合は送電混雑が発生したら混雑料金を支払うことになります。

日本では、先着で従来型電源が自動的にファーム接続とされ、混雑料金を支払うことも今のところありません。一方、新規参入者は強制的にノンファーム接続になり、新規参入者には不利となっています。

このように海外のオリジナルの意味と異なる恣意的な「日本版」解釈は、新しい試みの中に守旧的な発想が紛れ込む落とし穴になりやすいと思います。令和の新しい考え方と昭和の古い考え方が一緒にいるようなものです。

 

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安田 陽
安田 陽

1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。博士(工学)。日本風力エネルギー学会理事。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。 現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。 主な著作として「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など多数。

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