卸売りと小売りは、脱炭素に向けた戦略が大きく異なっています。とはいえ、一様でもありません。
代表的な戦略の1つが、現状維持とゆるやかな撤退です。LPガスの需要は急激には減りません。しばらくは安定した収益をもたらします。そうであれば、この収益を維持しつつ、「自分の代」で事業を終わらせる、ということも選択肢の1つです。とりわけ小規模なLPガス販売店の場合、実際に廃業する事業者は少なくありません。併営しているガソリンスタンドの閉鎖などがトリガーになることもあるでしょう。
逆に卸売りは廃業したLPガス小売店の顧客を直営事業所の顧客として取り込むことで、直近では業績を伸ばしているといえます。
もう1つの、より重要な戦略が多角化です。すでに多くのLPガス販売店が電気を販売しています。自ら小売り電気事業者になるケースもありますが、小規模な販売店の場合は、サイサンや伊藤忠エネクスなど、卸売りの系列の電気の取次店、あるいはそれ以外でもイーレックス系列のエバーグリーン・マーケティングなどLPガス事業者の代理店化をすすめている電力会社の取次店になっていることがほとんどです。
ただし、電気事業はLPガス事業にとってかわるほどの利益をもたらしてはいません。現状では、電気とセットにすることで、LPガス需要の離脱を防ぐことが主な目的です。
LPガスの卸売り、小売りの多角化の中心は、ソリューションビジネスにあります。例えば、取次店として電気を販売すると同時に、オール電化リフォームや太陽光発電・蓄電池を販売することです。いずれ、電気自動車(EV)用充電設備も増えてくるでしょう。さらに、ヤマダ電機系列のコスモスベリーズを通じて家電販売に取り組むLPガス販売店も増えています。
また、ソリューションといってもエネルギーにこだわる必要はありません。すでにインターネット回線をはじめ、お米やミネラルウォーターなど生活関連のさまざまな商材を取り扱われています。
そもそも、LPガス販売店の多くは、元々は米穀販売業や薪炭業でした。お米や炭を売っていたということです。生活必需品を届ける産業という点では、LPガスはその一部でしかないということもいえます。薪や木炭はバイオマスエネルギーですが、最近ではバイオマスストーブ用の木質ペレットの販売に乗り出す事業者もいます。
ただし、新しい事業を経営の柱にしていくには、まだまだ時間がかかるでしょう。2030年くらいまではLPガスが高い利益を出してくれると考えられますから、その利益を多角化のために投資していくことが必要でしょう。
小売りであるLPガス販売店にとって、もっとも重要な資産は、顧客エンゲージメントだといわれています。長期間、LPガスを安定して供給し続けてきた、顧客との信頼関係です。ですから、電気の営業でも「切り替えると安くなりますよ」という一言ですんでいるということです。
サイサンの川本社長は自社の事業について「ホームエネルギーパートナー」だと定義しています。LPガス会社ではなく、顧客のエネルギーを支えるパートナーということです。したがって、本質的にはLPガスはエネルギーの1つでしかなく、電気でもいいわけですし、あるいは再エネ化していくことができれば、2050年のカーボンニュートラルに対応できるということになります。
とはいえ、TOKAIグループのような多角化を進めている業態を見ると、エネルギーにこだわる必要すらないのではないかと思います。配達が必要な商材、工事が必要な商材などもまた、視野に入ってくるものです。
いずれも顧客単価が高い商材ですが、これを維持していくためには、引き続き顧客との信頼関係を保っていくことが必要です。そして、そのためにどのような取組みをしていくのか、ということが、現在のLPガスの卸売りや元売りにとっての、脱炭素をめぐるもっとも重要なテーマとなっています。
実はLPガス事業者にとって、エンゲージメントは必ずしも盤石なわけではありません。料金の透明化など、信頼を深めていくための取組みはまだまだあるということです。そうした取組みがあってはじめて、脱炭素の事業として生き残っていくことでしょう。
エネルギーの最新記事