ここまで、スコープ3による排出量は膨大になりやすく、削減に向けた取り組みが必要であること。さらに、削減のためには正確な測定能力が必要だが、非常に難しい作業となるため、第三者検証などを要する、ということを説明した。
では、なぜそこまでの労力をかけてスコープ3によるGHG排出量を削減しなくてはならないのか。その答えが③CO2排出量の算定・報告ができないと将来的にサプライチェーンから外れる可能性が生じてくる、にある。
そもそもの前提として、脱炭素に向けたグローバルな動きの中で、企業にはサプライチェーン全体におけるGHG排出量の削減が求められている。というのは言うまでもないことだが、これまでその対象の中心は大企業であったものの、ここにきて中小企業にもその影響が波及してきているのだ。
そこには二つの考え方がある。一つは、非上場企業や中小企業によるGHG排出量が全体の44%を占めており、その削減余地が大きいということ。もう一つは、上場企業・大企業との取引先に当たるため、そのサプライチェーンの脱炭素化に巻き込まれるというものだ。
特に後者は、「③CO2排出量の算定・報告ができないと将来的にサプライチェーンから外れる可能性が生じてくる」という話に直接的にかかわってくる。
この脱炭素時代において、国際的な脱炭素基準によりその取り組みを評価されることこそが、企業価値を高める方法となる。例えば、前述のSBTの他にも、企業が⾃らの事業の使⽤電⼒を100%再エネで賄うことを⽬指す国際的なイニシアチブ「RE100」や、その要件を満たさない団体に向けた「再エネ100宣⾔ RE Action」などに加盟することもその一つとなる。また、CDPというグローバルな情報開示システムを運営しているNGOからいい格付けをもらうというものもある。
そして、そのCDPの評価の一つにサプライヤー・エンゲージメント評価というものがある。
この評価は、気候変動課題の解決に向けて、その会社がサプライヤーに対していかに働きかけ、連携したかを対象として実施されるもので、最高評価の「リーダーボード」には世界396社、日本企業は83社が選出されている。
こうした評価を得るために、大企業は、自社のみならずそのサプライチェーンにも脱炭素を求めるというわけだ。例えば、日産自動車は、2022年にも取引先の自動車部品メーカーにCO2排出量を減らすよう要請することが報道されているし、トヨタ自動車では今年6月に、直接取引する世界の主要部品メーカーに対し、2021年のCO2排出量を前年比3%減らすよう求めた。損保ジャパンは11月8日に、上場も非上場も含めた投資先企業に対し、脱炭素を含むESG観点でのエンゲージメントを強化すると発表している。
このように、サプライチェーンに対する脱炭素の号令を上げれば、枚挙にいとまがない。
そしてこれをサプライチェーンの川下に位置する中小企業の立場から見れば、排出量算定や削減の取り組みがないことによってビジネスチャンスや投資・融資の獲得を逃すことになりかねないのだ。大企業と違って、中小企業や地方の製造業では、環境関連のデータ取得や管理を担当する専門部署がそもそも存在しない場合もある。第三者検証を依頼するだけの体力がない企業あるだろう。
大企業から見ればスコープ3でも、サプライチェーンの川下に位置する企業にとってはスコープ1や2になる。体力のある大企業なら対応できることでも、中小企業には難しいという場合があることは想像に難くない。
かといって、大企業も安心していられるわけではない。欧州連合(EU)委員会は、11月14日、環境規制の緩い国からの輸入品に課税する「国境炭素税」の導入を発表した。
GHG排出量の多い鉄鋼、セメント、肥料、アルミニウム、電力の5品目を課税対象として、域内の輸入業者に、2023年からの報告を義務づけるとともに、2026年から徴税も含め全面実施する予定だ。域外の低炭素化と、炭素リーケージ(国内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、 国内生産が減少すること)を考慮したうえでの域内外の競争公正性を確保することが目的だが、環境省は「日本の政策の不足による不利益を被るリスクがある」と懸念している。
本来、「スコープ」という言葉は範囲や影響範囲という意味を示すが、局所的な見方を止めて、世界全体を見渡した場合、企業の大小を問わずに日本が一丸となって脱炭素を進めなくてはならないことが伺えるだろう。
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