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ドイツで大激論 太陽光発電の設備容量上限は撤廃されるのか?

ドイツで大激論 太陽光発電の設備容量上限は撤廃されるのか?

2020年04月16日

激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第20回

ドイツの太陽光発電業界で今、激しい議論の的になっているのが、太陽光発電の設備容量の上限問題である。連邦政府は2017年に改正した再生可能エネルギー促進法(EEG法)の中に「太陽光発電装置の累積設備容量が52GWに達した時点で、太陽光によって生み出された電力に対する助成を停止する」という規定を盛り込んだ。その理由は、再生可能エネルギー拡大にかかる費用の増加に歯止めをかけるためである。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏がドイツ太陽光発電業界をレポートする。

太陽光発電の設備容量、急増

ドイツ連邦系統庁(BNA)の電力市場に関する報告書(モニタリング・レポート)によると、すでに2019年6月末の時点で設備容量は47.2GWに達している。これは過去9年間で、太陽光発電の設備容量が162%増加したことを意味する。このため、太陽光発電関連業界では、2020年中に52GWの上限が突破されることは確実と見ている。

住民の反対運動によって新規設備容量が減っている陸上風力発電とは対照的に、太陽光発電設備の建設は、ドイツ南部を中心に着々と進んでいる。私が住んでいるバイエルン州では、車で田園地帯を旅行すると、農地を転用したメガソーラー(大規模太陽光発電施設)を目にすることが多い。

バイエルン州のメガソーラー(著者撮影)

再生可能エネルギー促進法は、太陽光発電の毎年の新規設備容量の目標を2.5GWに設定しているが、2018年には新規設備容量が初めてこの目標値を超えた。新規設備容量は、4年間で約2.5倍に増えたことを意味する。

資料:ドイツ連邦系統庁(BNA)の電力市場に関する報告書(モニタリング・レポート) P.90参照

資料:ドイツ連邦系統庁(BNA)の電力市場に関する報告書(モニタリング・レポート)P.90参照

太陽光発電業界、上限撤廃を要求

このため、太陽光発電に携わる人々の間では、「52GWの上限をなくしてほしい」という意見が強まっている。

たとえば太陽光発電関連産業のロビー団体・太陽光発電関連産業連邦連合会(BSW)のカルステン・ケルニヒ会長は、2020年1月に環境保護団体やシュタットヴェルケ(地域電力供給会社)の団体、消費者団体連合会、建設関連産業のロビー団体など11の組織と連名で、政府と連邦議会議員に公開書簡を送った。これらの団体の加盟企業数を合計すると、約10万社に達する。

BSW「太陽光発電の設備容量上限即時撤廃のための公開書簡」より

書簡の中でケルニヒ会長は「太陽光発電の設備容量は、2020年4月には52GWの上限を突破する。この時点で助成金がストップした場合、太陽光発電関連設備への需要が激減し、業界に大きな打撃を与える。現在シュタットヴェルケ、製造業界、電力業界、市民は団結して太陽光発電のキャパシティーを拡大し、CO2削減目標の達成を目指している。そうした中で太陽光発電への助成をやめることは、投資家や業界関係者に大きな不安を与えるだろう」と指摘した。

ケルニヒ会長は、「助成が停止された場合、地球温暖化対策の強化をめぐって、市民や企業が抱いている政府への信頼感は揺らぐだろう。現在、風力発電業界は深刻な危機に直面しているが、助成の停止によって、3万人を雇用している太陽光発電関連業界も困難に直面することになる」と警告している。

その上でケルニヒ会長は政府と議会に対し、「2020年中に52GWの上限を撤廃して助成を継続し、太陽光発電の拡大を加速するための法改正を実施してほしい」と要求している。

ドイツの太陽光発電業界は、「2022年末に全ての原子力発電所が停止し、2038年へ向けて褐炭・石炭火力発電所が次々に止められていく中、この国(ドイツ)では数年後にエネルギー不足が生じる危険がある」と指摘する。

たとえば現在、ドイツでは30基の褐炭火力発電設備が運転されており、その設備容量は1万7,170MWである。ドイツ政府が2020年1月に閣議決定した『脱褐炭・石炭法案』によると、政府は褐炭火力の設備容量を今後2年間で2,820MW,2029年までに5,700MW減らし、2038年までにはゼロにする方針だ。また37基の石炭火力発電所も、遅くとも2038年末までには完全にスイッチを切られる。この国の発電ポートフォリオの非炭素化が、大きく前進する。

数年後には電力不足の可能性も?

さらに今後ドイツでは、温室効果ガス削減のために、エネルギー部門だけではなく交通や製造業界でも、電力への需要が強まる。 たとえばドイツ政府は「自動車業界では、エネルギー業界ほどCO2の削減が大きく進んでいない」として、2019年9月20日に閣議決定した『2030気候保護プラン(Klimaschutzprogramm 2030)』の中で、「現在のドイツでの電気自動車の普及台数は約8万台だが、2030年までに700~1,000万台の電気自動車を普及させる」という目標を打ち出している。

またドイツには2019年7月の時点で約2万ヶ所の公共充電ポイントがあったが、政府は今後10年間でこの数を100万ヶ所に増やす方針だ。メルケル政権は、来年からCO2の排出に価格を設定するカーボン・プライシングを開始し、ガソリンやディーゼルエンジンの車から電気自動車への乗り換えを促進しようとしている。

さらに政府は、製鉄業界や化学業界での製造過程で使われている化石燃料を、将来は電力によって代替するべきだという意見を持っている。

太陽光発電は拡大の余地あり

つまりドイツでは原子力、褐炭、石炭という伝統的なエネルギー源が減らされる中で、電力需要は増大する可能性が強い。したがって太陽光発電業界は、「いま再生可能エネルギーの普及を加速させるような法的な枠組みを早急に整えないと、近い将来に電力需給が逼迫するだけではなく、2030年までにCO2の排出量を1990年比で55%減らすという目標を達成できなくなる」と主張しているのだ。

メルケル政権は去年発表した『2030気候保護プラン』の中で、52GWの上限撤廃について基本的に前向きの姿勢を示している。太陽光発電業界は、「電力の需給ギャップが生じないように、一刻も早く法制化を進めるべきだ」と政府・議会に要求している。

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、2019年のドイツの電力消費量の中で太陽光が占める比率は約8%。陸上風力(約18%)に大きく水を開けられている。

その意味で太陽光発電を拡大する余地は、まだある。
メガソーラー建設に対する住民の反対運動や訴訟は、ドイツでは起きていない。

陸上風力発電設備の建設差し止めを求める住民・環境保護団体からの訴訟が増え、新規建設にブレーキがかかりつつあることは、ドイツ政府のエネルギー転換戦略にとって大きなアキレス腱だ。

この難局を打開するための具体的な方策はまだ打ち出されていない。風力発電についての住民の理解を得るには時間がかかることから、政府は太陽光発電の拡大を促進するための手を打たざるを得ないだろう。

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
 Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/ ミクシーでも実名で記事を公開中。

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