2021年5月13日に開催された、経済産業省の第43回「基本政策分科会」について報告する。この会議では、再生可能エネルギーを大量導入した場合の電気料金の試算が注目された。とはいえ、料金の試算はシナリオ分析の一部にすぎないし、再生可能エネルギーだけが問題というわけでもない。
審議会ウィークリートピック
2050年カーボンニュートラルを実現するためには、技術面やコスト、自然制約・社会的制約などの様々な面で課題や制約を乗り越えることが必要であるが、技術革新などの進展には大きな不確実性が存在するため、30年後の姿を具体的に見通すことは困難である。
よって基本政策分科会では複数のシナリオを想定したうえで、今後の技術の進展などに応じて2050年ビジョンは柔軟に見直していくべきと位置付けている。
第43回「基本政策分科会」では、地球環境産業技術研究機構(RITE)による2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)の内容が示されたので、本稿ではこの概要をお伝えしたい。
モデルを用いたシナリオ分析は、技術やコスト面等の想定・前提条件次第で、分析結果は大きく変わることになる。
複数のシナリオ分析をおこなうことの目的は、2050年カーボンニュートラル実現に向けた様々な課題、制約を明らかにすることであり、分析の前提条件や分析後のエネルギー需給構造を比較することを通じて、政策課題や対応の方向性の検討をおこない、政策的措置の優先順位付けなどをおこなうこととしている。
RITEのモデル「世界エネルギー・温暖化対策評価モデルDNE21+」は、これまでも国内外の様々な政策分析に用いられてきた実績を持つモデルである。
RITEモデルは動学的な最適化をおこなうモデルであるため、2100年までの将来の姿を踏まえた上で、途中時点の2050年の評価がなされるという長所がある。
RITEモデルは世界全体を分析対象としており、日本はその世界の一部として整合的な分析がおこなわれる。世界モデルであるため、水素等を含むエネルギーの国外からの輸出入などを考慮できるほか、エネルギー供給サイド(一次、二次エネルギー)および需要サイド(鉄鋼、化学、民生、運輸など)について個別技術の積み上げによる分析をおこなう。
CO2排出制約のもとでエネルギー需給構造について、線形計画モデルとしてコスト最適化計算が可能であり、安い技術から選択される。
コスト最小化という基準で評価することは、恣意的なシナリオ設定は回避できるというメリットがある一方、経済合理性が成立した途端に、ある技術が突然に別の技術を完全に代替するなど、極端な変化を示すこともあることに留意が必要である。
太陽光・風力発電やCO2貯留ポテンシャル推計は、世界全体の地理情報システム(GIS)のデータをベースに、各国共通の推計ロジック(日照や風速等)により、世界各国のポテンシャルを推計している。ただし、モデルは100kmメッシュであるため、ミクロレベルの特定の場所で本当に再エネ発電が可能であるかという社会的・物理的制約や、日本における原子力に対する社会的制約などは捨象されることが、モデル上の限界・課題として存在する。
なおRITEモデルは世界モデルであるため、国内の電力系統や再エネの国内での地域偏在性を考慮できていない。このため「東大-IEEJ電源構成」モデルの分析結果を援用することにより、再エネ導入による系統対策コストの差異などを評価している。
前置きが長くなったので、一旦、RITEによるシナリオ分析結果の一部をお示ししたい。
表1.シナリオ想定と電源構成 (2050年)
電源構成 | |||||
シナリオ名 | 総発電電力量 | 再エネ | 原子力 | 水素アンモニア | CCUS火力 |
参考値のケース | 1.35兆kWh | 54% | 10% | 13% | 23% |
①再エネ100% | 1.05兆kWh | 約100% | 0% | 0% | 0% |
②再エネイノベーション | 1.5兆kWh | 63% | 10% | 2% | 25% |
③原子力活用 | 1.35兆kWh | 53% | 20% | 4% | 23% |
④水素イノベーション | 1.35兆kWh | 47% | 10% | 23% | 20% |
⑤CCUS活用 | 1.35兆kWh | 44% | 10% | 10% | 35% |
⑥需要変容 | 1.35兆kWh | 51% | 10% | 15% | 24% |
出所:RITE報告書に基づき筆者アレンジ
表1の電源構成の再エネ比率は、①再エネ100%ケースではあらかじめシナリオとして設定したもの(インプット)であり、他の6つのケースではモデルによる最適化結果(アウトプット)の数値となっている。
説明の順序が逆となったが、シナリオ想定の概略は以下のとおりである。
表1の7つのケースの共通条件として、2050年の温室効果ガス排出削減率は100%、つまり実質排出量ゼロ、と想定している。
またいずれのケースにおいても、各電源に存在する様々な技術的・自然的・社会的・経済的な課題を全て克服されることが前提とされている。例えば変動性再エネ大量導入に不可欠となる疑似慣性力が確保されることや、原子力放射性廃棄物の最終処分場が確保されることなどが前提とされている。
これは第35回基本政策分科会において事務局から提示された「参考値(目標ではない)」がベースとなっており、RITEでは電源構成のイメージとして再エネ5~6割、原子力1割、水素・アンモニア1割、CCUS(CO2回収利用・貯留)火力2~3割としているが、これはモデルへの「インプット」ではなく、モデル内でコスト最適化により導出されるものである。
モデルへのインプットとしての発電コストは、表2のとおりである。なお、こうした発電コストは、現在議論が進められている発電コスト検証WGの新たな結果次第では、見直しがされる可能性もある。
表2.モデルへのインプット発電コスト
発電コスト(円/kWh) | |
太陽光 | 10~17円 |
風力 | 11~20円 |
原子力 | 13円 |
水素・アンモニア | 16~27円 |
CCUS火力(石炭) | 13円 |
CCUS火力(ガス) | 16円 |
出所:RITE報告書に基づき筆者作成
上述のようにミクロレベルでの立地制約はモデルでは考慮することが出来ないため、例えば荒廃農地の整地等によるコスト増などは折り込まれていない。なお再エネに対する系統増強などの統合費用は、4円/kWh前後が想定されている。
原発に対する社会的な制約などを踏まえ、参考値ケースでは原発の発電量は電源構成の1割の上限を設定している。
水素・アンモニアは、発電用のほか産業用直接利用を合計し、年間約2,000万トンが必要となる。
CCSは、国内での地下貯留が年間0.9億トン、海外への輸送が2.4億トン程度可能となることを想定している。
念のため、これらはすべてモデルへの「インプット」である。
東大-IEEJ電源構成モデルの分析結果から近似した系統統合費用は図1のとおりである。
変動性再エネを大量に導入する場合、曇天・無風状態が数日以上継続するリスクに対応するため、利用頻度の低い蓄電システムや送電線を保持することが必要となるため、限界統合費用は急速に上昇する。
例えば、再エネ比率50%程度(太陽光約400TWh、風力約100TWh)のケースにおいては、最適化計算の結果、蓄電池導入量は870GWhとなる。
図1.東大-IEEJ電源構成モデルによる系統統合費用
出所:RITE
このケースでは、モデルに対して再エネ量を外生的にインプットする。上述のとおり、調整力や送電容量、慣性力は確保されることが前提である。発電コストは参考値のケースと同額を想定する。
このケースでは、再エネ発電コストがさらに低下するなどの技術革新が進むことを想定している。太陽光で6~10円/kWh、風力は8~15円/kWhを想定し、再エネ以外の電源のコストは参考値のケースと同様である。
このケースでは、既存の原発36基すべてが60年運転することを見込んだうえで、リプレース・新増設による約20基相当の新規炉(2,000万kW)をインプットとする(原子力の上限値を20%と設定)。
すべての発電コスト想定は、参考値のケースと同様である。
水素の製造・輸送プロセスにおける技術革新が進むことにより、水素発電コストが13~21円/kWhに低下することをインプットとする。
発電コストの想定は参考値のケースと同様とするものの、技術革新や市場拡大により、CO2貯留量を拡大するケースである。CCSの国内貯留量が2.7億トン、海外輸送量が2.8億トンに拡大することをインプットとする。
需要側の変容としては様々なものが想定しうるが、今回のモデル分析では、完全自動運転車が実現・普及することによりカーシェア・ライドシェアが劇的に拡大すること、1つのみを想定している。
以上のシナリオ別インプットを踏まえた分析結果の1つが表1の電源構成であり、また表3の電力コスト、図2の発電電力量である。
表3.シナリオ別電力コスト(2050年)
(円/kWh)
シナリオ名 | 電力限界費用 | 託送料金 | 小売電気料金 |
参考値のケース | 24.9 | 10.0 | 34.9 |
①再エネ100% | 53.4 | 10.0 | 63.4 |
②再エネイノベーション | 22.4 | 10.0 | 32.4 |
③原子力活用 | 24.1 | 10.0 | 34.1 |
④水素イノベーション | 23.5 | 10.0 | 33.5 |
⑤CCUS活用 | 22.7 | 10.0 | 32.7 |
⑥需要変容 | 24.6 | 10.0 | 34.6 |
出所:RITE報告書に基づき筆者アレンジ
RITEでは送電端における電力コストを電力限界費用と呼んでおり、これには再エネの統合費用も含まれる。RITEでは一般的な託送料金や小売事業者のマージン等を10円/kWh程度とみなし、この合計が小売電気料金になると説明している。
足元2020年の電力限界費用(13円/kWh程度)に比べ、参考値のケースであっても2倍程度に上昇する結果となっている。
図2.日本の発電電力量(2050年)
出所:RITE
図2の①再エネ100%ケースでは、再エネの統合費用が大きく上昇することにより、電力限界費用も大きく上昇するため、電力需要(=発電電力量)を大きく低減させる結果となっている。
また電力以外のすべてのエネルギー消費に伴う、日本のCO2バランスは図3のとおりである。いずれのケースにおいても、DAC(大気CO2直接回収)の大規模な利用が不可欠となっており、回収したCO2は結局、地下貯留もしくは利用が必要となる。
図3.日本のCO2バランス(2050年)
出所:RITE
また図表の掲載は割愛するが、いずれのシナリオにおいても省エネが大きく進む分析結果となっており、2050年最終エネルギー消費量は現状比で3割程度の減少が見込まれている。
また最終エネルギー消費量に占めるエネルギー別シェアとしては、2050年には電力の比率が大きく高まり、再エネ100%ケースを除く全てのシナリオにおいて、電化率は足下の約2割から約4割へと大幅に上昇する。
本稿では電力部門を中心にご報告したが、非電力部門では水素還元製鉄やDACCSなどの炭素除去技術は必要不可欠であり、こうした技術を実装できない限りは、2050年カーボンニュートラルを達成することは極めて困難であるとRITEでは結論付けている。
モデル上の制約やインプットデータの制約があることは事実であるが、だからこそ複数のシナリオ設定により多面的な分析をおこなうことが求められている。
RITEモデルでは、そもそも多くの課題は克服されることを前提とした分析がおこなわれているが、いずれのシナリオにおいてもその多くの課題の解決は容易ではない。技術面の革新、社会的イノベーションの両方が実現するよう、政策的対応が求められる。
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