2020年6月5日、「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」、いわゆる「エネルギー供給強靭化法」が、参議院本会議で可決・成立した。これは、電気事業法改正案、再エネ特措法、JOGMEC法を束ねたものになる。今回は審議会を離れ、成立した法案のうち改正電気事業法に焦点を絞り、その改正ポイントを解説したい。
*JOGMEC=(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構主な改正のポイント
電気事業法(以下、電事法)は、発電・送配電・小売など、電気事業に関わるすべての根本となる法律であり、その第1条「目的」には、「電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって、電気の使用者の利益を保護し、及び電気事業の健全な発達を図るとともに、電気工作物の工事、維持及び運用を規制することによって、公共の安全を確保し、及び環境の保全を図ることを目的とする」と定められている。
主要な改正ポイント一覧は以下のとおりである。束ね法案名が「強靭化」となっているとおり、災害への備えの強化・レジリエンスを前面に押し出した内容となっている。そして、その主な対象が「送配電部門」となっていることも特徴的であり、2016年以降の「小売部門」自由化関連の法改正とは、方向性が大きく異なっている。
いわば、全面的な自由競争だけではうまく機能しない可能性もある、電気事業の公益的側面に再び光が当てられた法改正だと見ることもできる。
(1)災害時の連携強化 |
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(2)送配電網の強靱化 |
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(3)災害に強い分散型電力システム |
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(4)その他事項 |
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(1)災害時の連携強化
近年、2018年の北海道胆振東部地震、2019年の台風19号など、数十年に一度と言われる規模の災害が立て続けに起こり、これらを契機としたブラックアウト・長期間の停電など電気事業も大きな供給障害が発生している。
このような大規模な事故等が発生した際には、従来から、当該エリアの電力会社(旧一般電気事業者)だけでなく、他エリアの電力会社も協力することにより、停電の早期回復が図られてきた。
しかしながら、同じような「電力会社」でありながら、細かい点では業務や設備の違いがあったり、その支援に要した費用の負担ルールが明確ではないなどの理由により、災害時の連携が必ずしもスムーズにいかない等の問題も生じていた。
今回の法改正では、電力会社間の連携体制強化の計画づくりだけでなく、関連する行政機関(地方自治体や自衛隊)との連携計画づくりも定められた。
従来から災害発生のたびに、電力会社間では各社のベストプラクティスを学び改善する動きがあったが、それを法制度面から整備したのが、今回の法改正であると言える。
台風による停電の際には、スマートメーターによる各戸の電力使用データが停電家屋の特定・早期復旧に役立ったとされる。今後はこの電力データを自治体等へ提供することが可能となる。
今回の法改正では、このような災害時利用だけでなく平時においても、いわゆる社会的課題解決等のため、電気事業以外のサービスを提供する事業者(例えば、宅配の留守宅対策)にも電気使用データを提供する制度が整備された。
あくまで本人の同意を得ることが大前提ではあるが、「強靭化」とは異なる文脈において、新たなビジネス利用の種として、電力データが位置付けられていることには、今後も注視が必要である。
(2)送配電網の強靱化
再エネの主力電源化を進めることは、輸入燃料への依存度を減らすなどの観点で、エネルギーの地政学的リスクの軽減、我が国のエネルギー供給構造の強靭化に役立つとされる。
近年、その再エネ拡大のブレーキとなっていたのが、送配電網整備拡充とのギャップである。
(発電方式により異なるが)一般的に再エネ電源は、大規模火力等と比較すれば、短期間での建設が可能である。他方、送配電網の整備強化には10年以上の時間や巨額の費用を要することも一般的であった。
日本の従来のルールでは、発電所新設を予定する者からの要請に応じて、その都度、送配電設備の増強をおこなってきた。この発想を180度転換し、将来の再エネ電源のポテンシャルを踏まえた、より広域的な送電ネットワークをプロアクティブに・計画的に形成していこう、という法改正である。
また、再エネ資源、例えば風況が良く多数の発電所新設が見込まれる北海道から、需要の大きな東京エリアにその再エネ電力を送るには、地域間連系線等の増強も必要となる。再エネが増加することによる便益の一部(CO2削減効果等)は、当該エリアの住民だけでなく、広く全国にメリットが及ぶものである。よって、この連系線等増強費用の一部は、当該エリアの住民だけでなく、全国で負担する方式となった。
経産省 2020年2月25日 プレスリリース資料より従来日本では、送配電の託送料金を算定するにあたり、「総括原価方式」が取られてきた。法改正により、今後は「レベニューキャップ」と呼ばれるインセンティブ規制が導入される。レベニュー(収入)はあらかじめ決められているが、その後のコストダウン努力によって得られた利益は、一定期間は送配電事業者自身が享受できるという仕組みである。
ただし筆者としては、この制度は制度設計の詳細や運用に負う部分が多いため、期待通りの成果が得られるかどうか、現時点では懐疑的である。機会があれば別稿にて論じることとしたい。
経産省 2020年2月25日 プレスリリース資料より(3)災害に強い分散型電力システム
法改正による新たな分散型ネットワーク形成に向けた環境整備として、(3)-①「配電事業者制度の創設」、(3)-②「配電網の独立化」、(3)-③「アグリゲーターの創設」がなされた。
「配電事業」は、例えばIT企業がAI・IoT等の技術を活用しながら、災害時には特定区域の配電網を切り離して、独立運用することによってレジリエンス強化を図る新制度である。比較的都市部での導入が想定されている。
経産省 2020年2月25日 プレスリリース資料よりこれに対して、山間部では平時でも送電線維持には多くの費用が掛かるうえ、災害後の復旧にも時間が掛かっていることへの対処策が、遠隔地での「配電網の独立化」である。
経産省 2020年2月25日 プレスリリース資料よりまた今、再エネなど小規模分散型電源や、デマンドレスポンス等の需要側資源が増加しつつあり、これらの分散型資源を束ねて(アグリゲートして)供給する事業者が「アグリゲーター」である。
実態としては、現在の小売電気事業者がこれと全く同じ機能を果たしているが、アグリゲーターは、小売事業者から「小売機能」を取り除き、卸供給に専念する事業として位置付けられている。よって「発電事業者」同様に、届出制となっている。
従来の電気事業においては、大規模発電所から一方向的に送られてくる電気を消費するだけの存在であった需要家(消費者)を適切に保護するために、その使用する電気の量は、計量法に基づき検定された、公正な計量器を用いて計量する必要があった。
再エネ等の分散型資源の導入増加を背景に、これら非常に小さなリソースを新しいプラットフォーム上で売買したい、等のニーズが生じつつあることに対応するには、正式な計量器は高コストであり、そもそも設置するスペースが無い、等の問題もある。
よって、「計量法の適用除外」として、太陽光発電システムのPCS(パワーコンディショナー)やEV(電気自動車)充電器の計量器を代替的に低コストで活用できることとした。
電気事業法は今後も不断の見直しが求められる
今後、これらの中からイノベーションが生まれ新たなビジネスが興る可能性もあるが、筆者の印象としては、すでに(特に諸外国を中心に)動きつつあったもの・過去から要望の多かったものを、ある意味、後追い的に法改正したものが多い、という印象である。
電気事業の「S+3E」(安全性、安定供給、経済性、環境性)の高い次元での同時達成や、電事法の目的である「電気事業の健全な発達」等には終わりはなく、今後も不断の見直しが求められるであろう。
(Text:梅田あおば)
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