日本は国土に多くの山林を抱えている。しかし現在、森林資源はあまり有効に活用されていない。林業はなかなか収支があわず、持続可能な森林経営は簡単ではない。こうした中、岡山県西粟倉村を舞台に、三井住友信託銀行が、森林信託事業をスタートさせた。同村で事業を展開する株式会社sonraku代表取締役の井筒耕平氏がレポートする。
新たなフェーズに進む百年の森林事業
岡山県西粟倉村は、2009年より百年の森林事業を行うことで、森林整備を進めてきた。
この事業は、西粟倉村役場が、村内に山林を所有する山主さんと直接的に施業委託契約(森林施業を村役場に委託し、その収益の2分の1を山主が得る)を締結し、集約化を進めることで効率的な施業を目指すものである。
ただ、私有林3,000haのうち、約半数の面積が契約締結をする一方で、不在山主や相続がうまくできていない山林などもあり、残る約半数の契約が進んでこなかったという課題も残している。
こうした中間支援的な取り組みを自治体が行うことは、一定の成果を上げつつある。今後は民間に委託していくことで経営目線を入れることができ、効率的かつ最新の技術を取り入れ続けるなどのメリットもあると考え、2019年度からはローカルベンチャーとして起業した森林管理会社の株式会社百森に委託するフェーズ移行が進んでいる。
こうした中で、さらなる新しいチャレンジとしての“森林信託”という手法によって、相続に影響を受けない安定的な森林整備や所有者不明森林の発生抑止などの課題解決に向けて、2020年8月1日、三井住友信託銀行による日本初の商事信託として森林信託がスタートした。
三井住友信託銀行プレスリリースより(2020年8月3日)森林信託がもたらすビジネスチャンス
なぜ、三井住友信託銀行は森林信託にチャレンジするのか。同行の風間篤氏(地域共創推進部長)はこう語る。
「我々は、森林信託を新たな金融商品づくりのビジネスチャンスととらえている。森林REIT(不動産投資信託)はアメリカにはあるが、日本にはない。信託という手法によって山林を所有し、ビジネスとして成立させることができれば、金融商品として資金を集めることができ、その先にある社会課題としての森林・林業問題を解決することにもつながる」。
山林をビジネスとしてどう成立させるのか、ということについては、まずは施業地集約化や高性能林業機械の導入を挙げつつも、川上だけではなく、川中と川下まで含めての言及もあった。「CLT(直交集成板)は徐々に普及しているものの、現段階では国内の一部の地域における生産にとどまっているので広げていくべき。また、非住宅分野での木材利用の革新、たとえば木造ビルなども広がって欲しい」(風間氏)とのこと。
林業のサプライチェーンの歪みも指摘したうえで、同行も参加している農水省が組成する「知の集積と活用の場 産学官連携協議会」における信州大学を中心とする「ICTスマート精密林材業によるサプライチェーン構築プラットフォーム」など、データと流通を改革するような仕組みづくりも推進していきたいとのことだ。
森林信託といっても、川上の施業方法や丸太をどう販売するか、だけ関わっていては収益につながらないと同行は考える。川上から川下までをステークホルダー全体で変えていく必要があり、パートが分かれすぎている現状への指摘も鋭い。
森林信託が広がらなかったワケ
このように、森林信託によって林業・林産業の新たなビジネス局面への展開、相続や不在地主の問題解決などが実現できるが、なぜ日本では、今まで広がらなかったのだろうか。その理由を考えてみよう。
信託を行うにあたっては、信託銀行が財産の名義上の所有者となるが、そのためには山林がどこで、そこに何があるのかわからないと所有できない。
土地は、地籍調査によってその境界線などは明確になっているが、”立木” の情報(立っている木の樹種や林齢や材積などのリアルな情報)がなく、これがネックになっていた。
一般に、立木は森林簿などで管理されているが、たとえばエクセルに打ち込まれた森林簿情報は、間伐作業や竹林侵食などの変化を反映することがなく、データと現実が異なる状況を生んできた。ましてや、一本一本の情報などは全くない。
西粟倉村では、レーザーセンシングの技術が進み、航空機やドローンを活用することで最新の立木情報を一本単位で得られるようになった。これが突破の理由である。
実は、2019年度から森林環境譲与税が全国の自治体に交付されており、その予算を活用して地域の立木情報を得る動きが散見されているが、三井住友信託銀行によれば本格的な広がりはまだまだこれからとのことだ。
そして、森林信託が成立するには、もうひとつ条件がある。収益化だ。単に丸太を伐採、搬出して市場に販売しているだけでは、補助金があってなんとか成立するような状況であり、非常に厳しい。
西粟倉村は、その点で株式会社西粟倉・森の学校(製材・小売業)や株式会社ようび(家具製造業)など、木材加工による経済価値を数倍に上げる取り組みがなされており、その点も同行が西粟倉村で森林信託を展開できると判断した理由であった。
森林信託の課題は収益性
ただし、この収益性の確保面では課題を残している。
森林信託という手法によって果実を収穫するためには、着実な信託面積と木材取扱量の増加が肝となる。信託の事務作業は効率化され、ほぼ固定費として扱われており、規模の経済が働くのだ。その先に、付加価値をつけた木材の出口づくりが続く。
現段階で、西粟倉村内で信託されている面積は10ha程度と西粟倉村で百森事業に不参加の面積1,500haに遠く及ばない。
さらに、他行政区への展開も課題であり、こちらは収益性どころか立木データが不足している点で西粟倉にも及ばずである。
光明も見えている。他地域からも「団地化するのに不在地主の土地があって困っている」という声も同行には掛けられており、立木データの収集も進む。ようやく社会問題化されてきている実感が筆者にもある。しかし、それでも収益化のためには、デューデリジェンスは欠かせない。トータルでどの程度の財産価値があって、いつ頃キャッシュに変わるのかをシビアに見られる。
将来的には、全国で所有権を広げることでポートフォリオを持ち、金融商品化することで資金を集める。森林を管理する義務と責任、森林で稼ぐ使命を負いながら、日本の森林を生かし守るこの熱き信託銀行の挑戦から今後も目が離せない。
百森2.0ウェブサイト参照