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脱石炭を8年前倒ししようとしているドイツ 新政権がEUにまで及ぼす影響とは

脱石炭を8年前倒ししようとしているドイツ 新政権がEUにまで及ぼす影響とは

2021年11月24日

「メルケル後」のドイツでは、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)が12月にも初の三党連立政権を樹立する公算が強まっている。新政権は二酸化炭素(CO2)排出量の削減に拍車をかけるために脱石炭を8年前倒しするとともに、再エネ拡大に力を入れる方針だ。

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ショルツ氏が首相の後継者にほぼ確定 緑の党とSPDが躍進

9月26日の連邦議会選挙では、保守政党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が得票率を前回の選挙に比べて9ポイント近く減らし、敗退。CDU・CSUの首相候補だったアルミン・ラシェット氏は、CDU党首辞任の意向を表明している。これに対しSPDと緑の党、FDPが得票率を増やした。

三党は10月15日に準備協議を終えて、政策合意文書を公表。10月27日に連立のための正式交渉を開始する。SPDのオラフ・ショルツ首相候補(現財務大臣兼副首相)は、「11月末までに交渉を終えて連立契約書を完成させ、12月の最初の週には新政権を発足させる」と述べており、本交渉が決裂しない限り、ショルツ氏がメルケル首相の後継者になることは確実だ。


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環境保護政党・緑の党は1998年~2005年のシュレーダー政権に参加した時以来、16年ぶりに政権入りする可能性が強まっている。同党は前回の選挙に比べて得票率を5.9ポイント増やし、41年前の結党以来最も高い得票率を記録して第3党の地位に就いた。

「エコロジー」重視の緑の党と「小さな政府」重視のFDPの交渉がポイント

連立政権が誕生するかどうかの焦点は、緑の党とFDPが合意できるかどうかだ。その理由は、両党の路線の違いにある。緑の党はSPDと同じ左派中道政権である上、エコロジーを重視している。同党は政府主導で、法律による強制化や禁止措置によってCO2削減を進めようとしている。これに対し企業経営者を支持基盤とするFDPは、「小さな政府」を重視し、イノベーションや市場メカニズムによって地球温暖化に歯止めをかけるべきだという立場を取っている。法律による義務化や禁止措置は企業に不必要なコストをかけるので、なるべく避けるべきだというのだ。

だが10月15日に発表された合意文書を読むと緑の党の筆跡が濃い。日本の衆院選挙とは対照的に、今回の連邦議会選挙では、「地球温暖化と気候変動にどのようにして歯止めをかけるか」が最も重要な争点の一つだった。緑の党は合意文書の中に、選挙マニフェストに記した公約の内容をかなり盛り込むことに成功した。


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たとえば同党は、他の二党を説得して、「理想的には、石炭火力・褐炭火力発電所の全廃を2038年から8年間早めるべきだだ」という一文を文書に盛り込むことに成功した。メルケル政権は、2038年までに脱石炭を実現する方針だが、緑の党は一貫して2030年の実施を求めてきた。つまりこの一文が文書に盛り込まれたことは、緑の党にとって、重要な勝利だ。電力業界や産業界にとって厳しい内容であり、FDPは譲歩したと言わざるを得ない。また緑の党の次の公約も合意書に採用された。

  • 2022年に気候保護緊急プログラムを発動し、再生可能エネルギーの拡大を劇的に加速する(再生可能エネルギーの発電設備の容量目標は明記されていない)。
  • 全国の土地の2%を、陸上風力発電所の用地に指定する。
  • 洋上風力発電の拡大を加速する。
  • 新築される全ての商業用建物の屋根に太陽光発電パネルの設置を義務付ける。個人世帯の屋根にも、原則として太陽光発電パネルを設置する。
  • 現在陸上風力発電プロペラを新設する場合、地元の住民に収益の一部を還元することが可能だが、このオプションを太陽光発電設備にも拡大する。
  • 市民の電力料金の負担を緩和するため、再生可能エネルギー賦課金を廃止する。

だがこれらの政策は、緑の党が選挙マニフェストの中に明記していた気候保護政策のほんの一部にすぎない。合意文書には、次の公約が入っていない。

  • CO2を2030年までに1990年比で70%減らす(メルケル政権の現行の目標は65%削減)。
  • 気候保護省を新設し、パリ協定の内容に反する法案については、拒否権を発動する権利を与える。
  • 2035年までに電力消費量の中に再生可能エネルギーが占める比率を100%に高める。
  • 陸上風力発電の設備容量を毎年500~600万kWずつ、2035年以降700~800万kWずつ増やす。
  • 洋上風力の2035年の累積容量を3,500万kWにする。
  • 太陽光発電の設備容量を毎年1,000~1,200万kWずつ、2025年以降は1,800~2,000万kWずつ増やす。
  • 2023年の国内の運輸・暖房の炭素税をCO2・1トンあたり35ユーロから60ユーロに引き上げる。
  • 2030年以降、内燃機関を使う新車の販売を禁止する。

一方で電力の安定供給のために、近代的なガス火力発電所の新設も・・・次ページ

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
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