連載「変わりゆく地球」スカンジナビア半島ラップランド トナカイ【第7回】 | EnergyShift

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連載「変わりゆく地球」スカンジナビア半島ラップランド トナカイ【第7回】

連載「変わりゆく地球」スカンジナビア半島ラップランド トナカイ【第7回】

2021年09月04日

北欧諸国の北部に暮らす先住民族サーミ人の大事な財産がトナカイだ。西はノルウェーから東はロシアまでの、サーミ人が暮らすエリアはラップランドと呼ばれ、このエリアのトナカイたちはサーミ人が管理・所有している。近年の気候変動は、この地に暮らす人と動物に大きなインパクトを与えている。

連載「変わりゆく地球」

温暖化で住処と食料を奪われる動物たち
トナカイの大量死が教えるもの


マイナス30度以下の厳寒の環境でも生きることができるトナカイ。冬は地面を掘って食べ物を探す ©Hiroaki Oyamada(クリックすると別ウィンドウで開きます)

気温上昇が生活スタイルを変えている

現在も一部のサーミの人々がトナカイの放牧を行っており、定期的に群れを集めて健康診断や頭数確認、出荷などの管理を行っている。所有を示すサインは耳に入れる切れ目だ。サーミ人家族ごとにデザインが異なっている。トナカイの所有頭数をサーミ人に尋ねるのはマナー違反。貯金通帳を見せて、と言っているようなものだという。

放牧は移動しながら行う。以前はスキーや徒歩でトナカイを追っていたが、近年は冬の始まりが遅く地面がぬかるんでいて移動が難しいこともあり、4輪バギーやヘリコプターを使いトナカイを追ったり、いったん集めたトナカイをトラック輸送で別の場所に運んだりしている。以前とは異なる放牧スタイルがとられている。

サーミ人はトナカイをとことん利用する。トナカイを出荷して現金収入を得るほか、肉は食料に、皮は衣類やブーツなどの防寒着に、骨や角もアクセサリや道具に利用する。トナカイを飼育することで保たれている文化や生活様式も多く、トナカイの喪失は生活基盤だけでなく文化の喪失にもつながってしまう。


トナカイはサンタクロースのソリをひく動物としても人気。観光で楽しむトナカイゾリは、気ままなトナカイが多く、さっそうとドライブを楽しむことは難しい ©Hiroaki Oyamada(クリックすると別ウィンドウで開きます)

暖かい気候がトナカイの生存を脅かす

トナカイは雑食だが、雪に覆われる冬の時期は地面の苔類を主食とする。雪を堀って地面に生える苔を食べるのだ。しかし、最近の温暖な気候のせいで、苔の上に積もった雪がいったん溶け固く凍ってしまうことで、苔類が食べられない状況が起きている。サーミ人が放牧するトナカイは管理されているが、ほかのエリアに暮らす野生のトナカイは、餌不足が原因で年によっては大量死が報告されている。北緯78度に位置しているホッキョクグマの王国スヴァールバル諸島ですら、地表の雪の再凍結が起こり200頭ものトナカイが餓死した。

気候変動による気温上昇により、冬の降雨や夏の極端な乾燥が起きている。ノルウェー南部の高原では、2016年8月下旬に落雷により323頭のトナカイが感電死した事件があった。近年は北極圏でも落雷が増えており、火災も頻発している。また最高気温が30度を超える日も頻繁に観測され、人も動物も暑さにまいっている。2019年2月に訪れたフィンランド北部では、短期間の気温急上昇も体験した。1週間ちょっとでマイナス30度から0度まで気温が上昇し、たった数日で春のような景色になってしまったのだ。


スカンジナビア半島北部の観光地には、サーミ文化を体験できるスポットが点在している。冬も体験できるアクティビティがあるので、オーロラ観光とともに楽しむといい ©Hiroaki Oyamada(クリックすると別ウィンドウで開きます)

多様な生物が生きるスカンジナビア半島

スカンジナビア半島には多種多様な生物が生きている。陸上ではヒグマやバッファロー(ジャコウウシ)、オオカミ、オオヤマネコのほか、映画『X-メン』の重要キャラ、ローガン(ウルヴァリン)のモデルとなったイタチの仲間、クズリもいる。海にはクジラが回遊しタラやニシンの一大漁場がある。深度数百メートルの冷たい深海に広がる珊瑚礁もノルウェー沖に存在している。

日本のニュースではトナカイの受難が報道されることが多いが、温暖化はあらゆる生物に影響を与えている。極寒の地で生きるために進化した北極圏の動物たちにとって、気温上昇はリスク要因でしかない。南からの侵略者も彼らを脅かす。冬はふわふわの真っ白な毛皮をまとうホッキョクギツネは、北上するアカギツネにテリトリーを奪われており、トナカイやヘラジカが食用とするシラカバは、低温環境では生存できなかった害虫の被害により枯死している。もともと厳しい環境の生息エリアがさらに狭まっている。

直接の捕食関係にない生き物でも、行動エリアが重なればお互いの存在は影響を与えており、バランスが崩れればあっという間に危機的状況に陥ってしまう。特定の種を守る行動も必要だが、何よりも気温上昇を抑制することが求められている。


ロシア国境沿いのフィンランド側エリアにはヒグマ観察ができるスポットがある。2018年9月17日の撮影。黄葉が始まっているが、秋の訪れは2週間以上遅れているとのことだった ©Hiroaki Oyamada(クリックすると別ウィンドウで開きます)

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小山田浩明
小山田浩明

スイス・北欧に強い旅行ジャーナリスト兼カメラマン。 株式会社ダイヤモンド・ビッグ社で、海外旅行ガイドブック『地球の歩き方』プロデューサーとして52ヶ国のガイドブックを担当。特にスイス、北欧、オーストラリアの取材経験が豊富で、プライベートでも頻繁に渡航。各エリアをそれぞれ25回以上、200泊以上滞在する。 1990年代頭の第一次オーロラブームの頃から極地を訪問してオーロラの撮影を行っていたが、2015年8月にホッキョクグマの王国スヴァールバル諸島を訪れ、流氷でお昼寝中のホッキョクグマと遭遇。以降、極地の気候変動にも強い興味を抱き、現地取材を継続しその変化を追い続けている。 2018年からはVR動画によるロケもスタート。アイスランドやスイス、グリーンランドでの収録を実行し、ガイドブックや雑誌からVR動画を見られる仕組みも作った。 現在はフリーランスのフォトグラファー、VRクリエイターとして活動。バーチャル旅行やウィズコロナ時代の旅行の楽しみ方を模索している。 ●YouTubeチャンネル Travel the world in VR https://www.youtube.com/c/TraveltheworldinVR

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