ノルウェーのフィヨルドの畔に佇む、見たこともないような優しい光の円形の建造物。まるで宇宙から飛来した美しい未確認飛行物体のようだが、これは世界で初めて、使用する量よりも多くの電力を生み出すホテルとして2022年にオープンを控える「スヴァルト(Svart)」という名の未来型のネイチャーリゾートだ。
リゾート名の由来でもあるスヴァルティセン氷河は、370㎞に亘って拡がる、ノルウェーで2番目に大きい氷河。そこから延びた、60はあると言われている“氷河の舌”の一つが、スヴァルトが佇むフィヨルド内の透き通った海に迫る様は圧巻だ。大自然との触れ合いを求めてこの地にやってくるゲストの旅心を大いに満たしてくれるに違いない。
スヴァルトが提供するウェルネス・サービスも、このリゾートを目指すゲストにとって、重要な目的の一つとなっている。2階建てのスパ・ヘルス&ウェルネス・クリニックでは、3つの異なるゾーン、アクティブ、ウェット、クワイエットゾーンがあり、各ゾーンオリジナルのシグネチャー・アロマがその空間を満たす。その“空気”は五感を通じてゲストに影響を与え、活動のモチベーションを高め、自己探求を促し、幸福感を深めるためのもの。スパ・メニューでは、地元のハーブや植物、海洋資源を用いたトリートメントが提供され、それらはサプライチェーンの地域コミュニティをサポートすると同時に、ゲストのニーズに対応しながら、伝統的な北欧の治療法と現代的なセラピーとの融合で、ゲストと自然との再接続を助けてくれる。各ゲストの魂は息をのむような氷河の間近でその息吹を吸い込み、北欧的アプローチで心身を調整してゆくことで内なる探検家に出会い、己を見つめなおし、自らを再生してゆくだろう。
ところで、スヴァルトでは、他の現代的宿泊施設のエネルギー消費量に比して85%ものエネルギーを削減し、使用する電力は屋根上のソーラーパネルによって、全てが太陽光発電でカバーされる。フィヨルドの景観を邪魔せずに佇むにはうってつけの、いかめしさのない優しい円環状の建築なのも、実はこのデザインによって、夏の日照時間が20時間に及ぶ北緯66度のこの地で、もっとも太陽光を集めることができるということから、最適な形状として採用されたものだという。
これまでこの連載でもご紹介してきたように、「カーボンニュートラル(脱炭素)」という二酸化炭素の排出量と吸収量を同じにしてゆく試みは、環境に配慮した世界中の先進的なリゾートで様々なやり方で取り組まれてきているが、スヴァルトが標榜するものは、この施設がその役目を終えるまでの消費電力を上回るエネルギーを、この建物自体がすべて再生可能エネルギーで生み出すという「エナジーポジティブ」なリゾートであること。それは、先にも触れたように、世界でも初の試みなのである。
これは、ホテル内で消費される電力だけではなく、その建設時や、フィヨルド内でゲストの移動に使用されるボートシャトルで使われる動力、また、60年と見積もられた耐用年数経過後の取り壊し時など、開業後に使用すると考えうる限り全用途のエネルギーを含み、また、先々のことまで配慮された、真に持続可能な取り組みとなっている。
施設自体のサステナビリティに溢れた造りも実に独創的だ。地元の漁師の伝統的な宿泊小屋に倣った、海底に木の柱を差して全体を支える構造をはじめ、素材のほとんどが地元の資材を使ったシンプルな木造建築となっている。敷地内には農場も作られ、ホテル内の四つのレストランで使う食材を持続可能な農法で生産する。地元の生活に根差した歴史と文化の継承を大切にしながら地産地消を実践し、最先端技術を駆使した現代建築がそこに見事に融合されている様は、これからのネイチャー・ツーリズムの在り方にも新鮮なインパクトを与えてゆくに違いない。
開業後は5年以内に、ホテルと農場などの関連施設で使う電力までを完全に自給化し、ホテルの排水や汚物もバイオマスエネルギーに変換する予定で、廃棄物ゼロでの完全なオフグリッド営業を存続させることを目指している。
長い時間軸で考えられた環境へのローインパクト度を見ても、これまでのエコリゾートの在り方から明らかに進化した、ポジティブで前向きな“攻め”の姿勢が感じられるスヴァルト。
未来へ向けて、持続可能なツーリズムを牽引する、象徴的な存在として今後の動向に注目していきたい。
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