6月にパナソニックがテスラ株を売却したというニュースが飛び込んできた。売却益は4,000億円。今まで蜜月だった両者の関係になにがあったのか。また、パナソニックの次のパートナーは? ゆーだいこと、前田雄大が解説する。
パナソニックがテスラの株を売却したという報道がでた。これがなぜ判明したかというと、パナソニックが6月25日に提出した有価証券報告書に掲載されていたものだ。その有価証券報告書によれば、売却額は約4,000億円になる。
テスラ株が2020年に急騰したのは周知のとおりだ。しかも、一回上がり切ってから、上がり過ぎというところもあって、下がり、いまは少し回復基調にある。
気になるのは「いつ売ったのか」。具体的な時期は完全には分からない。ただ、2021年3月期には全て売却したということになる。もし1月末のピーク時に売っていたとしたら、相当な勝負感を持っているということだ。
次に気になるのは「どれくらい儲けたのか」。これに関しては、2010年、パナソニックがテスラ株の約2%相当分を約24億円で取得していることがわかっている。つまり、24億円で取得して、4,000億円で売却したのだ。投資としては完璧な仕手といえる。
パナソニックによるテスラ株売却を先に報じた6月25日付の日本経済新聞は、パナソニックが71億ドル(約7,700億円)で買収を決めた米ソフトウエア大手のブルーヨンダーの買収原資などに当てると報じている。他にも車載向け電池増産などで資金需要が高まっているので、それに使用するため、という報道も出てきている。
たしかに、ブルーヨンダーの買収の際には、そんな余裕がどこにあるのかと言われていたこともあり、その意味ではテスラ売却利益を買収資金として活用したということは非常に正しい選択であったと言える。元々この売却益が念頭にあり、ブルーヨンダー買収に動いた、ということだろう。
パナソニックはテスラとかなり早い時期から提携をし、かなり苦労をしながら、その成長物語を支えてきたパートナーといえる。正直いって、テスラの躍進はパナソニックなくしてはあり得なかったといっても過言ではない。
無茶ぶりや技術の吸収、なぜアメリカ企業に貢献して、日本のEVをけん引しなかったのかという批判もあっただろう。パナソニックとしてはそれらも耐えながら苦労したのが、この瞬間報われたということではないか。
パナソニックが今年5月、2030年までに自社のカーボンニュートラル目標という思い切った宣言をした。その時の説明資料に、ブルーヨンダーを組み入れた改革がわかりやすく提示されている。
Panasonicの説明資料より
ブルーヨンダーのノウハウを使うことで、サプライチェーン改革を行う、ここがデジタル&グリーンの攻め手になる。
ブルーヨンダーといえば、サプライチェーンに関するAIを活用した製品の需要や納期を予測するソフトウエア開発で知られている。パナソニックはこれをサプライチェーンにおける環境対策にも適応していく方針だ。
具体的にはブルーヨンダーのソフトウエアを利用した「ムダ」排除による環境対応を全社で進めるとともに、社内対応用に開発した技術・手法を、製品・サービス化できるものは社外にも販売。こうして気候リスク対応をビジネスに転換する。
パナソニックは自社のサプライチェーンのみならず、脱炭素解決企業として社会に貢献していく方向をうちだし、成長を基軸の1つとなるようにしていく。こうしてみると、テスラの売却益を使い、次世代の成長戦略の柱を形づくれたと考えることができる。その意味でもテスラとの協業は重要な位置づけにあったのだ。
もう一つの基軸となるのが、バッテリーだ。
テスラとの協業は苦しみもあったと前述したが、2020年度にようやくバッテリー部門が黒字化に転換した。ここにも生みの苦しみがあったのだ。
パナソニックは投資家向け説明会で、バッテリー文脈でテスラにも言及している。これまでは、パナソニックのラインナップである2170バッテリーで業界をけん引してきたが、加えて4680バッテリーでも業界をけん引していきたいということで、テスラとの協業が続くことを示唆している。
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その上で、車載用蓄電池については北米で生産ラインを拡大することにも言及したが、強調したのは、原価力の実現。
脱炭素時代において、バッテリーのコストダウンがどれだけ大事かということをパナソニックは非常によく理解しているということを示した。
さらに、バッテリーについて脱炭素だけではなくDX(デジタルトランスフォーメーション)文脈でも重要であると発言。データセンターは安定的な電力供給が必要となるが、ここの文脈に蓄電池が必要になってくるとパナソニックは言及している。
ここもデジタルとグリーン論点の交差点になるが、パナソニックはここにも時代を見ているわけだ。
これらの対応も、テスラという厳しい協業相手がいて、揉まれたからこそだ。会見でも、テスラの求めるスピードが早く、パナソニックはオペレーション力が欠けていたので強化できた。そこをこれから伸ばしていく、とパナソニックは述べており、筆者はここが会見のハイライトだったのだ、と思う。
ブルーヨンダー文脈しかり、バッテリー文脈しかり、テスラとの協業で苦労が多かったとはいえ、将来を考えると、パナソニックは得るものが大きかった、というのが見えてくる。
特に、今回の株式売却が吉と出たというのが、市場にも明らかったになったというところで、ここは肯定的な評価になると思われる。
直近のパナソニックの株価は、このように売却発表から急上昇になった。
パナソニックの株価チャート 報道のあった日に急騰していることがわかる
今回の売却について、ブルームバーグがパナソニックの広報に照会したところ、「今回の売却はコーポレートガバナンス・コードのガイドラインに従った政策保有株式の見直しの一環であり、テスラにも株式売却の意向は通知している、引き続き同社との良好な関係を維持する」とコメントしている。
広報としてはこのように答えるのは当たり前とも言えるが、ここにはテスラとパナソニックの将来の示唆があると筆者は思っている。
一つは、やはり協業していくときに、資本の連携があるかどうか。
これまでパナソニックは、テスラの躍進を支えることで自社保有株にも好影響がある。最終的に自社に還元される、という関係があった。だからこそ、イーロン・マスク氏から無茶ぶりがあっても、歯を食いしばって、それについていったということがあった。だが、もう、手元に株はなくなった。となると、あとはもう単なる電池の供給先のひとつになるのか。
テスラはテスラで、これまでここまで支えてくれたパナソニックがいながら、中国CATLや韓国LGなどとも連携をしていた。しかも、コストを下げて勝負に出たモデル3には、中国CATLのリン酸鉄系が使われ、コストダウンが図られた。これらを振り返ると、テスラはCATLに流れていくのか? と見えても不思議ではない。
パナソニックとして、テスラにこれ以上尽くす義理があるか、というと、ない。パナソニックからすると、テスラがビジネスライクなら、こっちもビジネスライク、となるのは当然のことだとなるのではないか。
テスラと共同運営してきたアメリカの電池工場「ギガファクトリー」に、パナソニックは2,000億円以上を投資してきた。
であれば、元はとりたいと考えるのが普通だろう。テスラが世界でEVを売った分だけ、蓄電池を納入して、利益を上げる。テスラは売るだけ売ってくれ、俺らも儲かるから、というスタンスになるであろう。
Tesla ギガファクトリー ネヴァダ
実は記者会見では「テスラとの連携を強化していく」とは言っていなかったのだ。会見時には株式は手放していたため、当然と言えば当然。パナソニックとしては、淡々と投資を回収するフェーズになった。しかも、テスラの躍進を積極的に支える必要はもうないわけだ。蓄電池、買うだけ買ってくれ!ということだ。
一方、クレディ・スイス証券のアナリスト、ダン・レヴィ氏によれば、テスラのシェアは3月の29%から4月に11%に急落。GM、独フォルクスワーゲン(VW)に抜かれて3位に転落した。
EV戦線、各車メーカーが本気を出してきたらどうなるのか、というところが見所だったわけだが、まだ4月の一月分とはいえ、これからテスラは簡単にはいかないのではないか。
パナソニックとしては、4,000億円の株式売却益出来て、ブルーヨンダーの買収の原資にも当てられた。そこだけでもとりあえず良し、となる。
というのも、テスラとのドライな関係もさることながら、別軸で分析をすると、今度はパナソニックがパートナーを乗り換えるのではないか、というのが見えてくるのではないか。では、誰に?
テスラが4月の売上が苦戦という報道があり、また、ピーク時より株価が下がっている一方、対照的に株価を上げてきているのが、トヨタだ。テスラは、脱炭素銘柄認定をもろに受けているからこその2020年の株価の高騰という側面もあった。
逆にトヨタはガソリン部門をがっつり抱え、脱炭素スコアが低かった。
トヨタの決算報告ではBEVの2025年までの15車種投入、サプライヤーへの3%温室効果ガス排出削減要求、自社の2035年までのカーボンニュートラル前倒しと、連続して発表をしてきて、脱炭素スコアを上げてきた。
そうしたトヨタの方針を支持するように株価も上昇。欧州大手投資会社もこれまでトヨタに投資していなかったのに、投資を初めて入れたという報道も出てきたほどだ。となると、パナソニックとしては、こっちに乗っかりたい、という気持ちにもなってくるのではないか。
トヨタとパナソニック。2017年からバッテリー協業を検討していたが、2020年4月についに協業を決定。合弁でプライム プラネット エナジー&ソリューションズという会社を設立した。トヨタはここに車載用蓄電池の未来を託した格好になっている。
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実は、トヨタとパナソニックの蜜月はここだけではない。
2020年1月にはパナソニックホームズとトヨタホームをはじめとした、両社の住宅事業を統括し、自動運転車や高規格通信網を導入した街づくりを目指す「プライム ライフ テクノロジーズ」社を設立するなど、連携を深めている。
一方で、パナソニックのテスラ離れは元々、顕在化していた。
テスラがEVだけではなく、家庭用や産業用蓄電池、屋根置き太陽光も手掛けるエネルギーソリューションカンパニーであることはこの記事でも解説しているが、実はこの太陽光パネルは、パナソニックも一枚噛んでいた。太陽光パネルについて、テスラと共同生産をし、テスラを太陽光パネルでも支えてきていたのが、2020年2月にはこの生産を解消。
こうして見ると、すでに2020年初頭からパナソニックはテスラよりもトヨタ、という選択をしているのが見えてくる。テスラに付き合わされ過ぎた、という点もあるとは思われるが、組むなら国内企業のトヨタという理由もあるだろう。
かつ、パナソニックがこれからデジタル&グリーンで勝負しようとしてきた中、トヨタがようやく重い腰を上げてグリーン文脈に入ってきたなら、なおさらのことだ。
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この国益のかかった正念場で、日本政府としては(半導体などは顕著なように)企業には日本回帰してもらいたい。EV戦線、蓄電池戦線では世界に負けるわけにはいかないということもある。それらを鑑みても、パナソニックがテスラよりもトヨタと組むということは、国を挙げて歓迎していることも、また確実。
以上の視点から、改めてパナソニックの一連の施策発表、トヨタの脱炭素戦略、これらを見ると、きれいに点と点がつながってくると筆者は見る。
テスラからトヨタへの乗り換え、これは既定路線として準備されていた。投資は最大限回収できるタイミングで回収をした。未来に向けてブルーヨンダーにも手を出せた。
そして、これからはトヨタとタッグを組んで脱炭素で攻めていく、いいシナリオではないだろうか。かねてから、日本企業が連携し、脱炭素戦線を戦ってほしいと考えていた筆者としては、これはもう「胸アツ」以外の何者でもない。
もちろん、もっと他の日本企業も巻き込んでいき、「チームJAPAN」で、世界にガツンとかましてほしい。今日はこの一言でまとめよう。
『パナソニックはいい選択をした!』
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