前回に引き続き、既存の送電網を効率的に運用して、より多くの発電設備を連系する、コネクト&マネージのN-1電制について、電力広域的運営推進機関の広域系統整備委員会における議論を紹介する。
N-1電制の本格適用に向けた課題は何か
前編では、第46回・第47回広域系統整備委員会で議論検討されているN-1電制本格適用の動向の一部を報告した。この「後編」で不明な点があれば、まず「前編」を一読願いたい。
N-1電制は、既存の送電設備を最大限有効利用することによる合理的な設備形成を目指す、日本版コネクト&マネージの一つとして位置づけられており、送電線N-1故障の発生時に、瞬時に発電を制限することを前提に、平時の送電運用容量を拡大する仕組みのことである。
前回の繰り返しとなるが、N-1電制の本格適用に向けた課題や論点は、以下のとおりである。
- 課題Ⅰ:納得性のある費用精算の仕組み
- 課題Ⅱ:精算に必要なシステム仕様等の決定
- 課題Ⅲ:約款等ルールの改正への対応
上記「費用」には、機会損失費用(発電停止により生じた逸失利益)が含まれる。
これら課題や論点は、2020年5月末現在の時点ですべてに結論が出ているわけではない。特に事業者間の利害が対立する、費用精算の課題について熱心に議論されている。
新たな費用精算ルールを決めるにあたり、まずどの程度の規模感の金額について議論しているのか?(費用項目と発生頻度)を把握しておくことは無駄ではないだろう。
まず費用負担が発生する可能性の頻度、つまりN-1故障の発生頻度はどれくらいだろうか。広域機関の調査によれば、近年の送電線故障実績は、電圧階級により異なるものの平均的には、1送電線あたりの事故発生頻度は0.33回/年であり、故障が継続する事故の発生頻度は、1送電線あたり0.025回/年となっている。
費用項目の主なものとして、発電事業者からは、「発電停止により生じた逸失利益」、「代替電源調達費用」、「電制による停止後の起動に必要な費用」、「メンテナンス費用の増分」、「所内待機費用」、「電制により故障が生じた場合の設備修理費用」、「燃料調達や電力供給面での契約上ペナルティ」、その他自家発での本業への影響なども含め、数多くの費用項目が挙げられている。後述するように、これらは第三者が客観的に評価できるか否かという観点で分類が可能である。
広域機関や送配電事業者の基本的考え方
新制度を設計するにあたり、重要な前提条件として広域機関は、新しいN-1電制がしっかり機能すること、そのためには多くの事業者の賛同を得たうえで実際に参加してもらうこと、を重視している。きれいなルールを作ったのはよいが、不満を抱える多くの事業者が参加を辞退するようでは、N-1電制を実質的に活用することが出来ないためである。
また、N-1電制は「特別なもの」であると同時に、「普通のこと」であるとの認識もある。
N-1電制導入以前から、送電線故障時には発電制約が生じることは当然のことであり、N-1電制も系統故障に伴う給電指令の一種である。「前編」で述べたとおり、現行約款には給電指令の場合の費用負担ルールが明記されている。
よって、発電停止に伴う費用が何でも精算されるわけではなく、N-1電制に限って発生する、新たな費用についてのみ、新たなルールを決めればよい、ということになる。
当座の結論:課題Ⅰ-① 費用精算の項目、課題Ⅰ-③ 正確な費用の算出
N-1電制を発動した際における、当該系統を利用する電源が負担する具体的な費用精算項目(課題Ⅰ-①)は、
- 真にN-1電制に起因して発生した費用であること
- それを第三者が客観的に評価できる項目であること
を条件として、あらかじめ設定する方式として整理された。
これにより、費用項目の公平性・透明性が確保され、事業者にとっての予見性も確保されるというメリットがある。
この結果として、具体的な費用精算項目は、「代替電源調達費用」や「再起動費用」に限定されることとなった。ただし、第三者があらかじめ設定した項目によらないことが妥当と判断した場合は、標準外の精算を行うことがあるとの注記も添えられている。
この費用項目とセットになるのが、その費用の算出方法である。
結論としては、あらかじめ設定された標準的な発電単価・費用を用いて算出することが合意された。具体的には、燃種、発電効率等に応じてあらかじめ設定された標準的な発電単価・再起動費用を用いる(※ここでも、標準外の精算を行うことがあるとの但し書きはあるが)。
この方式の場合、自社の発電単価という重要な機密情報を社外に提供する必要が無いというメリットがあるほか、標準値そのものを客観的に作成することにより透明性・納得性・予見性を確保することが可能となる。
さらに、「言い値が貰える」方式ではないため、自社の現実の費用を「標準値」以下に低減しようというインセンティブが働き、事業者の創意工夫が促されることも期待される。
当座の結論:課題Ⅰ-② 精算対象とすべき期間
もうひとつの重要な論点は、精算対象とすべき期間である。なぜならばN-1電制の場合、従来の給電指令と比較すると、当該電源が再起動するまでは、代替電源調達費用が多く発生する可能性があるためである(下図の※1の部分)。
出典:流通設備効率の向上に向けて 広域系統整備委員会事務局 2020年5月25日第47回広域系統整備委員会資料結論としてはここでも標準値方式が合意され、あらかじめ設定された、電制される電源の標準的な再起動時間が用いられることとなった。具体的な対象期間は燃料種に応じてあらかじめ設定しておく(※ここでも、標準外の精算を行うことがあるとの但し書きあり)。
これにより、同一電源種であれば同一期間となるため公平性・予見性が確保され、再起動時間標準値よりも短時間で再起動させようするインセンティブが事業者に与えられることはメリットである。
出典:流通設備効率の向上に向けて 広域系統整備委員会事務局 2020年5月25日第47回広域系統整備委員会資料なお、課題Ⅰ-②(費用)③(期間)の標準値設定にあたっての考え方としては、数値の透明性確保、合理的・客観的であることは当然のこととして、この他に、「個別調整とならないよう、包括的な数値となる」ことも重視している。
具体的な現時点の事務局案としては、突出したH1データの除外など特異データには配慮しつつ、収集したデータの上位3値の平均値(H3)を標準値とすることが提案されている。
この案の場合、多くの電源が標準値内に収まることとなるため、緩すぎるのではないか、との指摘もある。これに対して事務局側としては、厳しい数値にすると結局は個別調整が増加して標準値方式とした意味が薄れてしまうことへの懸念があること、なるべく多くの事業者に抵抗感なく参加してもらうことを重視している。
以上が、課題Ⅰ-①②③論点の“一旦の”結論である。詳細は今後の委員会において継続的に議論される予定である。
課題Ⅱ-④ 高圧電源の新規・既設の区分
この他、費用精算にあたっての高圧電源の取り扱い(課題Ⅱ-④)についても議論された。
N-1電制系統内の電源の廃止等により、厳密には「新規電源」が「既設電源」に区分が見直されることが起こる。
ところが特高系統とは異なり、高圧系統は接続される電源数が非常に多く、作業など日々の状況変化に伴い系統切替が頻繁に行われるため、これを厳格に管理するには、システムが複雑化・高額化し、開発期間も長期化するおそれがある。結果として、N-1電制の本格適用の開始時期が遅れることとなる。
よって結論としては、高圧電源については、早期のN-1電制本格適用開始の観点から、連系時当初の新規・既設の区分は見直さない、とされた。
なお念のため申し添えると、既設電源が廃止された場合は、N-1電制による電制自体が発生しないため、「区分」が新規電源のままであっても当該電源に費用負担は発生しない。
以上「前編」「後編」にわたり、N-1電制本格適用に向けた議論の中間報告をおこなった。残された課題・論点は複数あるため最終的な結論にはまだ時間を要する見込みである。
またN-1電制は、日本版コネクト&マネージの一つにすぎず、この広域系統整備委員会では「ノンファーム型接続」の課題についても同時並行で議論検討されている。今後、機会を改めて、ノンファーム型接続の検討最新状況なども継続的に報告して参りたい。
(Text:梅田あおば)
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