カーボンプライシング却下ありきの論点整理は正しいのか カーボンプライシングについて考える 06 | EnergyShift

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カーボンプライシング却下ありきの論点整理は正しいのか カーボンプライシングについて考える 06

カーボンプライシング却下ありきの論点整理は正しいのか カーボンプライシングについて考える 06

2021年10月12日

カーボンプライシングについて考える(6)

経産省研究会「中間整理」に示された「成長に資するカーボンプライシング」

連載の前回では、経済産業省「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会(以下、「経産省研究会」)」の「中間整理」をとりあげ、「カーボンニュートラル・トップリーグ」の是非を論じた*1。今回および次回では、「中間整理」のキーワードとなっている「成長に資するカーボンプライシング」とは何か、という点について考察を加えることにしたい。

「成長に資するカーボンプライシング」という形でカーボンプライシングに「成長に資する」という枕詞が付くようになったのは、菅義偉前首相がカーボンプライシングの導入検討を指示し、経産・環境両省で検討が始まって以降である。さらに言えば、このキーワードを打ち出したのは、経産省研究会である*2

この研究会の中間整理では「3.成長に資するカーボンプライシング」という章立てが行われ、その中の「(1)基本的な考え方・検討の視座」という節で「成長に資するカーボンプライシング」に関する研究会としての考え方を展開している。カーボンプライシングを成長に資するか否かという視点で積極的に論じようとしているのだ。

「成長に資するカーボンプライシング」とは何か

では、「成長に資するカーボンプライシング」のキーワードの下で、いったい何が論じられようとしているのか。この点を「中間整理」に即してみてみよう。

この研究会による「成長に資するカーボンプライシング」の定義が端的に述べられているのが、図1である。ここで挙げられている「視点」のそれぞれの論拠は、もっともである。カーボンプライシングに関するコストの国際的なイコールフッティング、成長分野への投資や産業構造転換の促進、一部セクターへの過重な負担の回避、国富の国内還流、カーボンニュートラルの実現、有望分野への適切な再配分、イノベーションの誘発、いずれも成長を論じるにあたって重要な論点である。

図1 経産省研究会による「成長に資するカーボンプライシング」の定義


[出所]経産省研究会「中間整理」15頁,「(図3-1)成長戦略に資するカーボンプライシングの検討の視点」

問題は、ここで挙げられている「視点」が、中間整理では炭素税や排出量取引制度のより良い制度設計のための論点提示ではなく、これらを却下するための論拠を導くチェックリストとしての機能を果たしている点である。

つまり、いま日本がカーボンプライシングを導入するのは産業にとって、国際的にみて過重な負担をもたらし、投資とイノベーションを阻害し、さらに鉄鋼産業など一部の温室効果ガス排出大量業種に過重な負担をもたらす、というわけである。これはつまり、産業界の懸念が「視点」という形をとって表出したもの、とみることができる。

カーボンプライシングを積極的に評価する企業群の声

前節で、「産業界の懸念」と産業界をひとまとめにしてしまった。だが実は、産業界すべてがカーボンプライシングに否定的なわけではない。例えば、気候変動問題に積極的に取り組む一流の日本企業が加盟する「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(Japan Climate Leaders’ Partnership (JCLP))」は、「炭素税及び排出量取引の制度設計推進に向けた意見書」を公表、関係省庁に送付している*3。そこでは下記のように、明確にカーボンプライシングに対して積極的な考え方が表明されている。

  • 社会全体で排出削減に向けて迅速に行動の変化を起こす必要がある。排出削減を効率的に進め、社会全体の削減コストを最小化することも重要
  • 社会全体の「行動の変化」と「削減コストの最小化」のためには、炭素排出量に比例した明示的カーボンプライシング(炭素税や排出量取引)が有効
  • 適切な炭素税・排出量取引の導入は経済成長につながる導入の遅れは、日本企業の国際競争力や日本の産業立地競争力を低下させる可能性がある。

注目すべきは、(1)経産省研究会「中間整理」では後ろ向きに評価されていた明示的カーボンプライシング(炭素税や排出量取引)が有効と明記されている点、(2)明示的カーボンプライシングの導入が経済成長につながるとされている点、(3)その導入の遅れはむしろ、日本企業の国際競争力を低下させる可能性がある、としている点である。

これは、経産省研究会「中間整理」の明示的カーボンプライシング評価とまったく逆であり、両者の立場の相違は印象的ですらある。つまり、カーボンプライシング導入に関しては、もはや一律に「産業界=反対の立場」と括ることはできず、その導入に積極的/肯定的な企業群が現れてきたことを意味する。後者にとっては、カーボンプライシングを導入しない方が「成長に資さない」のだ。

いままではどちらかと言えば総じてカーボンプライシングに消極的だった日本企業からこうした声が出てきた背景には、脱炭素化をめぐって激変する国際環境がある。つまり、脱炭素化に正面から取り組んでいない企業は投資家から見放され、取引先から取引の継続を断られ、消費者からその製品・サービスを選んでもらえなくなっているのだ。

こうした環境下で企業として存立するには、気候変動対策に真剣に取り組まなければならない。当然、それにはコストがかかる。だが、コストをかけて脱炭素化にまじめに取り組む企業は、そうしたコストを負担しない企業に対して競争上、不利になる。だとすれば、「まじめに取り組んだ者が馬鹿を見る」のではなく、正当に報われる適切な競争環境を整備してほしいと政府に求める声が出てくるのも当然である。

そうした環境整備の1つがカーボンプライシングである。カーボンプライシングの下ではまじめに脱炭素化に取り組んだ企業はその分だけ負担が減り、そうでない企業に対して競争上有利になる。脱炭素化時代の公正な競争環境の整備、それがカーボンプライシングの意味するところである。

カーボンプライシングが導入されなければ、気候変動に積極的な企業は、さらなる前進に二の足を踏み、ひいては日本全体の取り組みの遅れにつながる。これがまさに、今までの日本で起きてきた状況だ。遅ればせながらこうした状況を改善し、巻き返しを図れるか、それが問われている。

本連載の次回は、「真に成長に資するカーボンプライシング」とは何か、という点について更なる議論を展開することにしたい。

*1 経産省研究会の中間整理案は、経産省HPの研究会関連資料が掲載されたページで公表されている(https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_neutral_jitsugen/20210825_report.html)。
*2 環境省「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」の「中間整理」には、「成長に資するカーボンプライシング」という用語こそ出てくるが、それはあくまでも委員の発言の整理としてである。積極的に「成長に資するカーボンプライシング」という用語を定義づけ、議論する意図はみられない。環境省小委員会の「中間整理」は、環境省HPの小委員会関連資料が掲載されたページで公表されている(https://www.env.go.jp/council/06earth/yoshi06-19.html)。
*3 JCLPの「意見書」はJCLPのHPに掲載されている(https://japan-clp.jp/archives/8923)。

カーボンプライシングについて考える バックナンバー

諸富 徹
諸富 徹

京都大学大学院地球環境学堂・経済学研究科教授 1998年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年3月より現職。2017年4月より京都大学大学院地球環境学堂教授を併任。環境経済学をベースに、カーボンプライシングや再生可能エネルギー政策、電力市場に関する研究を推進。京都大学大学院経済学研究科「再生可能エネルギー経済学講座」代表も務める。 主著に、『環境税の理論と実際』(有斐閣、2000年)、『脱炭素社会と排出量取引』(日本評論社、共編著、2007年)、『低炭素経済への道』(岩波新書、共著、2010年)、『脱炭素社会とポリシーミックス』(日本評論社、共編著、2010年)、『入門 地域付加価値創造分析』(日本評論社、編著、2019年)、『入門 再生可能エネルギーと電力システム』(日本評論社、編著、2019年)、など。環境省中央環境審議会「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」など、国・自治体の政策形成にも多数参画。

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