2021年は、東日本大震災・東京電力福島第一原発事故から10年目にあたる。節目の年として、メディアによる特集やオンライン・オフラインのシンポジウムが開催された。原発事故がどのようなものであったのかがあらためて語られると同時に、現在の日本についても考えざるを得ない。千葉商科大学名誉教授の鮎川ゆりか氏が、原発事故から10年後の現在の日本について考察する。
東日本大震災・福島原発事故から10年。原村や諏訪郡には被災者に寄り添う「11日の会」や「NPO法人絆JAPAN」などがあり、また当地から移住して新しい暮らしをされている方も多い。
さまざまな会合があるが、コロナ禍で参加できない節目の今年、私はその10年を振り返るあらゆる特集がテレビ、新聞、Zoom会議などであり、それらを見て過ごした。
中でも最も衝撃的だったのは、改めて日本に原発は合わない、あってはならないものと思わされた、2021年3月11日のNHK ETV特集「原発事故 "最悪のシナリオ" ~そのとき誰が命を懸けるのか~」だった。
福島第一原発事故で炉心のメルトダウン以外にも危険だったのは、使用済み核燃料プールの状況だった。特に4号機は運転停止中で、すべての使用済み核燃料、合計1,535本が原子炉建屋の最上階の蓋もないプールに入っていた。4号機が爆発した3月15日、4号機の使用済み核燃料問題の危機を最も懸念していた米国は官邸に、自衛隊にもっと活動させるよう圧力をかけていた。
さらに米国は原発から80km圏内の米国人に避難を指示したが、「80km圏内」とは日本の避難区域20km圏内の4倍である。米国はすでに「最悪シナリオ」を描いていて、使用済み核燃料が冷やされないままだとプールの水が蒸発し、すべての核燃料が溶け始め、爆発すると核燃料に溜まっている大量の放射能が放出され、それが敷地内のすべての原発に波及し、東日本壊滅の恐れがあると読んでいたのだ。
このシナリオは、菅直人首相(当時)が原子力委員長(当時)の近藤駿介氏に3月22日に描くように求め、26日に発表されたものと同様の内容だったが、米国はそのはるか前にそれに気づいていた。
3号機が3月14日に爆発した後、2号機や4号機が危険になった3月15日前後、東京電力は官邸に「スタッフの退避」の相談をしていた。菅総理がそれに怒り、東京電力本社に乗り込み、そこに官邸と東京電力の合同統合本部を設置した。
同じころ、東京電力会長であった勝俣恒久氏は北澤俊美防衛相(当時)などと秘密会談を行い、防衛相に「福島原発を自衛隊に任せるから暴走を止めてくれ」と頼んだとのこと。北澤氏は、自衛隊は原子力防災の知識も技術もないことから、即座に断ったと番組内で語っていた。
これは何を意味するか。東京電力は福島原発を放棄し、その処理を自衛隊に任せようとしていたのだ。つまり原発は、原子力防災能力(核兵器技術)のある軍隊がなければ、安全性の担保ができない、ということに等しい。
この番組のタイトル「原発事故 "最悪のシナリオ" ~そのとき誰が命を懸けるのか~」の答えは、原子力技術を熟知し「死を受け入れる」「特攻隊」のような人である。最終場面ではそういう人の生命を犠牲にしないと事故を収束できない、ということで、ここまでの覚悟のない日本には最もふさわしくない電源である。
福島第一原子力発電所 左から4号機→3号機→2号機→1号機(2011年3月16日撮影) - Earthquake and Tsunami damage-Dai Ichi Power Plant, JapanCC 表示-継承 3.0, リンクによる
考えれば当然の話だ。現に原子力大国はアメリカであり、ロシアであり、イギリス、フランス、と核兵器国が続く。思えばチェルノブイリ原発事故の時は、消防士が防護服も着ずに消火活動を行い、政府の命令により「死を受け入れ」事故の収束に関わった「兵士」や労働者がいて、その人たちは、多くの作業員とともに広島・長崎の被爆者のように亡くなった(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著『チェルノブイリの祈り』、映画『チェルノブイリ』)。
医療体制も放射能対応ができる状況にはなかった。原発近くの病院に入院していた患者を受け入れられる病院はなく、避難指示の下、患者を乗せたバスは12時間以上も転々とした挙句、多くの患者が亡くなった。
福島原発の収束のために現場にいた東京電力や協力会社の社員で、爆発により怪我をした人々を福島市の病院で受け入れられず、広島から放射線専門医が来て初めて受け入れるようになった事(ETV特集:「誰が命を救うのか 医師たちの原発事故」2021年3月4日放送)は、その事実を如実に示していた。
消防士や警察、自治体職員も同様で、放射線の知識もないなか、避難所において放射線スクリーニングをやり、放射能の降り注いだ地域から避難してくる人々の受け入れをやらなければならず、その混乱のなかでも、多くの人々が死んでいった。放射性ヨウ素を住民に配れた自治体は三春町しかない(ETV特集:「震災関連死 何が命を奪ったのか」2021年3月13日放送)。
日本は「原発は絶対に事故を起こさない」という「安全神話」のもと、原子力が原爆を制御しながら運転するものであることや、その危険性や放射能の知識を国民に知らせないまま、54基もの原発に頼った生活をしてきたことになる。原発の最悪シナリオも描けずに、ここまで来てしまったが、福島原発事故は、原子力発電というものが日本の一民間電力会社の手に負えるものではないことを明らかにしたはずだ。
にもかかわらず、事故後10年たった今、地球温暖化対策として気温上昇幅を産業革命前に比べ1.5℃で抑えるため「2050年カーボンゼロ」を掲げた菅政権の下、再び原発の必要性が経済界を始め、経済産業省の審議会などで大きな声で語られ始めた。
自民党には「脱炭素社会実現と国力維持・向上のための最新型原子力リプレース推進議員連盟」が4月12日に発足し、安倍元首相が顧問など務めている。再稼働への動きは国からの補助金などとセットになって加速させられている。
このように、原発の必要性を主張している人たちは、いざという時に自らの死を懸けて現場に駆けつけてくれるのだろうか。それを防ぐための最悪シナリオを描き、訓練を積み上げる必要性を論じているだろうか。これがない限り、原発を運転することは再び大事故を招くことになりかねない。
さらに気候変動が今後進むと、どのような危険な異常気象が発生するか予測できない。
すでに欧米では、冷却水として使っている海水や河川水が、温度上昇により「冷却水」の役割を果たせなくなり、夏季の暑い期間に原発を止めている国がある。最も電力を必要とする夏に原発は役に立たないのだ。
また、今後北極の永久凍土や南極の氷床が溶けていくと、海面上昇が起きる。そこへ巨大な台風やハリケーンが発生し、それが高潮時と重なると、大津波のようなことが起き、海岸沿いや河川沿いにある原発は水没する危険性がある。つまり福島原発事故のようなことになる可能性がある。
ナショナル・ジオグラフィック誌は2015年に、気温上昇幅が2℃の場合と4℃の場合、どのくらいの原発が水没する危険性があるかを、グラフ化して見せた。米国の憂慮する科学者同盟(UCS)、自然資源防衛協議会(NRDC)、FoEオーストラリアなどは、気候変動が原子力を「解決策」というより「脅威」にしてしまうことの研究を深め、危機感を強めている。
UCSの核技術専門家デヴィッド・ロックバウム氏は「原発を使いたいなら、その前に地球温暖化問題を解決しなければならない」と2007年に言っている。
つまり、原発は温暖化する地球においては重大事故を起こすかもしれない「時限爆弾」であるのだ。2011年の東日本大震災・津波・原発事故の映像を、世界各国の気候変動問題に関わっているNGOや研究者の多くは、地球温暖化のリアルな将来像として見ていたことを、最後に記す。
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