安田陽京都大学特任教授へのインタビューシリーズ第3弾。中編では、日本におけるこれからの再生可能エネルギー事業の姿として、FIP、PPAなどについて語っていただいた。最終回となる今回は、再生可能エネルギーと電力システムについての本質的な課題についておききする。
日本はまだ、変動する再エネ(VRE)「普及の初期段階」
― 変動する再エネ(VRE)の増加にともなって、電力システムの柔軟性(フレキシビリティ)がより求められることになると思います。先生はVREの普及を6段階に分けたとき、日本はまだ2段階目だという資料を引用されていました。そこで疑問なのは、この段階で再エネを扱う事業者に厳しいインバランスを求めるべきなのかどうかということです。
安田氏 インバランスに関してお答えする前にVRE導入の6段階について説明すると、この図はIEA(国際エネルギー機関)が作成したものです。IEAに限らず国際機関は、このような新しい概念を分かり易く説明することに予算と人材を割いており、とても良くできている資料だと思います。
この図の説明の前にお伝えしたいことは、そもそも日本では科学技術に対するタイムスケジュールをごちゃまぜにする人が多いということです。言い方を変えると、20年先、30年先に実現可能な萌芽的技術をもて囃す一方で、足元の実現可能な技術をおろそかにしている、ということです。
フィジビリティスタディ(実現可能性研究)は技術的実現可能性を検証した上で経済的実現可能性を検証していくことになります。しかし、技術的実現可能性の段階で過度にもて囃してしまい、経済性についてはあまり議論しないというのが日本の風潮のようです。
その意味では、FIPというのは、技術的実現可能性が十分ある技術に対して、経済的実現可能性を成り立たせていくための、その間をつなぐ政策だと解釈できます。
IEAのVRE導入6段階の図で見ると、日本はまだ第2段階のところです。この段階で、水素技術の導入を目指しているというのはどうでしょうか。
水素の利用は5段階目から6段階目になったときに必要になる技術です。しかも目指すのであれば再エネ電気由来の「グリーン水素」にするべきなのに、いわゆる「ブラウン水素」として化石燃料由来の水素をオーストラリアから輸入する考えもあるようです。
まさに、技術開発のロードマップにおいて、やってはいけないタイムスケールの取り間違えの典型です。このように、科学技術のタイムスケールを間違えると、困ったことになります。
ところで、先ほどの図ですが、九州が第3段階に入っています。九州エリアは再エネ大量導入に向け、日本の中でも最先端を行っているということがわかります。第3段階にあればそろそろ再エネ支援政策もFITからFIPに移行し、市場を通じて需給調整に参加するにはちょうどよいタイミングだと思います。
日本では電力自由化が遅れたという問題点はありますが、FIPへの移行を遅らせてよい理由にはなりません。再エネの変動も市場取引を通じて調整し、インバランス料金も徐々に厳しくなっていくということは世界の流れだと思います。
安田陽氏(撮影は2019年)
コロナ危機を再エネ拡大の追い風に
― 送電線の運用に関しては、7月から、石炭のフェードアウトと再エネを含めたメリットオーダーに対応する議論が始まりました。
安田氏 この分野は、経済産業省ががんばっているところだと思います。方向性は歓迎します。ただし、期待通りにいくのかどうか、懸念もあります。
石炭火力については、進歩的な考え方の中に守旧的な落とし穴もあるように見えます。結果的に新設の石炭火力が増えることが懸念されますし、このことは確実に国際的な反発や日本の国際プレゼンスの低下を招きます。いかにして、石炭火力をさらに削減していくのかは、今後の世論にかかっているでしょう。
日本は地政学的に資源が少ないという議論がありますが、そういった言い訳は国際社会には通用しませんし、そこにこだわっていては日本のプレゼンスはますます低下します。そうしたことが、国際的な肌感覚として感じている人が日本ではもしかしたら少ないのかもしれません。国際的には、石炭は投資先として、もはやたばこや武器や麻薬と同じくネガティブリストに入っているのです。日本が推進しようとしている最先端の石炭火力発電所でも、CO2排出原単位はガス火力発電所より多いのです。
米国でも、トランプ大統領がいくら石炭を推進しようとしても、FERC(米連邦エネルギー規制委員会)は石炭に対して否定的でした。規制機関が法と科学的エビデンスに基づいて国家元首にノーを突きつけるというのは、民主主義国家としてとても素晴らしいことだと思います。日本の規制機関もこれくらい強いといいですね。
世界の投資家は石炭から撤退していますし、日本のメガバンクもようやく気付いたということでしょうか。
メリットオーダーに基づく再エネの優先給電が進むのはとてもよいことです。特段再エネという電源種を過度に優先する必要はありませんが、メリットオーダーに基づけば燃料費が無料な再エネが経済的観点から必然的に優先されるので、いままで障壁があったのがようやくノーマルになったという形だと言えます。
同時に、市場で約定したものには送電権も与えられる間接オークションが、連系線だけでなく地内送電線でも進むことを期待します。その点で、前編で述べた東電PGの実潮流に基づく運用は期待できますし、一方で「ノンファーム型接続」という新規電源を差別するかのような名称は早急に修正した方がよいと思います。
― 最後の質問になります。今年(2020年)は世界的にコロナ危機が起こりました。その影響をどのように見ていますか。
安田氏 短期的・中期的には、エネルギーの分野でもマイナスの影響が出ると予想されます。人の移動や物流の停滞によりメンテナンスがおろそかになる可能性もありますし、環境アセスメントや現場交渉などができませんから、開発も遅れていく可能性があるでしょう。これにより、数千万円から数億円の損失が生じ、資金ショートして撤退するメーカーや事業者・施工業者もあるかもしれません。
一方、メンテナンス不足は、わずかな点検漏れでも水害や強風などをきっかけとした重大な事故につながる可能性があります。こうしたケースが増えてくると、保険料が上がりますし、場合によっては保険の引き受け手が見つからず無保険で事業継続という事態になりかねません。
こうした悪影響が考えられますし、あらゆるリスクを想定した上で、今から技術的・金融的・法務的対策を練っておかなければならないでしょう。
しかし、長期的には、再エネにとってプラスになる明るい展望もあります。例えば欧州ではグリーンディールが進んでいます。そこには、リーマンショックにおける教訓もあります。
リーマンショックに続く欧州危機の際は、経済回復後にリバウンドでCO2排出量が増加しました。これに対し、フランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相は、これまでの厳格なEUルールであった財政規律を若干緩めてでもグリーンな投資を行っていくことで合意しました(2020年5月19日、5,000億ユーロのコロナ復興基金で合意)。
このように、長期的には気候変動というもうひとつの差し迫った危機に対応するために、再エネは追い風になるでしょうし、そうしないといけないと思います。
残念ながら、こうした状況にあっても、何も出てこない国もあります。日本の場合は再エネに対して逆風のままになってしまうのでしょうか。そうではなく、追い風にしていくように、私たち市民も産業界も声を上げていく必要があると思います。
(このシリーズ終わり)
京都大学 安田陽特任教授に聞く
前編「日本の電力市場はなぜ必要なのか」
中編「再エネにはアグリゲーションが重要」
参照
インプレスR&D「世界の再生可能エネルギーと電力システム 電力市場編」
インプレスR&D「世界の再生可能エネルギーと電力システム 系統連系編」
EnergyShift「千葉の広域停電から再エネまで。京都大学 安田陽特任教授に聞く、そこに蓄電池は本当に必要なのか。」
EnergyShift「現状への正しい理解が、電力市場成熟のカギ」
(Interview&Text:小森岳史・本橋恵一)