世界最大級のプロフェッショナルサービスファームのPwCが、2021年のエネルギー業界のM&Aを予測している。ますます熱を帯びる脱炭素化や新型コロナからの経済復興など、世界のエネルギー業界が激変する中、生き残りをかけて企業はどのような策を取るのか? PwCの見立てはこうだ。
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ロンドンを本拠とするPwCは、世界157ヶ国にネットワークをはりめぐらせ、27万6,000人が働く世界最大規模のプロフェッショナルサービスファームだ。2021年1月19日、世界のM&Aのトレンド分析が公表された。
その分析では、2020年下半期のM&A動向や2021年の予想に加え、投資のホットスポットが予測されている。経済全体とセクター別に分析されているが、まずは世界経済全体のM&A動向から紹介しよう。
新型コロナの影響を色濃く受けたにも関わらず、2020年下半期のM&A取引量は上半期と比べ18%、取引額は94%と急増した。取引額の大幅な増加の原因は「メガディール」と呼ばれる50億ドル以上の巨大な取引によるものだ。上半期には27件だったメガディールは、下半期には56件と倍増した。
地域別にみると、北米と南米で20%、EMEA(Europe, The Middle East and Africa:欧州、中東、アフリカ)とアジア太平洋地域でそれぞれ17%の取引量の増加がみられた。
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セクター別では、消費者市場、テクノロジー・メディア・通信市場、健康産業市場、製造・自動車産業市場、そしてエネルギー・公益事業の5つのマーケットについて分析されている。もちろんエネルギーマーケットについては詳述するが、テクノロジー・通信セクターにおける取引量の増加にも触れておきたい。
2020年下半期、テクノロジー・メディア・通信セクターの取引量と取引額は、ともに最高記録を更新した。特に、通信分野では3つのメガディールによって取引額が3倍に跳ね上がった。
CRM(顧客管理)システムのリーディングカンパニーである米国のSalesforceによる買収劇は、このメガディールのひとつだ。12月1日、Salesforceはビジネスチャットサービスを手掛けるSlack Technologiesを277億ドルで買収した。これは、Salesforceがこれまで行った最大の買収で、ライバルのMicrosoftが展開するWindows Teamsなどのサービスを意識したといわれている。
PwCによると、新型コロナによるリモートワークへの移行などがこうした取引拡大の引き金になったという。テクノロジー・通信セクターはアフター・コロナの世界においても有望株であり続けると予想している。また、第5世代移動通信システム(5G)の普及により、自動車産業など産業界におけるIoT化が加速するため、このトレンドは2021年も続くとみている。
さて、エネルギー・公益事業セクターにおけるM&Aの動向についてだ。2020年の下半期において、新型コロナがM&Aの取引に及ぼした影響は回復基調に向かっているものの、大手企業を除けば依然として厳しい状況にあるとした。
世界がネット・ゼロへシフトしていることを受け、サプライチェーンを含めたM&Aが加速すると予想されていたが、2020年時点ではこの動きはまだ小さいようだ。しかし、石油価格の変動が落ち着けば、2021年にはこうしたM&Aが増加するとPwCはみている。エネルギー・公益企業は今後、環境負荷を抑えながら顧客にソリューションを提供するバリューチェーンへと進化すると予想されている。
同セクターにおける2020年下半期のM&A取引額は2,590億ドルで、上半期の1,210億ドルから2倍以上に膨らんだ。メガディールの取引額も、上半期の170億ドルから770億へと大幅にアップした。
日本でもエネルギー関連企業の買収のニュースが目立つようになってきた。2020年3月には、三菱商事と中部電力がオランダのエネルギー事業者Enecoを約41億ユーロで買収した。2020年末には、オリックスがスペインの再生可能エネルギー事業会社Elawan Energyを買収し(報道によると、買収額は約1,000億円)、グローバルマーケットにおける存在感を高めている。
Source: Refinitiv, Dealogic and PwC analysis
PwCは、2021年のM&Aのホットスポットとして、日本の風力発電市場を挙げている。
日本政府が主導する洋上風力発電に注目しているようだ。2019年4月からの「再エネ海域利用法」では、洋上風力発電の開発のため発電事業者が港湾を最大で30年間占有することが認められた。こうした日本の動向が世界から注目されている。
Eneco保有の洋上風力発電所 中部電力プレスリリースより
一方、電力小売部門については新型コロナによる需要減の影響で、一層のM&Aが進むとされた。
また、石油・ガス部門では、主に北米において「規模の経済化(economies of scale)」が今後も続くとされた。2020年7月には、石油世界大手の米Chevronが独立系石油ガス開発企業のNoble Energyを約50億ドルで買収すると発表 。10月には、カナダの石油・天然ガス事業会社Cenovus Energyが同業者のHusky Energyを29億ドルで買収することを表明した(2021年1月4日には買収完了を発表)。
ESG投資の加速はまた、新たな資金の流れを生み出すことも示唆されている。新型コロナの経済打撃により、債務や金利はかつてないほど低くなっている。さらに、多くの銀行や民間投資ファンドらがESG投資に資金を投入している。実際、国連が主導した「Net-Zero Asset Owner Alliance」には、5.1兆ドルの運用資産を代表する機関投資家が参加し、今後もメンバーは増える見込みだ。
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しかし、これは一方で多くのCO2を排出する資産が売却されるという側面も有している。化石燃料への投資引きあげ(ダイベストメント)も進み、すでに石炭火力発電所を売却した大手も多い。
売却された資産は、比較的規模の小さな民間セクターへ流れ着くだろう。そうした中小規模のセクターは大手ほど報告義務が厳しくないことが多い。つまり、CO2を大量に排出するが安価な電源として、経済の中で利用され続ける可能性があるという。
PwCは、エネルギー・公益事業セクターは今まさに転換の時にあるとして行動の変革を強く促している。費用対効果を可能な限り高めながら資産を維持するか、あるいは完全なビジネスモデルのシフトを通してカーボンニュートラルへの道を歩むのか、決断のときが迫っている。
PwC オーストラリアで、エネルギー・公益事業・資源部門のリーダーであるWim Blom氏は、「(カーボン)ネットゼロへの転換が進むにしたがって、エネルギー、ユーティリティ、および資源関連企業は、環境への影響を最小限に抑えて顧客にソリューションを提供することに焦点を当てた、より統合されたバリューチェーンに向けて動き出しています」と述べている。
参照
PwC:Global M&A Industry Trends in Energy, Utilities & Resources
PwC:Global M&A Industry Trends
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