ESG投資において求められる非財務情報は、E(環境)だけではなく、S(社会)も重要だ。このSは「人権」と言い換えてもいい。中でも日本での積極的な取り組みが求められている分野に、ジェンダー(社会的性差)がある。ジェンダーの平等と企業のパフォーマンスには、どのような相関関係があるのか、サステナブル・ラボ株式会社代表取締役の平瀬錬司氏が、ビッグデータの分析に基づいて考察する。
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非財務情報であるESG(環境・社会・ガバナンス)を投資判断に組み込むことで、長期的なリターン向上を目指すESG投資。今回はESG投資とジェンダー平等との関係性について、具体的なデータとともに解説する。
内閣府が日本版スチュワードシップコードに賛同する機関投資家等を対象に実施した「ESG投資における女性活躍情報の活用状況に関する調査研究アンケート調査」では、7割近くの機関投資家が投資判断や業務で女性活躍情報を活用する理由に「企業の業績に長期的には影響がある情報と考えるため」と回答している。
この回答結果から伺えるように、企業の長期的な成長には女性の活躍が欠かせないと多くの機関投資家が考えている。とはいえ、男女ともに活躍しやすい社会を実現するためには女性を優遇する施策を打てばいいというものではなく、男性側の働き方や家庭での役割の見直しも並行して進めていかなければならない。
意外かもしれないが、国連児童基金(ユニセフ)が2019年に発行した報告書の中で、日本は父親が育児のために有給で仕事を離れることができる期間が対象41ヶ国の中でもっとも長い国(30.4週)であると発表されている。
しかしこのような有給育児休業制度が整っていても、実際に制度を活用し育児休業を取得した父親は1割に満たない6.16%(2018年、女性は82.2%)に留まる。育児休業の取得期間については、女性の9割近くが6ヶ月以上取得している一方、男性の8割以上が1ヶ月未満、そのうち6割弱(56.9%)が5日未満となっており、制度があったとしても父親の育児休業を受け入れる社会づくりや職場風土の醸成は十分に進んでいないというギャップを抱えている。
出典:厚生労働省「平成30年度雇用均等基本調査」より育児休業取得率の推移(男性)
2021年3月に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数で、日本が世界156ヶ国中120位、G7の中で最下位であったことはマスコミでも報道されたが、一方第2位となったフィンランドは、2020年2月に父親の育児休業期間を母親と同じ6.6週間に拡大する方針を発表している。スペインでは2021年1月から男性の有給育児休業取得期間が16週間(約4ヶ月間)に拡大され、女性と同じ条件となった。最初の6週間の休暇は義務で、あとの10週間分はそのまま連続して取得するか、期間をあけて取得するかを選択できる。
このように世界ではEU加盟国を中心に女性に偏りがちだった育児を両親で協力して行うことの重要性が見直されており、両親に対して平等に育児休暇を取得する権利と制度が整えられつつある。
では実際にジェンダー平等というESGのS(社会)に関わる非財務情報は、企業の財務面に与える影響と関係があるのだろうか。今回もビッグデータによる分析の事例を用いて紹介する。
事例 育児休暇後の男性従業員の復職率×売上年間成長率
ここでは、「2019年の育児休暇後の男性従業員の復職率」と「2019年の売上年間成長率」のあいだにおいて、やや強い正の相関が認められたことを紹介する。
その理由として、育児休暇を取得した男性従業員が復職しやすい職場環境であるということは、多様な働き方を受け入れる素地があるものと考えられ、ライフイベントの尊重とキャリア構築を両立できる働きやすい社内体制が、売上の成長に繋がっていることが示唆される。または業績が良いため職場環境の整備に手を回すことができることが示唆される。
いずれにしても、育児休暇後の男性従業員の復職率と売上年間成長率のあいだには「優しいと強くて、強いから優しくなれる」の関係を見出すことができるだろう。
なお今回の事例も前回と同様に東証一部上場企業(約2,100社)の直近3年(2018-2020)のデータを用いた分析結果をもとにしている。
2020年12月にブルームバーグNEFと公益財団法人笹川平和財団がまとめた調査レポート「ジェンダーダイバーシティと気候変動イノベーション」では、電力、石油・ガス、鉱業などのエネルギー業界において女性取締役の割合が3割以上の企業では、気候変動ガバナンスとイノベーションを積極的に推進する傾向がみられ、企業におけるジェンダーの多様性の向上と企業による気候変動等への取り組みは相関関係にあることが判明したと報告されている。
ジェンダーの多様性と気候変動イノベーションの相関関係
※濃い緑=正の相関関係にある、薄い緑=比較的正の相関関係にある。
※図表はブルームバーグNEFおよび公益財団法人笹川平和財団の2020年12月2日発表プレスリリースをもとにサステナブル・ラボが和訳、作成。
企業におけるジェンダー平等の進捗が、財務面、そして気候変動対策やイノベーションの推進とも相関関係がみられるということがデータで明らかになったことで、企業は今後一層ジェンダー平等の取り組みを軽視できなくなっていくだろう。
一見するとなんの関連性もなさそうな点と点のあいだにも、切り口を変えてみることによって意外な相関性や因果関係を見つけることができるのがデータ分析の醍醐味だ。引き続きオープンデータから抽出した客観的な情報をもとに、ファクトベースで中立的な数値から見出される見解をお伝えしていきたい。
※サステナブル・ラボでは、非財務データサイエンスで世界を照らしていくため、仲間を募集中です。特にデータサイエンティスト(Python, R)、事業開発担当者(起業や経営, 戦略コンサルティングファーム経験者など)を随時必要としています。興味を持って頂いた方は下記URLよりお問い合わせください。
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