2020年8月、気候変動政策に関する企業の関与などを分析し、金融機関などに提供している組織で、英国ロンドンに本社を置くInfluenceMapが、日本の経済・業界団体について調査をまとめたレポートを公表した。結論としては、経団連を代表とする日本の団体は、気候変動政策に後ろ向きであり、改革が必要というものだった。10月19日には日本のメディア向けにブリーフィングが行われた。ここでは今回のレポートを紹介したい。
問われている経団連の透明性とガバナンス
InfluenceMapは2015年に設立された、独立系の気候シンクタンクだ。ロンドンに本社、東京とニューヨークに事務所を置く。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価報告書をベンチマークとして、各国の企業や業界団体のロビー活動など政策への影響力を評価分析している。
450の金融機関が参加・支援し、投資先のエンゲージメントを行う団体であるClimate Action 100+(CA100+)のテクニカルアドバイザーでもある。InfluenceMapの調査レポートを利用する金融機関の資産総額は40兆円にのぼるという。
今回のレポート「日本の経済・業界団体と気候変動政策」の背景には、日本がパリ協定に提出しているNDC(国別削減目標)が依然としてパリ協定の目標達成に不十分だということがあるという。そのため、政策に影響を与えている、日本経済団体連合会(経団連)をはじめとする経済・業界団体に焦点をあて、調査研究を行ったということだ。
今回の調査の結論は、次の5つに集約される。
- 気候変動政策への産業界による働きかけについて、経済・業界団体と政府との関わり合い方の改革が必要。特に小売り、金融、物流、建設、不動産のセクターがより積極的に政府へ働きかけることが重要。
- 経団連はごく限られたセクターだけが気候変動政策への働きかけを行っており、大部分の会員の意見を反映しているとはいえない。
- 物流、運輸、小売り、農業など有力な業界団体の中には、経団連に属していない団体もあり、何をもって経団連がこれらのセクターを含めたコンセンサスとしているのか定かではない。
- 一国を代表する大規模な経済団体が、どのようなコンセンサスを得て見解を定めているのかという点で透明性を欠いているのは、日本特有のものではない。同様の主張は米国や欧州の経済団体によってもなされており、いずれも気候変動政策に後ろ向きである。複数セクターにまたがる有力経済団体の透明性とガバナンスの改善が必要。
- グローバル企業の株主は、経済団体の透明性とガバナンスに懸念を抱き続けるものとみられる。
日本に限らないにせよ、大規模な経済団体には気候変動政策に後ろ向きな団体もあり、経団連も例外ではない、ということだ。
気候変動、脱炭素の取組みに後ろ向きな団体ほど、政府に強く関与
今回の調査研究では、経済・業界団体の政策への働きかけの強度と、気候変動政策に関するポジションについて評価している。
まず、積極的に働きかけを行っている業界団体だが、これはわずか7団体だという。セクターとしては、鉄鋼(金属製品)、電力、自動車製造、セメント、電気機器(生産用機械)、石油製品、石炭で、いずれも経団連の会員となっている。
また、この7団体で共通するのは、パリ協定と整合する気候変動政策に反対の立場をとっているということだ。なかでもとりわけ強い反対をしているのが、日本鉄鋼連盟だという。
こうした業界団体が参加する経団連については、政策への働きかけの強度は非常に高い一方、上記7団体と同様に、気候変動政策に反対の立場をとっている。
また、経済的な観点から非常に重要であるにもかかわらず、小売り、物流、飲食、金融など主要サービスセクターの業界団体は、相対的に、気候変動政策に前向きであるにもかかわらず、気候変動政策について積極的な働きかけは行っていない。
図1、図2は、こうした業界団体の経済的重要性と気候変動政策への関与をまとめたものである。
鉄鋼など7団体の国内GDP付加価値は10%未満であるにもかかわらず、気候変動政策に後ろ向きな主張を政府に強く働きかけており、経団連の委員としても発信するだけではなく、政府の審議会にも委員を送り込んでいる。
国内GDP付加価値70%以上を占める業界団体は気候変動対策に対して前向きであるにもかかわらず、関与は少ない。経団連以外の日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)や気候変動イニシアティブ(JCI)などの団体を通じて発信しているという状況だ。
図1 日本の気候変動・エネルギー政策への関与
©InfluenceMap図2 セクターにおける気候変動政策への関与と姿勢
©InfluenceMap今後は、個別企業についても調査
ブリーフィングでは、記者からの質問に、InfluenceMapのプロジェクトマネージャーであるプラット絵麻氏が主に回答した。
経団連については、現在の中西宏明会長(日立製作所会長)の下、脱炭素を目指す「チャレンジゼロ」を表明しているが、その評価について質問された。プラット氏によると、自主的イノベーションによる実現を主張している点において、IPCCの報告書と整合していないことが問題だという。
また、海外と比較すると、経済団体よりも業界団体の方が声を上げていることが多く、その点では日本は特殊だという。
海外では、個別企業が業界団体とは意見を異にするケースは少なくないという。例えば、ユニリーバは化学業界団体と異なり、気候変動政策を支持するだけではなく、積極的な関与を行っている(図3)。
図3 気候変動政策におけるグローバル企業の姿勢
©InfluenceMap後ろ向きな石油の業界団体に対し、BPやShellなどのように脱退するケースもあるという。
エネルギー業界に関しては、これも日本と異なり、スペインのIberdrola、フランスのEDF、英国のScottish and Southern Energy(SSE)、イタリアのEnelなど、気候変動政策に前向きな企業が目立っており、電気事業連合会との違いが鮮明だ。
今回は日本の経済・業界団体を対象としているが、2021年には個別企業についての調査も行う方針だという。特にForbesのランキングに出てくる経済的影響力を持つ企業などが対象となる。
同時に、今回指摘された、経団連における透明性やガバナンスなど、各団体の改善も必要となってくるだろう。InfluenceMapのレポートが金融機関に利用されているという意味では、その影響は小さくない。
(Text:本橋恵一)