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日本は2020年10月26日、臨時国会における菅首相の「2050年カーボンニュートラル」宣言によって、ようやく世界の潮流においついたといえる。しかし、この目標に向けて、具体的な政策を策定するのはこれからだ。まず日本は本気でゼロエミッションを考えるべきだと、UNEP-FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)特別顧問で、CDP-Japanの代表理事、自然エネルギー財団の副理事長でもある末吉竹二郎氏は語る。
― 気候危機への各国の対応としては、EUの先進的な取り組みが目立ちますが、米国はどうなのでしょうか。
末吉竹二郎氏:トランプ大統領の下では、パリ協定の離脱宣言や、環境規制の緩和など、連邦政府レベルでは大きく後退しました。残念なことでした。
でも、良かったこともあります。州や企業などがこれに反発して、自分たちの力でパリ協定の約束を守るとするなど、所謂、非国家アクター(Non-State Actors)の活動が極めて活発になりました。
この運動の中心の一つが”We are still in”ですが、彼らの集まりの大きさは、人口で約1億4,000万人、GDPで約10兆ドルです。いずれも日本全体を上回っています。ですから、トランプ政権下でも米国の中核は着々と温暖化問題に取り組んでいました。僕の見方では、その米国の方が日本よりはるかに先をいっているように思えます。
2020年11月の米国大統領選挙では、バイデン候補が勝ちました。選挙期間中に発表された気候変動対策に関わるバイデンプランは非常に総合的で、50ページを超える大部なものです。狭義の環境問題に限らず、これを梃子にして病める米国の立て直しを狙っているプランです。敢えて言えば、気候変動対応に名を借りた米国社会の改革プランといってもよいモノです。
すでに発表された閣僚人事でも、環境政策に大きな責任を持つ運輸長官に民主党の候補選びで争った若きブティジェッジ元サウスベンド市長を、気候変動担当の特使に環境問題において世界で活躍するケリー元国務長官、更には、環境問題に関心の深い元FRB議長のイエレンさんを財務長官に指名しています。
2021年1月20日に就任するバイデン新大統領の最初の仕事は、パリ協定復帰宣言であり、100日以内には気候サミットを主催するとされています。バイデン新大統領の下で、米国は、気候政策で世界のリーダーを狙っていくのではないでしょうか。日本もおちおちしてはいられません。
ジョー・バイデン次期大統領stingrayschuller, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
― 日本でも米国のように民間が先導していくことはないのでしょうか。
末吉氏:伝統的に日本では中央政府が一番偉く、民間は政府方針には面と向かって反対しないという慣習が根強くあります。更には、個社での意見表明よりも、業界団体の下で共同して行動する企業文化があります。そのため、先に行きたい企業は、国の方針や業界団体に敢えて逆らうことなく、個社の責任で行動してきたのだと思います。
多くの日本企業が国際マーケットで激しい競争に晒されています。今、世界が何を求めているのか、何をしないと競争に勝てないのか、それを一番よくわかっているのが彼らです。
ですから、多くの日本企業が競争に勝つために日本政府の方針とは関係なく、どんどん前に進んで行くのは当然の話です。個社の業績が悪くなった時に、政府や業界団体の責任には出来ません。飽くまで、自己責任です。とすれば、自分で考え、自分で判断し、自分で行動し、責任は自分で取る。これが当たり前ではないでしょうか。
とすれば、政府や業界団体の役割は少なくとも邪魔はしないどころか、出来得る限り、国家戦略や政策でこれら先進企業の後押しをすることがとても大事になってきます。つまり、今展開されている国際競争に勝つには、国と企業のタッグマッチが欠かせないのです。
海外を見ると、米国は先に述べたように、非国家アクターの力が非常に強い上に、バイデン新政権が巨額の予算を使って民間の支援に乗り出します。
一方、EUは近隣諸国に競争相手がいます。同時に、二度の世界大戦を通じてEUが成立したように、一緒に前進しようということで、政治家、中央官僚、企業経営者らが一緒に考え、議論し、長期的構造的課題に対応しようとしています。
東アジアに属する日本には中国や韓国がいるのですが、歴史的後遺症からなかなか連携が進んでいません。島国で孤立する日本が、時代の変革期に当たってどういう国家戦略を持つのか、非常に気掛かりです。
今、世界で始まっているのは、長い時間をかけての国家改革、産業改革、経済改革、社会改革ですから、揺ぎ無い長期の方向性の担保が欠かせません。この担保を提供できるのは中央政府だけなのです。今ほど、政治の責任が重いときは無いのではないでしょうか。
― では、日本が2050年ゼロエミッションを実現するには何が大事でしょうか。
末吉氏:先程も触れましたが、ゼロエミッションは30年後の2050年という遠い将来の話ではありません。敢えて言うと、遠い話だから何を言っても責任を問われないといった気楽な話ではないのです。ですから、世界は日本のゼロ宣言を表では外交辞令で歓迎しても、裏では本当にどこまでやる気があるのか疑心暗鬼です。
その疑心暗鬼を吹き払い、日本自身が覚悟を固めるために、直ぐにでもやるべきことが二つあります。それは、2030年度の温室効果ガス削減目標と、それを実現するための再生可能エネルギーの比率目標の大幅引き上げです。なぜならば、日本が直面する危機の克服にいずれも欠かせないものだからです。
まずはひとつめ、2030年度の温室効果ガス削減目標からお話しましょう。これは気候危機の問題です。気候は今や危機的状況に陥り、これからの5~10年に出来る限り、早く、CO2排出を減らすことが肝要です。言い換えれば、気候危機に勝てるか否かの勝負の時がこれからの10年なのです。
そのために、日本がなすべきは、中間ステップとしての2030年度における削減目標を1.5℃シナリオに見合ったものに引き上げることです。2030年の目標はNDC(Nationally Determined Contribution)と呼ばれていますが、日本は昔に決めたマイナス26%(2013年度比)のままです。
世界では、英国はマイナス68%(1990年比)、EUはマイナス55%(1990年比)と日本を大きく上回っています。
しかも、お気付きのように、日本の削減基準は2013年度です。なぜ、この年かというと、2013年度の排出量が一番大きかったからです。その年を基準にすると削減幅が大きく見せられるのです。因みに、欧州並みに1990年比にするとなんとマイナス18%にしかなりません。
40年間でたったのマイナス18%しか減らさない目標なのです。これでは気候危機に対応できるはずがありません。
お隣の中国は2030年までにピークアウトし、2060年までには炭素中立を実現すると約束しました。聞くところによると、この計画策定には数百人規模の科学者の長い期間にわたっての検討があったそうです。つまり、中国は相当の覚悟で臨んでいるということです。
―日本がすぐにでも取り組まなければならないもう一つの対策、再生可能エネルギーの比率目標の大幅引き上げについてはいかがでしょう。
末吉氏:再エネ比率引き上げに関しては、世界と日本の格差が広がる一方だという危機があります。一番分かり易い事例がゼロエミッションの実現に欠かせない再エネの導入実績です。
欧州にしろ、米国にしろ、お隣の中国にしろ、再エネの実績では日本を大きく引き離しています。かつて、太陽光で世界一を誇った日本の面影はどこにもありません。再エネは脱炭素化の基盤です。加えて、先ほど触れたように、ビジネスの必須条件になっています。
この大事な再エネでの遅れを取り戻し、前述のNDC引き上げを実現する大事な手段としての再エネの普及拡大が急務なのです。
これまで日本が長年掲げてきた2030年度における電源別比率では、再エネは僅か22~24%です。
このレベルがどんなものかと言いますと、ドイツは昨年、既に44%を達成し、2030年の目標は65%です。日本の目標が決まったのは2015年中ごろです。こんな古い時代の目標をいつまで墨守する心算なのでしょうか。2021年にはこの数字を掲げるエネルギー基本計画の見直しがあると言われています。少なくとも、40~50%に引き上げるべきだと考えています。
これら二つ、2030年度の削減目標と、それを実現するための再生可能エネルギーの比率目標の大幅引き上げを早急にすることで、世界はやっと日本のゼロ宣言に本気度と覚悟を感じ取ることになるのだと思います。
末吉氏:最後になりますが、気候危機を回避し、コロナ危機を乗り越えることは、現代世代の将来世代への避けがたい責任です。SDGsが掲げる目標を必達するのも現代世代の責任です。
いずれもが求めているのが「社会正義」です。昔から正義を重んじてきた日本として、持続可能な社会を創るために、今こそ、日本が社会正義の実行をする時ではないかと考えています。
(Interview & Text:本橋恵一・山田亜紀子)
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