日本の電気事業が将来どのようになっていくのかを考えるには、海外事例が参考となる。2020年5月25日に開催された第9回「次世代技術を活用した新たな電力プラットフォームの在り方研究会」では、委員・オブザーバーの有識者から、海外の事例が報告された。どのようなものだったのか、ポイントを紹介する。
再エネ、脱炭素、デジタル化をめぐる欧米電気事業の取り組み
資源エネルギー庁は、2019年7月に開催された第8回から約10ヶ月ぶりに、第9回「次世代技術を活用した新たな電力プラットフォームの在り方研究会」をweb会議のかたちで開催した。
昨年度(2019年度)までの研究会では、「脱炭素化・再エネの拡大」や「デジタル化」などの世界的なトレンド、国内要因としては昨今急増している自然災害の増大を受けた「レジリエンス強化」を背景に、送配電プラットフォームにとらわれない、非常に幅広い議論がおこなわれた。
送電部門(TSO)では一層の広域化と高度化を、配電部門(DSO)では分散化・多層化をキーワードに、それぞれが果たすべき役割を明確化しつつ、全体設計の検討をおこなった。
なお、この研究会はその名のとおり、あくまで「研究会」であって審議会とは異なり、何かを決定する場ではなく、検討を深める場として位置付けられている。
本研究会での議論の一部は、他の審議会での検討を経たうえで、「エネルギー供給強靭化法案」にも反映されている。具体的には以下のような課題群とこれに対応する新制度などである。
エネ庁事務局図表を元に、筆者が簡略化。複数の制度が複数の課題と複雑に絡み合っている。エネ庁では今年度の本研究会の狙いとして、新たに創設された複数の市場(需給調整市場や容量市場、非化石価値市場など)を統合的に機能させていく観点、また一層加速化する再エネの大量導入への対応など、様々な制度の詳細設計・運用の在り方、事業環境整備に関する検討を深めることを目的としている。
昨年同様に、欧州・米国の先進的事例(制度面・具体的事業面)に学びながら、現在日本では市場化には至っていない「慣性力」や「配電レベルでのフレキシビリティ」など、新しい価値の評価なども視野に入れている。
なお、電力のプラットフォームである送配電といえば、極めて公益事業的・社会インフラ的事業ではあるが、本研究会では例えばデジタル化や他産業との連携を前提として、新たなビジネスモデルやイノベーションの創出を検討の中心に据えていることが特徴的である。
第9回研究会では、3名の委員・オブザーバーから、海外の幅広い事例・動向が報告された。以下、その報告内容をごく簡単に引用抜粋する。なお、一部の表現は筆者の解釈により、言い換えている。
海外電力調査会 伊勢公人氏 - 欧州電気事業の動向 -
- 欧州の気候変動政策は、EU2030年目標としては再エネ比率の強化をおこない、2050年目標としては「カーボンニュートラル」とすることが提案されている。
- ドイツは2020年GHG削減目標が未達成で終わると考えられていたが、新型コロナウイルスによる経済活動停滞により目標達成の可能性が出てきた。
- 主要国の再エネ導入施策として、英国ではSEG(余剰電力買取制度)、ドイツではFIPを中心とした入札制度が導入されている。
- GO(Guarantee of Origin:発電源証明)制度の証書発行量・利用量は増加している。GO証書は、発電所・発電方法・発電期間等をトラッキングする証書であって、これを用いることで小売電気事業者は実質的な再エネ電力を供給することが出来る。
- 北欧諸国では、風力発電の増加や火力発電の減少により、電力周波数の管理値逸脱頻度が増加傾向である。
- 再エネ大量導入により、配電系統でも混雑発生が懸念されている。この解消のため配電レベルでの調整力(DR等)を調達する新たな「ローカルフレキシビリティマーケット」に関する実証事業が欧州各地で実施されている。
- 再エネコストの低下により、発電事業者と需要家間の相対契約による再エネPPA(Power Purchase Agreement)が増加している。
- 再エネ由来の電力を供給するグリーン電力メニューは従来から普及していたが、福島第一原発事故以降、上昇傾向である。
日本エネルギー経済研究所 小笠原潤一氏 - 次世代プラットフォームと調整力市場 -
- 従来、「混雑」とは送電系統における問題であったが、再エネ電源の増加により、配電系統でも混雑が発生するようになってきた。(※日本と異なり、欧州では110kVまで配電系統に区分されることに留意)
- 英国では複数の配電会社において、DR(デマンドレスポンス)を含めた小規模供給力調達市場の開設が進められている。
- 英国では、送電レベルの新しい送電制約管理サービスとして、「stability pathfinder」を開始した。これは、慣性力維持・電圧管理・系統安定度維持を目的としている。入札では、ガス火力や揚水発電等が落札した。非同期型再エネ電源の連系量の増加に伴い、慣性力提供者への支払いが始まっている。
- 欧州では調整力の標準化が進んでいる。これにより、調整力を欧州広域で調達・運用可能となる。調整力は15分単位の商品となる予定。
- ドイツではFIPによる再エネ電力の直接販売(Direct Marketing)が高まっているが、Statkraft Markets社など一部の大手に買い取りが集中している。自社で弾力的な供給力を保有することや、豊富な経験が求められるため。
- 現時点の英国では送電系統バランシングと配電系統制約管理の運用連携はおこなわれておらず、今後、連携を進める予定。ただし、配電事業者は規模も様々であり、実現可能性の地域差が大きいおそれがある。
- 小規模分散型供給力のプラットフォームの方向性は世界的にも定まっていない。日本でも議論を深めていくべき。
大阪大学大学院 西村陽氏 - 海外電力プラットフォームの現況 -
- 英国やドイツでは洋上風力等の再エネ電源増加により、スポット価格のネガティブプライスが頻発するようになってきている。
- 欧州では電力卸取引所の流動性が十分確保されており、風力等の出力変動の多くはBG・BRP・アグリゲーターにより、当日市場を通じて解消されている。
- 当日市場の価格ボラティリティ(変動性)が大きいため、そこをビジネスチャンスと考えるベンチャー企業が数多く現れている。DER(分散型自家発、EV、蓄電池)の制御・タイムシフト(フレキシビリティ提供)を行っている。
- 欧州では新機軸として、周波数調整や送配電系統安定化に資する「フレキシビリティ」を提供する事業者が増えている。住宅等の需要側資源もすべてフレキシビリティ提供者となる。
- 欧州の大手エネルギー企業は、「資産が価値源泉の時代」から「顧客側に価値源泉がシフト」することに対応したビジネスモデルの転換を急いでいる。
- 欧州では、DER・フレキシビリティ取引等に関する様々なプラットフォームが登場しているが、やや乱立気味である。大手企業による新興企業の買収・統合化も多発している。
- 太陽光発電が主体の日本では、気象予測や出力予測、同時同量需給管理に高度なスキルが必要である。また、当日市場が極めて小さく、価格ボラティリティも小さいため、DERベンチャー企業がマネタイズする機会も小さい。
海外と日本の異なる背景には慎重に
本研究会は議題が多岐にわたり、開催時間も3時間と長丁場である。豊富な最新海外事例について、専門家による説明を聞くことのできる貴重な機会であるが、単なる「お勉強」に終わらせず、生きた制度・事業として日本に導入するために、深い検討が必要であろう。
研究会における議論については、以下のことを念頭に置きながら、理解していくことが必要だ。
当然ながら、海外と日本では背景となる基本的な制度の違いがある場合もある。送配電が一体である日本と異なり、送電と配電が別の事業者により運営されているケースもある。
地理的環境が異なることや、事業の歴史的経緯が異なる点も多々あるため、諸外国でうまくいっている制度をそのまま日本で再現できるとは限らない。
本研究会の基本的ゴールである再エネ大量導入に関しても、現時点の再エネ導入率・再エネ電源種別の違いがあるため、日本で今必要とされている制度・事業の在り方については、慎重な検討が必要であろう。
参照
(Text:梅田あおば)