テスラの事業を見渡してみると、その根幹に横たわるのは、バッテリーだ。自然エネルギーと持続可能な社会の命運はバッテリーが握っているといっても過言ではない。テスラはそのことを、どの企業よりもよくわかっているのではないか。
バッテリーからテスラを分析する本連載。最終回となる今回は、テスラという企業を環境負荷という視点から俯瞰して見てみる。テスラは果たして「本当に」持続可能な社会の創造に貢献しているのか。良い面と悪い面の両方から検証していく。
短期集中連載:バッテリーからテスラを解剖する
1:テスラのミッションと根幹をなすEVバッテリー
2:テスラの家庭用バッテリー:ソーラールーフとパワーウォールは巻き返せるか
3:産業用大規模バッテリー:パワーパックとメガパック、テキサス子会社Gambit
4:テスラバッテリーの生産と研究体制に死角はあるか
5:環境負荷からみたテスラという企業(本稿)
本連載では、今回までの4回にわたって、テスラが持続可能なエネルギーについてどのようなビジョンを描いているのかを考えるために、EVのリチウムイオン電池やエネルギーストレージについて見てきた。これらはすべて、私たちの目に見えるものである。
フランスの偉大な自由主義経済学者フレデリック・バスティアは、1850年に出版したエッセイ『That Which Is Seen and That Which Is Not Seen:見える物と見えない物』の中で、経済を分析するとき、目に見えないものがいかに大切であるかを解いた。環境問題に関しても、我々が直接見ることができないところに問題を抱えていることがある。
環境問題において、目に見えないところを見ようとする取り組みは、ライフ・サイクル・アセスメント(LCA)と呼ばれる手法で行われてきた。LCAとは、製品やサービスなどにかかわる原料の調達から、製造、流通、使用、廃棄、リサイクルに至る「製品のライフサイクル」全体を対象として、各段階の資源やエネルギーの投入量のほか、様々な排出物の量を把握する手法である。
EUではすでに、自動車の二酸化炭素排出量の規制を、走行中だけの排出量を対象にする現行規制から、LCAで評価した排出量について規制するものに変更する検討を始めている。
日本でも先日、トヨタ自動車の豊田章男社長が、国の電源構成が変わらず、欧州のLCA規制により日本から自動車を輸出できなくなれば、70万〜100万人の雇用が失われると発表し、衝撃が広がっている。環境問題をより俯瞰して見ていこうとする動きは、今後も広がっていくことになるに違いない。では、テスラはどうだろうか。
関連記事:EVは本当にCO2排出削減にならないのか?(前編) 〜欧州で検討中のLCA規制とは
テスラが2020年に公開した『Impact Report 2019』を見ると、テスラの戦略が見えてくる。下記の図は、モデル3の製造段階および走行段階のLCA分析の結果である。青い部分が製造段階の二酸化炭素排出量、水色の部分が使用段階の排出量で、一番右はガソリン自動車(内燃機関車)の製造および使用からの二酸化炭素排出量を示している。
走行部分の排出量を決めるのは、主に電力網からの電気で充電するか、太陽光発電の電気で充電するかの選択である。テスラは報告書の中で、再生可能エネルギーの導入を増やし電力網をクリーン化することがいかに大切であるかを強調しているが、口だけ出しているわけではない。
すでに当連載で見た通り、Solar Roofで生成した電気でEVを充電する持続可能なエコシステムが、ユーザーの家庭に導入されるビジョンを描いているのである。
一方で、EVは走っている間はCO2を排出しないため、LCAでとくに注目されるのが製造工程である。
先日、ウォール・ストリート・ジャーナルはトロント⼤学の研究チームと共同で、「EVは本当に環境に優しいのか」という記事を掲載した。テスラのモデル3とトヨタRAV4を比較したところ、製造時ではモデル3の方が65%CO2排出量が多い。その後、走行時はRAV4がガソリンとオイル(採掘含む)によるCO2排出を行うため、2万6千マイル(約4,180km)でCO2排出量が逆転するという。
しかし、テスラはこの製造時のCO2をできるだけ下げようとできる限りの努力をしている(ように見える)。
完成すると世界最大の建造物になると言われるネバダ州のギガファクトリーでは、電力が完全に再生可能エネルギーでまかなわれる予定だとしている。建設が完了すると、電力はほとんどソーラーで供給され、「ネットゼロ エネルギー ファクトリー」となるよう設計されており、パネルの取り付け作業はすでに開始されている。
ただし、3年近くギガファクトリーの建設は止まったままだ。まだ全体の3割しかできていないにもかかわらず。完成時期はまだ見えない。
ギガファクトリーネバダの現在の工場区画 2020年11月のパナソニック(北米)のウェビナーより 青い「PENA」は北米パナソニック。黄色い部分は未着工区域
テスラが新たに工場を建設しているドイツ(ベルリン)は、少々有利だ。国としての再生可能エネルギー比率が46%と非常に高く、すでに化石燃料からの電力供給を上回っているクリーンエネルギー先進国だからだ。
以上を踏まえると、テスラがEVの普及においてLCAに基づき、我々の目に見えないところでも持続可能な社会の創造に(少なくとも未来において)貢献していることがわかる。
テスラは、暗号資産のビットコイン(BTC)に15億ドル(約1,580億円)を投資しており、先日、アメリカでは、ビットコインでEVが買えるようになった。データ上でやりとりされているにすぎないので、ビットコインと聞いて、環境問題を頭に浮かべる方は少ないだろう。ところが、ビットコインは気候変動問題に負の影響を及ぼしている。
ビットコインは、一定期間ごとにすべての取引を記録するのだが、その追記の処理にはネットワーク上に分散して保存されている取引台帳のデータと、追記の対象期間に発生したすべての取引データの整合性を取りながら正確に記録することが求められる。この膨大な計算処理を有志のコンピューターリソースを借りて行っており、その報酬としてビットコインが支払われる。これが、ビットコインの新規発行になる(マイニング)。
現在、ビットコインのマイニング(追記作業)の中心は中国なのだが、中国で行われる膨大な量の計算に使われる電力のほとんどは、石炭火力発電で生み出されている。現時点でもすでに、世界で年間78.5TWhという中規模国家レベルの電力を消費している。
オランダ中央銀行のデータサイエンティストである、アレックス・デ・ヴリースは、ビットコインが生み出す二酸化炭素が、1トランザクションあたり300kgと試算しており、これはVisaカードの約75万回分の決済が生み出す量に匹敵する。
テスラがビットコインを決済に導入するということは、上述の環境負荷を肯定してしまっていることになる。これは目に見えないが、非常に大きな問題だと考えられる。
You can now buy a Tesla with Bitcoin
— Elon Musk (@elonmusk) March 24, 2021
今回は、本連載の締めくくりとして、テスラの環境問題への貢献を俯瞰してみた。EVに関しては、ライフサイクル全体を意識した非常にレベルの高い事業を行なっている一方で、ビットコインの導入などは無視できない環境負荷を生み出している。イーロン・マスクはツイッターでドージコイン(DOGE)にも言及しており、価格を急騰させた。
ドージコインもビットコインと同様、マイニングによって発行される仕組みだが、ビットコインとは違い発行総量に上限がない。イーロン・マスクには、これらの仮想通貨が生み出す、膨大な環境負荷について説明する責任があると考えられる。
(終わり)
*EnergyShiftの「テスラ」関連記事はこちら。「バッテリー」関連記事はこちら。
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1:テスラのミッションと根幹をなすEVバッテリー
2:テスラの家庭用バッテリー:ソーラールーフとパワーウォールは巻き返せるか
3:産業用大規模バッテリー:パワーパックとメガパック、テキサス子会社Gambit
4:テスラバッテリーの生産と研究体制に死角はあるか
5:環境負荷からみたテスラという企業
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