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気候工学は脱炭素に寄与するのか? 繰り返し注目を浴びるジオエンジニアリングとは

気候工学は脱炭素に寄与するのか? 繰り返し注目を浴びるジオエンジニアリングとは

2021年08月19日

気候工学とは、ジオエンジニアリングの訳語で、地球工学ともいわれている。定義としては、「気候変動の影響を軽減する目的で、意図的に気候システムを改変することを目指す手法や技術の総称」(IPCC 2013)となる。
つまり、地球の自然環境を人間の技術力をつかって、なんとかしてやろうということだ。もちろん、地球温暖化がその際たるもの。地球が温暖化しているのであれば、何とか冷やす方法を(二酸化炭素を減らすだけではなく)科学的にできないかと研究が続けられている。脱炭素の潮流が激しくなる中で、こうした気候工学が注目を集めているのも自然な流れではあるだろう。

気候工学の二つの手法

気候工学には大きく二つのやり方が存在する。ひとつは、地球温暖化の原因となっている二酸化炭素を除去するやり方。もう一つは、地球に届く太陽エネルギーを弱くするやり方だ。

おやっと思ったかもしれない。そう。二酸化炭素除去は、いまCCS(Carbon Capture and Strage:二酸化炭素回収・貯留)、CCUS(二酸化炭素回収・貯留・有効利用:Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)として実際に研究が進められているものだ。当サイトでも何度も取り上げているし、日本政府のグリーン成長戦略でも取り上げられた。

日本ではNEDOがCCUS研究開発・実証関連事業として、2018年度から2026年度までの間、プロジェクトをおこなっている。2020年度の予算は79億円。北海道・苫小牧で大規模なCCS実証実験がおこなわれている。

また、テスラのイーロン・マスクがXプライズ財団の活動として、賞金5千万ドル(52億円)をかけてコンテストをしていることも話題になった(正確にはCarbon Removal:二酸化炭素の直接除去技術)。

また、二酸化炭素を回収するアイデアには、海中に鉄をまいて、植物プランクトンを増やして二酸化炭素吸収を促すという手法もある。

問題は、もう一つの手法、温暖化の原因となる太陽のエネルギーを弱めるというやり方だ。

太陽の光を人為的に弱める?

火山の噴火を思い出してほしい。火山灰で空が灰色になり、太陽の光も差し込まない暗い空をニュースなどで見たことはないだろうか。空は暗くなり、地上の気温も冷え込む。1991年にフィリピンのピナトゥボ火山が噴火したときには大量の火山灰とガスで地球の平均気温が0.5℃低下した。1783年には浅間山が噴火し、気温が下がり、天明の大飢饉が起きた。

温暖化の源は降り注ぐ太陽からのエネルギーだ。ではその太陽のつまみをしぼれば、もしくは大きな日傘を地球全体に覆うことができれば、問題は解決するだろう。

もうひとつの気候工学である「太陽放射改変(太陽放射管理)」を簡単に説明するとこうなる。日傘は成層圏につくればいい。ではどうやってつくるのか。成層圏に塩や炭酸カルシウムなどの微粒子をまく、またはエアロゾルをまいて人口の雲を作るのだ。

SF映画のように聞こえるだろうか。しかし、その手法のアイデアは1960年代からあり、2010年代初めごろからは研究が広まりつつある。


1991年のピナトゥボ火山の噴火 Public Domain

温暖化が問題になればなるほど注目される気候工学

気候工学のアイデアは前述の通り1960年代からあり、科学万能主義の時代背景から、アメリカでは年間予算を一千万ドル以上かけて研究していた時代があった。軍事研究にも応用が期待されていたが、1970年代には社会運動の高まりから研究はいったん消えたかに見えた。

1970年代といえば二酸化炭素が気候に与える影響について話題になりはじめたころ。しかし、気候工学は二酸化炭素削減を妨げる研究として表には出てこなかった。1990年代のIPCC第1次報告書、第2次報告書でも否定的に、わずかにふれられただけだ。

それがまた注目を浴びたのは2009年になってから。オバマ政権下で慎重ながらも研究自体を米国気象学会が支持したり、英国王立協会が報告書をまとめたりしている。

そして2021年。バイデン政権になったばかりのアメリカでは3月に米国科学・工学・医学アカデミーが米国政府に対して「調査目的の」研究プログラムをつくるように勧告した。しかも、太陽放射改変が目的だ。バイデン大統領が気候変動対策に多額の予算をかけることがわかっていたので、キャンペーンを張ったのだ。科学誌ネイチャーにもいくつか記事がのった。

ハーバード大学のデイヴィッド・キース教授が率いる研究チーム「SCoPEx」も太陽放射改変の研究を続けている。このチームはビルゲイツ財団からの支援も受けている(ビルゲイツ財団はほかの気候工学研究にも投資をしている)。

ただ、このハーバード大学の研究は実験の延期を2019年から繰り返している。今年の6月にはついに成層圏での炭酸カルシウム散布実験をおこなうかと思われたが、直前になって延期になった。


SCoPExを紹介している動画

コストはどれくらいかかるのか

気候工学のうち、二酸化炭素回収・貯留にはコストがかかる。スイスの二酸化炭素回収技術のスタートアップ、クライムワークス社が2019年にだした試算によると1トンあたり600ドルかかるという。世界の二酸化炭素排出量は300億トン以上。アメリカだけで50億トン。出せない金額ではない? しかし、アメリカで二酸化炭素回収をおこなってもカナダやメキシコから二酸化炭素は国境を越えてやってくるだろう。

こう考えることはできるかもしれない。国別の二酸化炭素排出量を決めるなら、その国での回収装置での回収証明は「儲かる」かもしれない。ただし、二酸化炭素の除去による地球気温の影響は数十年の時間がかかる。地球上の二酸化炭素を地球の気温に影響が出るまで数十年間、ずっと回収し続けることはいまの技術では難しい。

一方、太陽放射改変はそんなにコストがかからない。数百億から数千億ドルのレベルだといわれている。しかし、もちろんエアロゾルを成層圏まで持っていってまくだけのコストであり、その結果のリスクや外部コストは計算に入っていない。というか、計算のしようがないだろう。

さらに太陽放射改変ではエアロゾルをまく「量」を適正にしないといけないので(気温が下がりすぎたり効果がなかったりするので)、詳細な予測とシミュレーションが地球規模で必要になるだろう。そのコストもかかることを忘れてはならない。

国境はない(気候工学にも、気候変動にも)

どのような気候工学の話題も、最後はリスクとそれをどこが受け持つか、の話になる。シミュレーションでしか話はできないが、たとえば2018年1月にネイチャー誌に掲載された論文によると、地球上の生態系は大混乱し、多くの種が死滅する結果になるという。

なにをすればそうなるのか。論文では、太陽放射改変の目的で、毎年500万トンの二酸化硫黄を成層圏に追加することを50年続け、その後になんらかのアクシデントで停止した場合を想定したのだという。

そこまで極端ではないにせよ、太陽放射改変による地球規模の気温の変化は、一国の国境内にだけ起こるわけではない。赤道付近の地域の温度は下げるものの、北極や南極の気温は反対に上がるという研究もある。

こうした地球規模のプロジェクトをどの国が、どのような権限を持って、おこなったりやめたりすることができるのか、どこが費用を負担するのか、そうした地球規模のコンセンサスもルールもガバナンスも今のところまったくない。

今年後半に発表される予定のIPCCの第6次報告書・第3作業部会のレポートでは、気候変動の緩和策についてのものになる。そこでおそらく気候工学についてもふれられることになるだろう。今年11月のCOP26でも議題にあがるかもしれない。

いま、科学者の間では気候工学は研究の対象ではあるけれども、実際に社会に実装するということはまだまだ先のことである、ということだけはなんとかコンセンサスがとられているようだ。

二酸化炭素回収・貯留、または有効活用は、実際には技術楽観論者(テクノ・オプティミスト)の夢ではあっても、現実での「人類最後の手段」であり、奥の手のように見える。そのわかりやすさもあってメディアにたびたび登場するが、実際に地球の気温変化を及ぼせるような目的で使われることはないだろう。

どちらかというと、こうした気候工学は、どれだけ人間ががんばってもパリ協定や削減目標を守れなかったとき、2℃目標でのカーボンニュートラルがあと数億トンの二酸化炭素除去できるのなら、抑制的に使うことはできるのではないか、と考えられはじめているようだ。

それは、前述のように、国別の二酸化炭素削減目標達成のため、でもある。また、ブルー水素を作る際の発電所の二酸化炭素を回収する、というぐらいの量ならおそらく可能になるかもしれない。今年4月の気候リーダーズサミットのバイデン大統領のステートメントにも二酸化炭素回収・貯留技術の開発と展開は言及されている。

太陽放射改変になると、シミュレーションのためのデータをとるための実験にとどまっているのが現状だ。本当にシミュレーション通りに太陽エネルギーをコントロールできるのなら、それこそ軍事目的に使うことだってできることになる。それにはどこの国がおこなうにしてもリスクが大きすぎる。

前述の「SCoPEx」の実験中止の理由のひとつは、環境活動家からの反対だ。今年6月にグレタ・トゥーンベリさんら環境活動家や気候科学者もSTOP SOLAR GEOENGINEERINGという特設サイトを立ち上げ、前述の「SCoPEx」実験の中止を訴えている(https://stopsolargeo.org)。地球温暖化抑止の活動をしている人々が、温暖化抑止のための実験に反対しているのだ。


Say no to Solar Geoengineering ビデオ

ところで、気候工学のうち、二酸化炭素回収・貯留には、時間はかかるが確実な方法もある。大規模な植林と森林の育成、伐採などの森林破壊の規制を強化することだ。これなら、海に鉄をまく必要もない。

脱炭素を大胆に、着実に進めることや、自然の回復力を促す施策に投資をすることが、いまは求められているのではないだろうか。

参照
杉山昌広・浅山慎一郎・岩崎杉紀・小杉隆信・原口雅彦・森山亮(2015)「気候工学(ジオエンジニリアリング)国際会議」『天気』62.1

小森岳史
小森岳史

EnergyShift編集部 気候変動、環境活動、サステナビリティ、科学技術等を担当。

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