2020年、気候変動は新型コロナウイルスの影響を受けながらも大きく前進した。市民の声とビジネス界からの要請が重なり合い、国に大きなプレッシャーをかけるようになった年であったとも言える。2021年はそれに加えて、COP26を軸とした国家間の競争原理も働き、温室効果ガス削減にはより一層拍車がかかる一年になるだろう。
2020年12月10日、国連環境計画(UN Environment Programme)は、2020年の排出ギャップレポートを公開した。排出ギャップレポートとは、パリ協定達成のために世界が到達しなければならない温室効果ガス排出量の削減目標と、実際の排出量との間にどれだけの差分(ギャップ)があるのかを知るための報告書だ。
2020年の同報告書には、いいニュースと悪いニュースがあった。まずはいいニュースから。
世界の温室効果ガス排出量は、減少している。2010年以降、世界全体では平均1.4%/年で増加しているが、これは、2000年から2009年までの平均2.4%/年の増加率を下回っている。つまり、世界の温室効果ガス排出量の伸びは鈍っている。
2020年には新型コロナウイルスの影響で世界のエネルギー使用量は減少していることは確かだ。同報告書では、2019年比でCO2排出量は7%前後削減されるとの研究結果が出ている。この削減幅は過去例がないほどで、今まで最大の削減幅だった2007年―2008年の世界金融危機時の前年比0.9%削減を大きく上回っている。これはすごいことだ。
悪いニュースは、もちろん、新型コロナウイルスの蔓延と経済の停滞だ。世界では2021年1月の本稿執筆時に再度の感染数の大幅な増大が起こっており、ワクチン投与もはじまってはいるものの、まだ終息は見えていない。
もう一つの悪いニュース。前年度比7%のCO2排出量削減にも関わらず、2050年の地球の温度をわずか0.01℃しか下げることにしかならない。もちろん、新型コロナウイルスからの回復を計算に入れてのことだ。
よくいわれるグリーンリカバリーは、新型コロナウイルス発生前の政策と比べて、2030年のCO2排出量を最大25%削減することができる。これでも世界の気温上昇は3.2℃と予測されている。将来的に気温上昇を2℃以下に維持できる可能性は66%だ。
つまり、グリーンリカバリーを以てしても、まだまだ足りない。
では、これだけ対策をしても焼け石に水、どっちみち無理なら、もうしょうがないよとあきらめるのか? 世界の気温が3℃や4℃上がってもしょうがない? 台風や日照りや、その他の異常気象もなんとかなるのか?
残念ながら、その答えはありえない。ほかにもできることを探して、もっともっと対策を講じるしかない。さらにCO2、温室効果ガスの削減を推し進めることしかない。あきらめること、このレースをおりることはできない。
そのために、世界が必死になっている。2021年は、さまざまな形での対策を国、行政に求める圧力がさらに増すだろう。本稿では3つの圧力(プレッシャー)として紹介する。
2020年は、この圧力がいっそう強くなった一年でもあった。そういう意味で、この「気候変動対策を求める声がよりいっそう強くなった」ことは、一番いいニュースかもしれない。
2020年は、歴史上2番目に世界の気温が高かった年でもあった(CO2排出量が下がったからといって世界の気温がすぐに下がるわけではないからだ)。この気温上昇により、世界では異常気象などの自然災害が起こり、その損害額は2,100億ドル、日本円で21兆円を上回るとミュンヘン再保険会社はブルームバーグに語った。この自然災害は、ハリケーン、大規模な山火事や雷雨など枚挙にいとまがないと言う。中国の洪水はそれだけで170億ドルの損害を出している。
ミュンヘン再保険会社の気候・地球科学チームのエルンスト・ラウル氏は「1年間の自然災害を(長期にわたる)気候変動と直接結びつけることは困難で、評価には時間が必要だ。一方、海洋や大気の温暖化傾向が自然災害リスクを上昇させている予測結果とは一致している」と述べた。
このように、まず気候変動に対策を求めているのは保険会社だ。自然災害リスクが業績に直結する。もちろん、農業や漁業なども大打撃を受ける。金融も融資をためらうようになる。
格付け会社の米ムーディーズによると、世界全体での気候変動による物理的なハイリスクは7.2兆ドルあるという。これは、日本の1年間のGDPを超える。ムーディーズのリポートには明確に「異常気象の頻度と深刻度の増加は、経済的な損失、地域住民への危険、環境への被害を大きくしている」とある。
気候変動が金融・経済に及ぼす影響は、ますます大きくなっており、世界の経済界は気候変動対策、つまり温室効果ガス削減対策にいかに企業が対応しているかの評価をますます重視するようになっている。
日本と中国を含むアジアは今や世界最大の温室効果ガスの排出地域となっている。新型コロナウイルスの影響で2020年のこのエリアのESG投資は12%、グリーンローン(グリーンボンドなど)は47%それぞれ減少した(アメリカや欧州では増加している)。しかし、中国や日本もカーボンニュートラルを宣言したことにより、この環境関連金融商品は今年、大幅な伸びを見せることだろう。
気候変動対策に、市民からの圧力もさらに大きくなっている。新型コロナウイルスによりデモなどの動きが制限されているにも関わらず、だ。もちろん市民の声をあげる方法はデモだけではない。オンラインでのウェビナーや署名活動はより活発になっている。
今年はじめ、ベトナムのブンアン2石炭火力発電所計画に日韓の企業、銀行が国際協力銀行(JBIC)を通じて協調融資の決定を発表した際には、スウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリさんをはじめ、韓国、ベトナム、そして日本の若者たちが強い抗議を行い、撤回を求める声明を発表した。この融資は、もともと欧州を中心とする21の投資家連合が撤退を要求していた案件であり、今回の融資決定の発表は非常に驚きのニュースになった(ちなみに、この21の投資家連合とは、北欧のノルディア・アセット・マネジメントやフランスのアムンディなど、資産運用額は580兆円になる)。
ブンアン2石炭火力発電所計画への抗議ビデオ「NO COAL FOR OUR FUTURE」
こうした声をもっと盛り上げようという動きもある。今年4月には、世界中のFridays For Futureが同日にライブイベントを行う予定だ。Climate Liveというこのイベントには日本では音楽プロデューサーの亀田誠治氏らが参加をすでに表明している。このイベントの目的は、COP26に向けた参加国へのプレッシャーだ。日本ではD2021というイベントも3月に行われる。これはさらに直接的にエネルギーを考えるイベントになる予定だ。
これらの動きの特徴は、若者の存在だ。若者にとっては、2030年、2050年は自分たちの時代だ。彼らの先導に今の現役世代が後押しをする形でのこの動きは止むことがない。2021年もこうした市民の声がより高まっていき、国にさらなるプレッシャーをかけていくことは間違いないだろう。
2021年の気候変動関連のビッグイベントと言えば、11月に開催予定のCOP26だ。この開催に向けて、イギリスは国を挙げて気候変動対策、温室効果ガス削減に動いている。
イギリスでは2020年12月に、2030年までに温室効果ガス排出量の68%削減(1990年比)を発表。これは2050年温室効果ガス実質ゼロを掲げた2019年6月へのより具体的なロードマップになり、これまでの目標53%から引き上げた。
この動きは、もちろん、COP26開催国の面目躍如ということもあるが、ブレグジット後のEUとの関係も大いに関係しているだろう。EUではドイツが2030年再エネ65%を掲げたが、まだ足りないと議論が続いている。EU全体では新型コロナウイルスからのリカバリーとして欧州グリーン・ニューディールを推し進めようとしている。
アメリカではバイデンーハリス政権が誕生し、パリ協定への復帰はもちろん、グリーンニューディールを推し進める予定だ。その内容とは、2050年までの温室効果ガス排出量を実質ゼロにし、クリーンエネルギーや環境関連企業への178兆円の投資、化石燃料に対する補助金の終了の要求、公開会社に自社とサプライチェーンの気候変動リスクと温室効果ガス排出の情報公開など、規模も大きく多岐にわたるものだ。
そして中国は、2060年温室効果ガス実質ゼロを発表し、2030年までにカーボンニュートラルへ舵を切る。この計画には千人以上の学者が策定に関わったともいわれている。
このように、温室効果ガス削減は、世界の勢力争いの様相を呈している。次の世界のリーダーはグリーンでなければいけない、そうした国家間の綱引きが始まっている。
国連ではCOP26に合わせて、Race to Zeroキャンペーンを2020年に始めた。これは、COPを主催するUNFCCC(国連気候変動枠組条約)が主導するグローバルキャンペーンだ。
Race to Zeroキャンペーンロゴ
その発足時のニュースレターには「We Will Win or Lose This Race Together(わたしたちはともにこのレースに勝つか負けるか)」とあり、だれもが一緒にこのレースに勝とうと謳われている。しかし、国家間のレース(競争)が現実にはじまっており、だれが最初にゴールするかを競っているようだ。
これらの潮流に遅れまいと、日本でもカーボンニュートラル宣言が2020年にだされた。ロードマップはまだ未確定だが、未来の夢のような技術開発だけに頼るのではなく、地道で現実的な対策が重要だ。そして、海外を見てわかるように、今の技術でその対応は十分可能だ。
グレタ・トゥーンベリさんがいう通り、また、新型コロナウイルスと同じように、気候変動対策には実際には国境はない。どこかの(富める)国の温室効果ガスが、どこかの(特に貧しい)国の大きなリスクになる。
国家間の覇権争いではなく、世界全体での気候変動対策の強化がいっそう求められる一年、いや、これからの10年になるだろう。
(Text:小森岳史)
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