2021年6月9日、内閣官房の第3回「国・地方脱炭素実現会議」において、「地域脱炭素ロードマップ」がとりまとめられた。このロードマップにしたがって、今後はそれぞれの地域において、脱炭素につながる政策が導入・実現されていくことが見込まれる。とはいえ、重要なことはこのロードマップの本質を理解していくことだ。それはどのようなことなのか、エネルギー事業コンサルタントの角田憲司氏が解説していく。
これからの地域エネルギー事業のヒント14
本稿の第10回でも紹介した「地域脱炭素ロードマッップ」が、6月9日、菅総理も出席した「第3回国・地方脱炭素実現会議」にてとりまとめられた。「地域脱炭素」という概念は昨年12月25日の第1回の同会議にて提唱され、小泉環境相による関係者ヒアリングも経て、今般、ロードマップがまとまったものである。
本来なら、このロードマップに解説を加えるところだが、ロードマップが成案化される過程で起きたことをレビューすることが、地域脱炭素政策の本質やロードマップの行方を知るカギとなると思われるので、まずはそこから紐解いてみる。
第1回の国・地方脱炭素実現会議では、地域脱炭素ロードマップ策定の趣旨・目的について、「地域の取組と国民のライフスタイルに密接に関わる主要分野において、国と地方とが協力して、2050年までに、脱炭素で、かつ持続可能で強靭な活力ある地域社会を実現する行程(地域脱炭素ロードマップ)を描く」こととし、以下のような対策のポイントを挙げた。
1.今後5年程度を集中期間とする対策強化
①イノベーションの成果を待たず、既存技術でできる有効な重点対策のメニューを示し、全国津々浦々で実施。
②既存技術のパッケージ導入により、一定の限定的な範囲や排出源(とりまとめまでに要件を具体化)で脱炭素を実現したモデルケースを複数創出。2.2050年に向けた地域の脱炭素ドミノの拡大
・モデルケースからスタートした脱炭素ドミノを、2030年までにできるだけ多く実現(エネルギー需要密度が小さく再エネポテンシャルが大きいなど、比較的脱炭素の素地のある離島や農山漁村や、脱炭素型の設備やシステムを比較的共通で実装しやすい街区レベルでの取組を中心に想定)。
・その後、ドミノをより広域に拡大。地域間連携(削減ダブルカウント回避に留意)やイノベーション技術・システムの実装により、全体の脱炭素を完遂。
要するに、足元の5年間で、これまでやってきた政策を重点対策としてまとめて、全国の自治体・地域で実施してもらいつつ、脱炭素を実現した先行モデルケースを作り、そのモデルケースをドミノ倒しのごとく全国に拡大して、全国レベルの脱炭素を実現する、ということだった。
さらに、これを素直に読めば、全国レベルの脱炭素を実現するカギは、ドミノ倒しの起点となる「複数創出された先行モデルケース」ということになる。筆者も、この時点では、「ケースそれぞれで異なる脱炭素要件を定めて創られた多様な先行モデルケースが、全国的なドミノ倒しの起点、すなわち普及モデルとして確立される」と思っていた。現に、同会議にて示された「地域脱炭素ロードマップのイメージ(本稿の第10回で紹介済)を見ると、そう読み取れるはずである。
環境省資料を元に編集部作成
ところが、4月20日の第2回会議にて示された「地域脱炭素ロードマップ骨子案」は少し変わっていた。キーメッセージが用意され、以下のように表現されていた。
1.地域脱炭素は、地域課題の解決につながる地方創生(地域の魅力と質の向上)
→ 我が国は、限られた国土を賢く活用し、面積あたりの太陽光を世界一まで拡大してきた。他方で、再エネをめぐる現下の情勢は、課題が山積(コスト・適地確保・環境共生など)。国を挙げてこの課題を乗り越え、地域の豊富な再エネポテンシャルを最大限活かす。
→ 一方、9割超の自治体のエネルギー収支が赤字(2013年)、再エネポテンシャルを最大限活用することにより、地域の中において資金を循環させることが重要。2.足元から5年間に政策を総動員し(適用可能な最新技術による対策の集中実施)
①100ヶ所以上の脱炭素先行地域づくり
②全国で脱炭素実現の基盤となる重点対策実施
により、脱炭素と地方創生の同時達成の姿を全国・海外に伝搬(脱炭素ドミノ)
↓
多くの地域で、2050年を待たず脱炭素を達成
同時に、地域課題を解決した強靭で活力ある地域社会を実現
何が変わったのか。1つ目は、地域脱炭素は地域課題の解決につながる点で地方創生だとし、地域の再エネ、とりわけ太陽光を積極的に導入し、地産地消することにより地域経済循環効果を高めることを「地方創生に資する脱炭素施策」の目玉と位置付けたことである。
実は、従前の地方創生の考え方においては、脱炭素に資する「地域のエネルギー資源の活用」は戦略の一部をなす「まちづくり」の一手段くらいでしかなかった。我々のような地域エネルギー事業論者は、それがもたらす地方創生上の意義(とりわけ地域経済効果)がもっと高く評価されるべきだと思っていたが、くしくも地域に関わるエネルギー・環境政策が「地域脱炭素」に格上げされたことで地方創生における位置付けをもっと高める必要が生じ、その結果、「地域課題の解決につながる点で、地域脱炭素は立派な地方創生施策である」となった。
この格上げは地域にとってもよいことではあるが、かといって、地域脱炭素による地域課題解決が、地方創生にとっての万能薬ではない。それどころか、カーボンニュートラルに舵を切った日本のエネルギー・環境政策が、とりわけそのトランジション(移行)期間において、地域によっては「マイマス地方創生」として顕在化する可能性もある。そこから察するに、いま議論されている地域脱炭素は、脱炭素工程がもたらす「光と影」のうちの「光」の部分だけなのである(この点はいずれ触れてみたい)。
変化の2つ目は、先行モデルケースを「少なくとも100ヶ所の脱炭素先行地域づくり」とし、かつ、その要件を以下のように定めたことである。
1.少なくとも100ヶ所の脱炭素先行地域で、2025年度までに脱炭素実現の道筋をつけ、2030年度までに脱炭素を達成。
①「脱炭素」は、民生部門(家庭や業務ビル等)の電力消費に伴うCO2排出実質ゼロ
(1)先行地域の所在する市町村区域内の再エネポテンシャルを最大限活用して導入し、先行地域内で消費(域外へも融通し収益を地域内に再投資)
(2)新築の住宅はZEHを、新築の公共施設や業務ビルはZEBを標準とする
(3)上記(1)・(2)を行いつつ、電力需要に対し不足する分は、域内外の排出ゼロの電気を融通することで、全体として脱炭素を実現②これに加えて、地域特性に応じて運輸部門や熱利用等も含めてできるだけCO2削減
2.農山漁村、離島、都市部の街区など多様な脱炭素の姿を示し、各地に広げる。
先行地域をいくつ作るかはともかくとして、脱炭素先行地域の要件を「民生用電力は脱炭素、それ以外は相応に削減」というように単一化した。これには筆者も驚いたが、多くの関係者も驚いたことだろう。
「民生用電力の脱炭素」を図るためには、地域での脱炭素電源開発とその消費、いわゆる「地域再エネの地産地消」が必要となる。その地域再エネは実態からみて太陽光発電が最有力である。つまり、脱炭素先行地域の要件を、「民生用電力は脱炭素」としたことで、必然的に地域での太陽光の最大限導入という環境省の目玉政策が推進されることになる。
ちなみに、第1回会議から第2回会議の間に4回にわたって小泉環境大臣によるヒアリングが行われ、地域脱炭素に関わる幅広い地域のステークホルダーから地域脱炭素に関する課題や要望、提言等を聞いている。大臣自らがここまでこだわって進めることで、環境省が志向する地域再エネ開発重視の方法論へのシフトが進んだと見てもおかしくはあるまい。
このような脱炭素先行地域の考え方は、これはこれで筋が通る話である。だが問題は、結果として、多様な脱炭素要件から創られると思われた先行モデルケースの構想が消えてしまったことである。
極論すれば、これまで各省庁で進められていた「温室効果ガス削減にする取組」が深掘りされるとしても、「民生用電力は脱炭素」という上位に位置する要件が整わなければ、脱炭素先行地域の中で活きないことになる(むろん脱炭素先行地域でも各省庁が推奨する取組はしっかり行われるだろうが)。
例をあげれば、もしEVカーシェアリングに先駆的に取り組んできた自治体・地域が脱炭素先行地域を目指すなら、それとは別に「民生用電力の脱炭素を図る取組」もしなければならない、ということである。
こうした懸念を孕みつつも、でき上がったロードマップでもこの先行地域の要件は維持され、お墨付きを得た。
このような経緯を経てとりまとめられた地域脱炭素ロードマップの骨子を改めて見てみよう。
まずロードマップの目的だが、「地域課題を解決し、地域の魅力と質を向上させる地方創生に資する脱炭素に国全体で取り組み、特に2030年までに集中して行う取組・施策を中心に、地域の成長戦略ともなる地域脱炭素の行程と具体策を示すもの」となった。「脱炭素型地方創生」とまでは言えないものの、「地方創生と脱炭素の融合」を対策・施策の土台とすることが明らかになっている。
次に対策・施策の骨子は、「①少なくとも100ヶ所の脱炭素先行地域をつくること」、「②それ以外の地域において、脱炭素型地方創生の重点対策、とりわけ自家消費型の太陽光発電、省エネ住宅の普及拡大、ゼロカーボンドライブなどについて、国も積極的に支援しながら各地の創意工夫を凝らした取組を横展開すること」に2大別されている。
①の脱炭素先行地域とは市町村といった行政区域より小さな地域、たとえば住宅街・団地や中心市街地、大学のキャンパス、農山漁村、離島等がイメージされている。ここで2025年度までに脱炭素実現の道筋をつけ、2030年度までに脱炭素を達成する。ゆえに、ここで実現されるモデルはコンパクトかつ先鋭的なものになる。また環境省のこだわりが強い施策だけに、モデル案件づくりでは「環境省が中心となる」とされ、今後の案件組成プロセスが詳細に記述されている。
したがって、大半の自治体・地域が目指すべき取組は②に該当し、各省庁の政策を引き継いだ従前からの対策を「重点対策」として掘り下げる。ロードマップではその重点対策イメージも詳細に記述されている。
さらには、当初案では「(先駆的な)モデルケースを起点に起こす」としていた脱炭素ドミノの考え方も変わった。次々と起こった自治体のゼロカーボンシティ宣言を「決意・コミットメントの脱炭素ドミノ」にたとえて、「それを基に、意欲と実現可能性の高い地域から全国に広げる『実行の脱炭素ドミノ』を起こす」と書き換えられたのである。その「実行の脱炭素ドミノ」の起点は必ずしも①や②に限定されるものではなく、また、モデルケースといった「事例」より、むしろ「国と地方の行政、企業や金融機関、一般市民が一致協力して実行すること」、つまり「国・地域一丸となった実施主体の行動」に起点の意味を持たせている。
地域脱炭素ロードマップ 対策・施策の全体像
出所:2021年6月9日 第3回 国・地方脱炭素実現会議 資料1−2
でき上がったロードマップは、各省庁や自治体への配慮の結果、「およそ地域で進めることができる対策・施策のショーケース」のごとく、多様になっている。その解説は次回以降にするが、昨年末にアイデアとして生まれた地域脱炭素やその工程であるロードマップがこのような変遷を経てとりまとめられていることがわかれば、脱炭素先行地域とか脱炭素ドミノといった言葉に踊らされることなく、地域目線で脱炭素を目指すことの本質の理解に近づけることだろう。
まだロードマップに目を通していない方はもとより、既に目を通された方も上述の変遷に照らし合わせてロードマップを読み直してみることをお勧めしたい。
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