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バイデン政権のEVプランは本当に野心的なのか 全米自動車労働組合へのメッセージ

バイデン政権のEVプランは本当に野心的なのか 全米自動車労働組合へのメッセージ

2021/08/26

8月のはじめに米・バイデン政権が出したいわゆる「EVプラン」に大統領署名した。内容は広く知られているように、2030年までにアメリカでの新車販売される乗用車、小型トラックの50%をクリーンカー、いわゆるゼロエミッションにするという目標だ。
このEVプランに対して、「思っていたよりも強力で野心的な案だ」というものもあれば、「これが野心的だなんて、ぜんぜん対策は足りていない」という批判の声も上がっている。これはどういうことだろう。そして、日本の目標は、どのあたりにあるのだろう。

バイデンEVプランの中身をおさらい

まず、8月6日に大統領署名された内容は2つある。ひとつは、前述の通り、クリーンカー導入の目標。今回の内容をまとめた文書(Fact Sheet)によると、2030年に販売される新車の半数を、電気自動車、プラグインハイブリッド、燃料電池車などのゼロエミッション車にする、となっている。

もうひとつ、あまりふれられていないが重要な項目がある。ガソリン車に対する排ガス規制の強化だ。これは、トランプ政権が緩和していた基準を見直し、オバマ時代に計画していた(そして達せなかった)基準に近づけようというものだ。

合わせて今後の投資計画も改めて発表。以下の4項目にまとめている。

  • EV充電ステーションの初の全国ネットワークを構築する
  • 製造業や労働組合の雇用を促進するための消費者へのインセンティブを提供
  • 国内製造業のサプライチェーン全体の再編成と拡大のための資金提供
  • 競争力維持のための次世代クリーンテクノロジーを確立

十分な投資、十分野心的な目標ではないだろうか? どこが不満なのだろう。

2030年、EV新車販売台数50%は野心的か

指摘されているのは、目標設定として、「アメリカ全体で」とあること。プラグインハイブリッドがはいっていること。そして、法的拘束力がないことだ。

一つ目の「アメリカ全体」での目標ということは、EV販売を伸ばし続けているテスラももちろん入る。ほかの自動車メーカーはその分余裕ができ、自社販売が決して5割まで行かなくても全体目標だから達成できるだろうということになる。つまり、メーカーの目標設定は低くなる。


米CleanTechnicaより 2021年第1四半期に売れたEV

バイデン政権の発表と同時に出したフォード、GM、ステランティスの共同リリースでは、2030年に40%から50%を目指すという。BMW、ホンダ、フォルクスワーゲン、ボルボの共同リリースでも、40〜50%の電気自動車を目指すとしている。(GMは単独では、2035年までに米国でのガソリン車の新車販売を終了することを目指し、プラグインハイブリッド車ではなく完全な電気自動車にフォーカスしているとコメント)。

プラグインハイブリッドに関しては、トヨタが胸をなで下ろしているだろう。トヨタは「環境にとって素晴らしいもので、私たちの役割を果たす」とコメントを出している。トヨタはまだプラグインハイブリッドの世界にいる。同社は2022年までBEVの市場投入の予定はなく、燃料電池車はまだ本格的なデビューを果たしているとは言えない。2025年にアメリカでのEV販売4割を目指す。

そして、いまだにアメリカで一番売れている「電気自動車」はプラグインハイブリッドだ。ヒュンダイのハイブリッドも売れているという。

そして3つ目。法的拘束力がない、つまり、義務化ではなく目標でしかないことだ。消費者へのインセンティブといくつかの州の義務化で全米の電動化は本当に進むのだろうか。欧州では2035年に内燃機関エンジンのある車の販売禁止の上に国境炭素税も提案されている。中国ではハイブリッド車は許されるが、ガソリン車販売は禁止事項となる。

今後、アメリカの「目標」は義務になり、罰則もつくのだろうか。アメリカの政府高官は「これは自動車メーカーを電動化に向かわせる市場の"シグナル"」だとフィナンシャル・タイムズに紙にコメントしている。

2030年でも新車のうち5割はガソリンとディーゼル、2035年には?

これらが何を意味するかというと、この2030年50%電動化という目標は非常に低いものであり、達成は容易かもしれず、しかもメーカーの販売目標は4割でもいいと思っている、ということにならないだろうか。

仮に目標の50%が達成したとしよう。それでも残り50%はガソリン車やディーゼル車になる。アメリカの自動車保有年数は、2017年の調査によると7.3年と、過去最長になっている。では、2035年の新車販売台数のうち、また、市中を走っているクリーンカーは全体の何割になっているだろう。さらにいえばそのうちの何割かは(内燃機関を持つ)プラグインハイブリッドでもある。

一方で、ヨーロッパは(そしてアメリカのカリフォルニア州だけは)2035年には100%クリーンカーだ。中国では半分がハイブリッド、残りは電動自動車(正確には新エネルギー車)になるという。

2020年のアメリカの新車販売台数のうち、電気自動車の割合は29万7,939台で2%。これを9年間で50%に引き上げるのは国内事情を見れば野心的かもしれないが、「世界のリーダー」というのはちょっといいすぎではないか、という報道はアメリカ国内でも見られる。

9年間で2%から50%への引き上げがなされても、その後5年間で50%から100%はさらに難しいのではないか。

環境基準は改善されているが

バイデンEVプランのもう一つの柱が環境基準の厳格化だ。この話はオバマ政権時代に遡る。オバマ政権は新車の平均燃費規制を年5%改善するよう求めていたが、トランプ政権は年1.5%に引き下げていた。それを今回のバイデン政権では2023年モデルでは前年比10%、2024年から2026年まではそれぞれ約5%改善するように求めている。これは米環境保護局と米国道路交通安全局による規制であり、電動車の「目標」よりも厳格なものだ。

ファクトシートによると、このプログラムで約2,000億ガロンのガソリンが節約され、約20億トンの二酸化炭素の削減が試算されている。メーカーにとっては約1,400億ドルの純利益をもたらし、消費者にとっては、燃料の節約により自動車の寿命期間中に最大900ドルの純利益が得られることになるとしている。もちろん、これはとてもよい改善であることは間違いない。

規制のゆるかったトランプ時代をどう考えるかが問題だ。そしてもちろん、トランプが一人で削減目標を変えたわけではない。オバマ時代の規制がきつすぎると自動車メーカーがトランプ政権に働きかけてこの規制は緩くなったのだ。その後の絞め直しに自動車メーカー各社はどう見ているのだろうか。

前述の通り、2022年モデルと2023年モデルとの間に10%の燃費向上が必要であり、その後も毎年燃費の改善が必要となるが、この先細ることが、ある意味では自明のエンジンの燃費開発にどれだけ投資できるか、その判断も問われるだろう。

イベントにテスラが招かれていない意味

8月5日、ホワイトハウスでは今回の大統領署名を祝うイベントがおこなわれた。招待されたのはフォード、GM、ステランティスの幹部たち。そこにテスラのイーロンマスクの姿はなかった。

イーロンマスクのTwitterによると招待もされていないらしい。「Yeah, seems odd that Tesla wasn't invited」とかれはツイートしている。

イーロンマスクのTwitterでの反応

前述のように、テスラは世界で最も成功しているEVのメーカーであるだけではなく、現在のアメリカでのEV売り上げのほとんどを占めている。EV、電気自動車関連の大統領署名のイベントには主役級にピッタリではないか。

確かに、テスラの売り上げにはバイデンのEVプランによるブースターは必要ないかもしれない。しかし、当たり前だが理由は別にある。テスラはUAW(全米自動車労働組合)に加入していないのだ。そしてもちろん、UAWの会長はイベントに招待され、さらに長文のコメントを寄せている。

UAWは1979年のピーク時には150万人の組合員がいたが減少が進み、現在は39万人以上の現役組合員と、58万人以上の退職者がいる。

フォード、GM、ステランティスは前述の共同声明でUAWへ協力を呼びかけている。「UAWが我々(雇用側)とともに労働力を変革し、このジャーニー(旅程)に協力してくれれば、電気自動車の革新と製造を通じて、クリーンな輸送技術におけるアメリカの継続的なリーダーシップを強化できると信じています」。

一方、UAWの声明はこう応える。「UAWは、各社が電気自動車に関して自主的な約束をしていることに注目していますが、UAWが重視するのは、厳しい期限や割合ではなく、アメリカの中産階級の心と魂を支えてきた賃金と福利厚生を維持することです。(略)今日、私たちは大統領とともに、電気自動車の成長だけでなく、良質な賃金と福利厚生、交渉権を備えた国内生産の能力を高めるという大統領の野心を支持し、労働者と国の将来のためにこの機会をつかむよう議会に働きかけます」。

ホワイトハウスのファクトシートをみてみよう。「バイデン大統領の『Build Back Better Agenda』と『Bipartisan Infrastructure Deal』は、国内で高収入の組合員の雇用を増やし、世界の電気自動車をリードし、米国の消費者のコストを削減するために必要なインフラ、製造、インセンティブに投資するものです」。

つまり、今回のEVプランはアメリカの自動車労働組合とその加盟組員へ向けたものであり、「労働者、雇用の転換が訪れるけれども、心配はしないでいいよ」というメッセージなのだ。

これは、バイデン政権から組合へのメッセージ

EV、電動車への転換については、労働力の転換が重要な問題とされていた。曰く、EVは部品点数が少ないため、雇用が奪われる。これまでのエンジン開発のノウハウが活かせないのでサプライヤーの淘汰もされるなどなど。

そこでEnergyShiftで以前お伝えした、欧州の自動車業界の雇用転換の研究について再度紹介したい。

ドイツの政府諮問機関NPMは2020年初頭にEVへの急速な移行をおこなった場合は自動車産業で40万人の雇用が失われる可能性を報告したが、ドイツ自動車工業会はこれを強く否定。非現実的で極端であるとのこと。BCGの調査では電気自動車と内燃機関(エンジン)搭載車では製造に係る人員、作業量ともに差がないことが判明。

フラウンホーファーの調査では現在のVWの計画では、従来型車両と電気自動車では世界予測よりも雇用の減少幅は大幅に少ない(12%の減少)としている。サプライヤーの部品の製造に関しては減少するが、雇用の創出と改善、削減が複雑に絡み合うと指摘。別の研究では逆に、電気自動車への転換は雇用が増加する可能性も指摘されている。

つまり、巷間いわれていたよりも、自動車産業への転換で雇用はそれほど奪われないという研究結果が出ている。

それは、EVへの変化でエンジンだけが変わるからではなく、たとえばコネクテッドが変化したり、自動運転(もしくはより先進的な運転サポート)が同時に進化しているためでもある。

しかしというか、なんというか、やはり労働者側、組合側の懸念は強い。そこに対してのメッセージとして今回のEVプランがあったと考えれば、相対的に低い2030年EV50%目標や、オバマ時代よりは見劣りする燃費規制にも頷ける。

現在、民主党の議員からは新しい消費者インセンティブ(税制優遇)が提案されて審議入りしている。それは、電気自動車購入時の7,500ドルの基本優遇措置、アメリカ製の車両に対する2,500ドルの補助金。そして、労働組合員による車両はさらに2,500ドルの補助金というものだ(つまりテスラ製だと最後の2,500ドルの優遇はない。トヨタもホンダも非組合なのでこの措置には反対している)。

これは強い組合があってバイデンもたいへんだよね、という話しではない。どちらかというと、組合の論理も(もちろん選挙も)考慮した上での苦肉の策としてのEVプランであると理解したほうがいいだろう。

UAWのEVプランへのTwitterでの反応

今回のバイデンのEVプランへは「弱腰」との批判もある。CleanTechnicaは、「2025年BEV50%、または2030年BEV100%でないと野心的とは言えない」というコメントを紹介している。確かにそうかもしれない。

それにはトランプ時代の4年間の遅れも大きく影響しているのだろう。前述の通り、いまのアメリカでの電動車は新車販売台数の2%。ノルウェー75%、スウェーデン32%は別として、フランス13.5%、英国11%、中国6%に比べても大幅な周回遅れだ。

気候変動はもちろん大事。でも、労働者の雇用も大事。欧州とは違う産業構造であるアメリカでの、バイデン政権のEV転換の(今のところの)精いっぱいなのかもしれない。(ただ、常套句ではあるが米国のリーダーシップ、は確かに言い過ぎかもしれない)


Ford Mustang Mach-Eは「UAW-Union Build」。

日本の自動車の雇用ではどうなるのか

日本政府が今年まとめた「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、2030年代半ばには新車販売台数の100%を電動車にする目標だ。

「ガソリン車禁止」ばかりがいわれるが、ご存知の通り、この「電動車」にはプラグインハイブリッドだけではなく、ハイブリッド車を入れている。欧州、米国、中国、どこも電動車の括りにハイブリッド車ははいっていない。欧州では内燃機関(エンジン)のない車、という表現なので、プラグインハイブリッドも近い将来入らなくなるかもしれない。ハイブリッドの温存が雇用に影響を落とすことになるのだろうか。

日本の自動車の労働組合である自動車総連は、カーボンニュートラルに理解は示しつつ、「公平な移行」を求めている*。

そして8月24日、経済産業省と環境省がとりまとめた、国連提出を目的とした文書「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」には「労働力の公平な移行」がはじめて明記された。この文書はまだ案に過ぎなく、制度などが検討されるのはこれからになるが、エネルギーシフトの課題として雇用問題が認識されたことの意味は大きい。労働者側と企業、政府の対話と、これからの具体的な制度作りを注視したい。

8月半ばからのアメリカ・バイデン政権によるアフガニスタン撤退の問題は、バイデン政権の求心力に影を落としかけている。今回のEVプランは国内労働者向けの端緒であり、EV普及に必須の充電所の拡充などを含むインフラプランの下院採決は9月末とみられている。

*2021年4月 グリーン成長戦略などに対する自動車総連スタンス 資料

小森岳史
小森岳史

EnergyShift編集部 気候変動、環境活動、サステナビリティ、科学技術等を担当。