気候変動をもたらす温室効果ガスはCO2だけではない。天然ガスの主成分でもあるメタン(CH4)は、CO2のおよそ80倍の温室効果がある。ガス田やパイプライン、石油精製設備などから漏洩するメタンを削減することも、気候変動対策として重要だ。Bluefieldは、人工衛星に搭載したセンサーを通じてメタンの漏洩などを察知する事業を展開するニューヨークのスタートアップ企業である。Bluefield CEOのYotam Ariel氏に、同社のミッションや日本への期待などについて話をおうかがいした。
地球温暖化の原因の4分の1はメタン
―メタン漏洩が、全世界でどのくらいの規模で発生しているのか、教えてください。また、このことが、気候変動に与える影響は、温室効果ガス全体の何%に相当することなのでしょうか。
Yotam Ariel氏:国際エネルギー機関(IEA)によれば、毎年約5億7,000万トンのメタン漏洩(排出)が地球全体で起こっているとされています。このうち、自然現象の中で発生する漏洩が40%、人間活動の中で排出・漏洩される人為的なものが60%です。後者では、農業とエネルギー業界からの排出が主要原因となっています。
20年間での地球温暖化係数では、メタン(CH4)は二酸化炭素(CO2)に比べおよそ80倍(1分子当たり)と高く、地球温暖化の原因の25%相当となっていることが分かっています。
―Bluefieldを設立された経緯を教えてください。また、主な出資者についても、教えてください。
Ariel氏:私は発展途上国を2年ほどに亘り旅したことがあります。そこで目にしたものは、気候変動がすでに貧しい国々に与えているひどい状況でした。
私はクリーンエネルギー会社を立ち上げ、アフリカ15ヶ国の計6万人に電力を供給する事業を行いました。しかし、6万人というのは地球上の電力を必要としている人口に対して少なすぎる数です。
その後、NASA(アメリカ航空宇宙局)のアドバイザーから、「もしかすると温室効果ガスセンサーを小型サテライト(人工衛星)に搭載できるかもしれない」という話を聞いた際に、私自身、元海軍センサー部隊での経験もあり、これを事業化すべきだと思いました。Bluefieldを立ち上げ、世界中の重大な排出すべてを、正確に毎日追跡しようと思ったのです。
Bluefieldの設立にあたって、NASAやJAXA(宇宙航空研究開発機構)において複数のサテライトセンサー配備ミッション経験がある、リシャー・ラシャンス博士(Dr. Richard Lachance)と事業パートナーとなれたことは幸運でした。
また、元宇宙飛行士であり国際宇宙ステーション(ISS)司令官経験を持つクリス・ハドフィールド(Chris Hadfield)をはじめとする素晴らしいアドバイザーを持つこともBluefieldの強みです。
Bluefieldは彼らのような世界最高峰のサイエンティスト、エンジニアに支えられて今日に至ります。
出資者についてもお話ししましょう。2017年設立以来、BluefieldはAppleやGoogleなどの類稀なイノベーションを提供するスタートアップに投資してきたセコイア・キャピタルや、ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾスなどが後援し世界規模の課題を解決するテクノロジーへ出資をするVillage Globalからの投資をBluefieldは受けています。
20mグリッドで、人工衛星からメタン漏洩をキャッチする
―メタン漏洩をどのような方法で確認しているのでしょうか。技術的なことについて、教えてください。
Ariel氏:メタン排出を地球規模で的確に検出するために、ふたつの技術を開発しています。
ひとつ目の特長はサテライトベースで世界中の温室効果ガス排出をモニタリングできる光学センサー技術及び設備を開発したことです。これはハードウェアの部分です。
そしてふたつ目は、上述段階で得た情報を集約し、クライアントが自社プラントや競合他社プラントなどの排出情報に随時アクセスすることが可能になる、機械アルゴリズムで強化されたデータ解析プラットフォームを開発しています。これはソフトウェアの部分になります。
Bluefieldの技術では、サテライトがISSよりも200km高い軌道を回り、地上では20mピクセル幅でのピンポイント検出が可能となります。
Bluefield社提供―メタン漏洩削減にあたって、クライアントにどのようなサービスを提供するのでしょうか。技術的なことについて、教えてください。
Ariel氏:クライアントへは排出データ解析とアラート機能を提供することで、今、どの場所で、どれだけの漏洩(排出)が起こっているのかを可視化するツールをご利用いただけます。これにより、クライアントは排出をタイムリーかつ効率的に止めることが可能になります。膨大なこれらのデータとそれを利用可能な形式で提供できるのは、当社所有サテライトセンサー技術と、機械バージョンアルゴリズムによってのみ可能です。
これは一方で、例えばエネルギー事業者が彼らのプラントで排出に迅速な対応をして排出量削減に貢献するだけではなく、すべてのステークホルダー、すなわち投資家、株主、政府、地方自治体ひいては自社の社会的責任に敏感なクライアントで働く社員にも、その取り組み努力をデータというエビデンスで証明することが可能にもなります。
他方、当社技術は政府などの公的機関が直接的に活用しており、どの分野のどの事業者がどれだけの排出をしていて、それに対しどれだけの努力を行っているかを数値化し評価することにも役立ちます。
OGCI(Oil and Gas Climate Initiative)会長で元BP社長のバブ・ダドリー(Bub Dudley)は、「すぐに、サテライトモニタリング技術の進歩により誰もが漏洩を隠せなくなるだろう」と発言しています。その中でBluefieldは世界で最も正確なモニタリングシステムを提供します。
―クライアントの関心は、どのくらい高いのでしょうか。お客様の反応について、教えてください。
Ariel氏:米国同様、日本市場からもとても良い反応をいただいていますが、これは想定の範囲です。というのも、今日、温室効果ガス排出量の削減は、事業者にとってはすでに「関心」ではなく、「必要」となっているからです。
例として、石油・ガスというエネルギー事業では銀行からの投資が重要な資金調達元となりますが、三菱UFJ、三井住友、みずほといったメガバンク系はすべてCDPが求める環境情報開示要求への署名企業です。これは日本に限らず、各国の主要金融機関はほぼ署名しており、非常に強い強制力をもち、Responsible investmentなどとも呼ばれ、持続的社会へ向けた投資を促すスキームとなっています。
現在では環境情報公開は企業ストラテジーの最重要項目になっているのです。
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欧州ではEuropean Green Deal(欧州グリーンディール)の骨子として、2050年までに欧州をカーボンニュートラルにすることを掲げています。この目標を実現するため、欧州石油メジャー(BP、Total、Shell)はより具体的、かつ実効力のある措置をとるよう迫られています。それを受けて彼らは赤外線カメラを設置し、ドローンを飛ばすなどの努力をするのです。
問題はこれらの措置は費用対効果が極めて悪く、かつ敷地内への許可が必要なため、第三者機関による公平かつ適切なデータ把握ができないことです。Bluefieldの技術はこれらすべての課題を解決しています。
2022年にはアマゾン熱帯雨林規模の温室効果ガスを削減可能に
―ロードマップについて、教えてください。また、将来の売り上げ規模、メタンなど温室効果ガスの削減目標についても教えてください。
Ariel氏:2017年の設立以来、Bluefieldの技術は継続的に向上してきています。2020年は当社所有アルゴリズムで強化されたサテライトベースメタン排出データの提供を開始しました。
来年はより多くの温室効果ガスを検出する能力を強化する年になり、2022年には当社サテライトの打ち上げを予定しており、その後はサテライトの数を増やし、より迅速に的確に排出を検出できるようになります。この時点での温室効果ガス削減量は、アマゾンの森林と同等規模になると試算しています。
Bluefield社提供―気候変動問題に対する関心は、近年、フランスをはじめとする欧州でどのように変化してきたでしょうか。パリでの夏の気温が異常に高かったことなどの経験もお聞かせください。
Ariel氏:2020年は、ランドマークイベントとなったCOP21でパリ協定が採択されてから5年目にあたります。
2015年当時、私たちはメディアなどで地球温暖化と言われても、それがどれくらい現実のものなのかが理解できなかったように思います。しかし、過ごしやすさで知られていたパリの夏が、ここ数年連日40℃を超すことになると、いよいよ現実としてわが身に迫ってくることになります。
現在、環境問題を解決に導いているのはEUです。EUは27のメンバー国家からなるため、異なった利害関係の国々で、お互いにモニタリングする力が政治面で働くため、このようなイニシアティブが機能しやすいのが特徴です。
また、多くが民間組織から立ち上がり、現在もドイツ銀行、イケア、ユニリーバ他主要企業が2030年の温室効果ガス削減率55%を叶えるため、一丸となり法的措置を強化するように声を上げ続けました。その風潮をCOVID-19が市民レベルにまで浸透させた感があります。
特にフランスでは、マクロン政権がこれまで「Tech for good」のスローガンのもと、テクノロジー立国政策と共に社会のデジタル化に膨大な投資を続けてきており、戦後から続いた社会的パラダイムを変える準備が整っていたように思います。
オピニオンリーダー、消費者、企業、政府の足並みがそろった今、気候変動はいよいよ誰にとっても無視できないトピックとなりました。EUでは加盟国同士が刺激し合い、競い合い、世界のGreen Recoveryを牽引しています。市民の声が政策に届きやすいEUでは、産業ロビイストからの妨害も力なく、変わるように言われれば、変わるしかありません。それがEUの強さです。
エネルギー輸入大国の日本だからこそ、世界の牽引役を期待している
―日本にも石油精製工場や化学工場などがあります。日本市場にはどのような期待をされているのでしょうか。また、どのようなアプローチを考えているのでしょうか。
Ariel氏:日本の「眠らない都市エリア」は、膨大なエネルギーの消費で成り立っています。
石油とガスは日本のエネルギー供給源の6割を占め、日本は石油で世界第4位、天然ガスでは世界第5位の輸入大国です。もし菅新政権が謳うように日本社会のデジタル化が加速する場合、それは電力消費を加速することとなり、ひいては主要電力供給原料である石油・ガスの一層の需要が生じます。
日本市場には石油・ガスメジャーがありますが、さらにそこに携わる非常に高い技術を備えた中間事業者、例えばプラントエンジニアリング企業や、サブコンストラクター、さらには温室効果ガスモニタリング技術での実績がある企業が存在します。
また、日本は小泉環境大臣のもと、官民共同で世界のポストコロナリカバリーをリードすることについて精力的です。
同時に、再び日本が世界経済をリードする立場になるためには、より強力なテクノロジー企業や、アイデアを引き付ける「魅力ある国家」となる必要があることは明らかです。
米国や欧州よりも、世界の精鋭が集まってくるような国に日本が進化することを私たちは期待します。同時にそれを実現するには、より積極的に新しい技術や異なった文化へ投資し、日本のスタンダードから飛び出した舞台で世の中を動かしていくようなマインドが必要でしょう。
Bluefieldは、500社を超える日本のリーディング企業からなる、気候変動イニシアティブ(JCI)のメンバーでもあります。私たちは世界の中での日本経済を、行動でリードしていく彼らのような情熱に満ちた企業と、国際市場で共に成長していくことを期待しています。
私たちの技術は強力なツールをそのような企業に供与し、これからの時代に世界で勝つための競争優位性を提供できると確信しています。
SDGsの課題解決の技術はある。投資の流れを変えることが重要だ
―日本の場合、田んぼからの(土壌)メタン排出も少なくありません。農業分野でのメタンの排出削減の方法というのはあるのでしょうか。
Ariel氏:多くのデータにより世界のメタン排出の10%は稲作に起因していることが分かっています。これは温室効果ガス全体の2.5%に値します。
もし家畜が排出するメタンを抑制するならば、ビーガンになるのはもっとも簡単な解決策かもしれませんが、稲作に関しては世界人口の約半数の主穀物となっているのでそうはいかないでしょう。
この解決策があるならば、いずれの解決策もBluefield一社のみによって解決されることはなく、それは複数の解決策の組み合わせにより叶えられます。
地球温暖化は複合的要素による現象です。この解決には私たちは複数のテクノロジーを組み合わせ、共同作業をする必要があり、それはバイオテクノロジーがメタン排出のない稲を開発することかもしれませんし、スマートファーミングが空中に散るメタンを吸収する設備を整えることかもしれません。このように複数のテクノロジーを組み合わせることで、今日、地球的課題を解決する技術力は十分に整っています。
そこでまず大切なのは、共に技術を合わせ課題解決に真に挑むマインドです。 そして、次に大切なのは、それらの技術に活力を与えられる、「invest for good(良いことへ投資をする)」という流れであり、「責任あるファイナンス(Responsible finances)」とも呼ばれる投資の向かう方向を変えることです。
繰り返しになりますが、SDGsが掲げるような課題を解決する技術は十分に整っているのです。
私たちに必要なのは、先日のWorld Economic Forumのレポートにもあったような、より地球環境のために有益で、これからの世代に持続的な社会を整えることを目的とした、投資の流れを確立することだと思います。
国、民間企業、金融が力を合わせてパリ協定・1.5℃未満の実現へ
―最後に、あらためて、パリ協定についておうかがいします。2℃目標でいいのか、1.5℃目標にすべきなのか、どちらでしょうか。また、政府間交渉はなかなか進まない一方、民間の動きは活発です。パリ協定の目標を達成するためには、私たちに何が必要なのでしょうか。
Ariel氏:1.5℃上昇以内を目指すべきです。
先ほどのIEAのデータを基にすると、ガス・オイルからのメタン漏洩のみを抑えるだけで2℃目標の45%に値する、67億トン以上のCO2同等メタンが削減され、そして当社の技術を活用することでエネルギー事業者はそれを行うことが現在では可能なのです。
国連環境計画 UNEPの2019年11月レポートによると、産業革命以前より1.5℃上昇未満に抑えるのであればCO2換算で排出量の削減幅は320億トン、年間ベースの削減率は7.6%必要とあります。
パリ協定での目標を達成するためには、まずは俯瞰し、地球全体規模での温室効果ガス排出の現状を的確に把握する必要があり、その設備・能力を国際社会に備える必要があります。その次に課題が明確に特定できたならば、強制力を持った取り組みを恐れずに行うべきです。その役割は、国家だけではなく、その技術を持った企業、そしてそのような企業に投資をする金融機関も同等に担っていることを私たちは認識する必要があるのではないでしょうか。
参照
- IEA”Methane Tracker 2020”2020.3
- EnergyShift 「投資家は気候変動にマジだ」
- Corporate Leaders Groups “Over 170 business and investor CEOs urge the EU to raise EU 2030 GHG emissions targets to at least 55 per cent”
- World Economic Forum “Measuring Stakeholder Capitalism: Towards Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creation“(2020.9.22)
- UNEP “Emissions Gap Report 2019” 2019.11.26