メガソーラーが争点となった富士見町長選挙 原村からの便り | EnergyShift

脱炭素を面白く

EnergyShift(エナジーシフト)
EnergyShift(エナジーシフト)

メガソーラーが争点となった富士見町長選挙 原村からの便り

メガソーラーが争点となった富士見町長選挙 原村からの便り

2021年08月29日

2021年8月8日、長野県富士見町で8年ぶりとなる町長選挙が行われた。大きな争点となったのは、メガソーラー問題だった。選挙結果は現職の勝利だったが、選挙戦の過程で対立候補が主張する「太陽光条例の見直し」などの政策を取り入れた主張となってきた。住民側に立った「環境に配慮した再エネ開発」など、政策を戦わせることの重要性が示されたといえるだろう。千葉商科大学名誉教授の鮎川ゆりか氏が報告する。

原村からの便り 7

町長としての実績vs環境省の自治体政策実践

この夏、諏訪郡は政治に沸いた。長野県で最も東京に近い、山梨県と隣り合っている富士見町で、町長選挙が行われたからだ。長野県の小さな町村などでは無投票当選となる首長が多いなか、富士見町では8年ぶりとなる選挙戦が闘われたのである。告示は8月3日、投開票は8月8日であった。

現職の名取重治氏は1期目であり、当然2期目もやるだろう見られており、無風状態だった中、元長野県副知事経験者で、3月に長年勤めてきた環境省の役職を辞したばかりの中島恵理氏が立候補を宣言した。名取氏70歳に対し、中島氏48歳という若さだ。


中島恵理氏

中島氏は環境省で培ってきた「地域循環共生圏」の実践を富士見町で行いたいと考えて立候補した。日本各地の小さな自治体での成功事例を研究し、富士見町で応用できる施策をいっぱい掲げた。一方、挑戦を受ける側の現職である名取氏は、実績を強みに、その成果をさらに追及したいと訴えた。

対立候補が出たために、今回の選挙では、今までなかった政策論争が大いに起き、人々の関心を高め、富士見町への期待感が盛り上がった。中でもこの町が抱える大きな問題の一つである、富士見町に次々と降って沸くメガソーラー事業が、住民にとって最大の関心事だったと言えよう。

実際に住民側から両候補に対し、公開質問状が5つも出されたが、その中にメガソーラー問題だけを取り上げたものが3つもあったことに、関心の大きさがよく現れている。筆者が選挙事務所に来られる方々から話を聞くと、中島候補が町長になれば、自分の家周辺を脅かすソーラー事業を撤退させることができる、誰もがそう信じていた。

では、住民はメガソーラーにどんな懸念を持っていたのだろうか。

公開質問状の質問項目は、以下のような内容となっている。

  1. 水源涵養林を伐採して太陽光発電設備などを建設することについて。
  2. 水源地を守るために森林を購入し保護することを考えているか。
  3. 富士見町の太陽光条例を今後改正して厳しくするか。
  4. 反対署名や区反対決議の重みと役割について。
  5. 太陽光発電計画に住民が反対するときに開発をストップさせる方策について。
  6. 太陽光発電事業が終了後、悪徳業者にその土地を売られる可能性もあるが、それについての考え。
  7. 環境に配慮した再生可能エネルギーの推進について。

などである。

序盤では具体的な解決策を示さなかった現職

公開質問状に対して、現職の名取氏は最初は受け身だった。回答では、「町として可能な施策を研究する」「町独自の条例対応についても研究する」「必要な措置は検討する」「申請書類や申請内容に不十分な箇所があれば、事業者へは必要な措置を行う」「慎重に対応していきたい」などの言葉が並び、具体的な解決策の案は提示されていない。

また問題のある事業をストップさせる方法については、「事業者にも財産権や営業の自由といった憲法上・私法上の権利があるので、最初から開発をストップさせると決めつけた方策を取ることはできない」と答え、さらに「環境に配慮した再生可能エネルギーの推進」に対しては、「現時点で具体的な政策はない」と答えている。

これに対し、中島氏の回答は、「住民のみなさまの意見や懸念に寄り添い」という言葉が何回も出てきて、具体的には住民の懸念事項に対応するための「環境保全や災害防止の専門家の公開委員会を設置し、科学的な根拠等に基づき対応することが重要」「事業者の住民、関係区への説明義務の範囲の拡大」「一定規模以上のメガソーラー事業について、事業者側に環境・社会影響評価の義務付け」などを対策として挙げている。

既存の太陽光条例は改正し、「太陽光発電禁止区域の拡大および抑制区域の設定」「設置基準について、より詳細な許可基準を追加」として、条例改正を全面的に打ち出している。

また町や住民にとって重要な森林を売買することの背景には、高齢化等により森林の保全・整備が森林所有者にとって負担になっていることがあるので、所有者の負担を軽減しながら森林の利活用を進めていくことを考える「集落・農村・里山ビジョンづくり」を提案している。

さらに住民にとって重要な森林や文化的・歴史的資源を保全するためには、(住民の寄付を募って土地を取得して保全する)トラスト活動も検討する、としている。


写真:中島えり後援会提供

副知事時代に直面した霧ヶ峰メガソーラー事業問題の経験

中島氏は、非常に具体的な政策をあげているが、これらは、長野県副知事時代に直面した霧ヶ峰メガソーラー事業に対し、全国で初めてメガソーラーを環境影響評価の対象とする条例改正を行い、環境影響評価のプロセスを歩ませた経験が生きている。

県の技術委員会は県の専門家が中心で、住民とも距離が近く、住民の懸念を反映した要求を事業者に突き付け、それらに応えられなくなった事業者が、撤退したのである。

「環境に配慮した再生可能エネルギーの推進について」については、「住宅や建築物への太陽光発電の設置、災害防止、自然環境・景観保全上支障のない場所での太陽光発電の設置、農業用水路等の小水力発電、里山の適切な管理による薪、チップ等を通じた小規模のバイオマスエネルギー利用など、環境保全型でかつ地域の経済活動にメリットを生じさせるような事業の立ち上げを、国の補助金も活用しながら支援していく」と答えている。

民意を反映させるという選挙の役割

このように、アイディア満載の中島氏は、住民に身近な行政がどんなに大事かを思い出させ、選挙への関心を高め、その結果、投票率は68.79%と8年前の町長選挙のときより高くなった。しかし残念なことに、組織票を持つ現職は強かった。中島氏は支持者をどんどん広げる「勝手連」方式の選挙運動を展開し、頑張ったが、力及ばずで、有権者数11,932人のうち3,646票をとったにもかかわらず、名取氏の得票数はそれを上回る4,500票となった。

しかし名取氏は選挙戦を通じて、中島氏の政策をどんどん取り入れるようになり、最終的に当選翌日には「太陽光条例を見直す」という抱負を語っている。これはつまり実質的に、中島氏が求めていたことを実現させるかもしれないということだ。こうしたことこそが選挙戦を闘った成果ではないだろうか。

そして最大の波及効果は、8月11日に原村の反対側の隣町である茅野市が、土砂災害や景観を損なう可能性のある区域に一定規模の太陽光発電設備を設置しないようにする「抑制区域」を設けるよう、市生活環境保全条例を改正する方針を市議会全員協議会で示したことだ。これはまさに中島氏が唱えていたこと。今後のこの地域でのメガソーラー問題をめぐる展開、そして各自治体の首長選に、さらに中島氏の今後の動きに注目していきたい。

参考文献 アンケート出典
太陽光発電を考える会(https://fujimiwalk.com/pg368.html
大泉・小泉水源を守る会(https://suigenmamoru.wixsite.com/mamoru
富士見町市民フォーラム(https://copperdesk85.wixsite.com/heartontec/fujimiforum
日本共産党富士見町委員会:原文は入手できず、まとめたものを印刷したものを参考
境ソーラー連絡会:富士見町内での新聞折込のみ

ヘッダ写真:Σ64, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

鮎川ゆりか
鮎川ゆりか

千葉商科大学名誉教授 CUCエネルギー株式会社 取締役 1971年上智大学外国語学部英語学科卒。1996年ハーバード大学院環境公共政策学修士修了。原子力資料情報室の国際担当(1988~1995年)。WWF(世界自然保護基金) 気候変動担当/特別顧問(1997~2008年)。国連気候変動枠組み条約国際交渉、国内政策、自然エネルギーの導入施策活動を展開。2008年G8サミットNGOフォーラム副代表。衆参両議院の環境委員会等で参考人意見陳述。環境省の中央環境審議会「施策総合企画小委員会」等委員、「グリーン電力認証機構」委員、千葉県市川市環境審議会会長を歴任。2010年4月~2018年3月まで千葉商科大学、政策情報学部教授。同大学にて2017年4月より学長プロジェクト「環境・エネルギー」リーダーとして「自然エネルギー100%大学」を推進し、電気の100%自然エネルギーは達成。2019年9月より原村の有志による「自立する美しい村研究会」代表。 『e-コンパクトシティが地球を救う』(日本評論社2012年)、『これからの環境エネルギー 未来は地域で完結する小規模分散型社会』(三和書籍 2015年)など著書多数。

気候変動の最新記事