国境炭素税とは オーガニックワインとの共通点って? 脱炭素×オーガニック | EnergyShift

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国境炭素税とは オーガニックワインとの共通点って? 脱炭素×オーガニック

国境炭素税とは オーガニックワインとの共通点って? 脱炭素×オーガニック

YouTube番組「エナシフTV」のコメンテーターをつとめるもとさんが、番組では伝えられなかったことをお話しします。今回は、にわかに話題となってきた国境炭素税(炭素関税・国境炭素調整)とオーガニックワインは、20年前に仕込まれた関係にあるという話です。 

エナシフTVスタジオから(4)

国境炭素税って何?

最近になって、国境炭素税や国境炭素措置といった言葉をよく聞くようになりました。

これはどういうものかというと、炭素税や排出権取引といった、いわゆる「カーボンプライシング」の制度を取り入れている国が、制度がない国から輸入するときに、輸入元で出したCO2に対応した「炭素税」を徴収するというしくみです。

まだ、どこの国も導入していませんが、EUは導入する方向で提案をまとめつつありますし、米国のバイデン政権も選挙公約で導入を提案していました。輸入するときに徴収する税なので、炭素関税ともいわれています。

どうして国境炭素税が検討されるのでしょうか。

例えば、同じ鉄鋼をA国とB国でつくったとします。A国には排出権取引制度がありますが、B国にはありません。したがって、A国でつくった鉄鋼の方が、排出権の分だけコストがよけいにかかることになります。

そうすると、A国では自国で製造された鉄鋼よりもB国から輸入した方が安くなります。そのため、A国の製鉄会社は競争力を失います

しかしそれだけではありません。

A国は排出権のコストを下げるために、CO2排出量を削減する努力をしたにもかかわらず、B国の鉄鋼が増えてしまうため、B国でCO2が出されてしまうことになります(このように、自国でCO2を減らしても、その分だけ他の国でCO2が排出されることを、炭素リーケージといいます)。

そこで、A国はB国から輸入する鉄鋼に国境炭素税をかけることで、鉄鋼会社の競争力を調整します。つまり、A国の鉄鋼会社を守るということになります。

これが、国境炭素税のしくみです。

オーガニックとWTOルール

でも、WTO(世界貿易機関)のルールでは、同じ製品であれば、貿易で差別してはいけない、ということになっています。自分の国の産業を守るために、不当に関税をかけてはいけない、ということです。

とはいえ、実際にはそれぞれの国が自国の事情に応じて関税を高くするため、輸出国がWTOに提訴することにもなるのです。あるいは、自国の産業を守るために補助金を使うということも不当だということになります。

鉄鋼についても、同じ製品であれば、A国が国境炭素税をかけるのは、公平性を欠き、不当である、とB国が提訴してもおかしくありません。しかし、WTOのルールでは、国境炭素税は認められることになるのです。

実は、同じことが農業でも起きています

日本では有機農産物のシェアはとても低いのですが、EUではそれなりのシェアをもっています。EUでは農地の7%が有機農産物に対応しています。また、有機農業の農地の半分以上は、スペイン、イタリア、フランス、ドイツで占められています(2019年)。

有機農業が盛んな理由の1つは、政府の補助金にあります。

EUに農産物を輸出しようとしている国にとって、EUの補助金を受けて生産している農産物との競争は、公平性を欠くのではないか。WTOルールであれば、そうした指摘がなされそうです。

でも、有機農業への補助金も、国境炭素税も、WTOルールに従いません。なぜなら、いずれも「地球環境を保全するためのもの」だからです。いや、WTOの方が環境保全より重要ではないのか? と思う人もいるでしょう。でも、グローバル経済においては、そうでもなかったということです。

実際には、EUは有機農業に対して補助金を支給することで、WTOから農業を守っている、ということが指摘できます。

EUの代表的な有機農産物といえばオーガニックワインです。イタリアでは南部の方がオーガニックワインの生産が盛んなのですが、それはイタリアでは南部の方が所得が低いため、補助金を得るために有機農業に取り組んでいる、という背景があります。それでも、よくできたオーガニックワインは、決して銘醸地のものでなくとも、個性豊かでやさしい味わいです。

2002年、ヨハネスブルグ・サミットで仕込まれた国境炭素税

話はおよそ20年前にさかのぼります。

2002年8月から9月にかけて、南アフリカのヨハネスブルグで、持続可能な開発に関する世界首脳会議、通称ヨハネスブルグ・サミット、別名リオ+10が開催されました。リオといえば、1992年の国連環境開発会議、通称地球サミットですね。その10年後の検証ということも含めた会議が、ヨハネスブルグ・サミットでした。

この会議は、比較的成果が乏しいといわれていますが、そうした中で、最後まで交渉が続いたのが、WTOと環境に関する国際条約との関係でした。

米国のように、WTOルールが優位であることを主張する国がある一方、一部の途上国は環境に関する国際条約はWTOルールに従わないとして反発しました。そして合意されたのは、「WTOルールが環境に関する国際条約に対して優位になるものではない」というものでした。

そこには、グローバル経済による気候変動や生物多様性の喪失、砂漠化、森林減少などの環境破壊、それ以上に生活の破壊を食い止めようという考えがありました。だからこそ、EUは農業を守るために補助金を支給することが可能になったというわけです。

このとき想定される環境に関する国際条約には、気候変動枠組み条約も含まれていました。というよりも、かなり念頭にあったのではないでしょうか。

ヨハネスブルグ・サミットは成果が乏しかったと書きましたが、その理由の1つは、京都議定書の発効が間に合わなかったことだからです。

そうした中で、このときの合意は、WTOルールによって気候変動が加速してしまうことに対し、それに対抗するしくみを入れておく、ということです。すなわち、このときに、当時からすでにEUなどで提案されていた国境炭素税の、将来における導入の可能性が仕込まれた、といえるのです。

日本がカーボンプライシングを検討しなきゃいけないわけ

国境炭素税の議論と平行して、日本でも炭素税や排出権取引といったカーボンプライシングに前向きな議論が増えてきました。というのも、このままカーボンプライシングのしくみを導入しなかったら、将来国境炭素税がかけられてしまうかもしれないからです。

EUはすでにEU―ETSという排出権取引制度を導入しています。実は中国もすでに導入しており、EUとのリンクも検討されています。米国も炭素税ないしは排出権取引の導入を検討しています。そうなると、日本も導入しないわけにはいかない、ということです。

そうそう、有機農業についても、日本はあまり進んでいません。多湿な気候で農薬を使わざるを得ない、という意見もありますが、本当のところ、どうなのでしょうか。それで生物多様性が守れるのかどうか、心配です。

それでも、日本でもお米や野菜をはじめ、オーガニックワインもオーガニック清酒もつくられています。個人的なおすすめは、栃木県の天鷹酒造、有機純米大吟醸です。オーガニックであることに妥協しない、とても凛としたお酒です。

ということで、また次回。

もとさん(本橋恵一)
もとさん(本橋恵一)

環境エネルギージャーナリスト エネルギー専門誌「エネルギーフォーラム」記者として、電力自由化、原子力、気候変動、再生可能エネルギー、エネルギー政策などを取材。 その後フリーランスとして活動した後、現在はEnergy Shift編集マネージャー。 著書に「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(秀和システム)など https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798064949.html

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