世界の有力企業と連携して、気候変動対策を進めている国際NPOのネットワークとして、We Mean Businessがある。CDPなど7つの国際NPOによって構成され、さまざまな団体とネットワークを持ち、1,000社以上が、We Mean Businessの行動にコミットしている。 2019年11月1日、We Mean BusinessのCEOであるナイジェル・トッピング氏が、自然エネルギー財団主催のメディアセミナーで記者を前に、世界の脱炭素に向けた動きを語る機会があった。世界経済はどこに向かうのか、日本企業と政府はどうすべきなのか、トッピング氏の講演をお伝えする。
70年代、日本は世界の20年先を行っていた
「私は若いころ、ラグビーをやっていました。ラグビーを通して学んだことは、100%コミットしていなければ、負けるし、怪我をするということです。これは経済にも国の競争力にもいえることです」この日は日本開催のラグビーワールドカップ決勝戦の直前、トッピング氏はこのように話を切り出した。
「私が産業界に入っていったのは、80年代でした。当時、私は日本の製造業を学ぶことからスタートしました。70年代に石油危機が起きましたが、日本企業はエネルギー効率を上げ、省エネにコミットすることで競争力を勝ち取りました。その後、世界中で日本車を見ることになります。当時、日本企業は世界の20年先を行っていました」。
続けて、石油危機後の日本の躍進を指摘。当時と比較して日本の、とりわけ日本政府が気候変動問題に対し、後ろ向きなことがもどかしいのだろう。
トッピング氏は、世界各国の有力企業が直面するゼロカーボンの背景には、いくつかのトレンドがあるという。
1つ目は、昨年(2018年)10月に公表された、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の1.5℃特別報告書だ。これによると2050年までに温室効果ガスの排出をネットゼロ*1にする必要があり、平均気温上昇が1.5℃を超えると人間にも経済にも大きなマイナスがあると指摘されている。
2つ目は、何百万人もの学生による草の根の大きな波だ。若い世代が、気候変動が進行する将来に、不安や怒りをかんじている。現行世代と比較して、アンフェアだ。
3つ目はテクノロジーによる低コスト化だ。蓄電池は17%も安くなり、再エネの競争力は石炭火力をしのいでいる。重工業でもゼロカーボンへの道がはっきりしてきた。
トッピング氏は「We Mean Businessに参画する1,000社以上の経済規模は、合計で20兆ドルを超えます」という。
- *1 実際に排出した温室効果ガス量から炭素貯蔵によるCO2の吸収量などを差し引きゼロにする、正味(Net)0にするという考え方。実質ゼロとも呼ばれる。
環境保全だけではなく、ビジネスへのコミットがポイント
「We Mean Businessが受け入れられているのは、以下の2点に強くコミットしている集団であるからです。第一に私たちが真剣に気候変動・環境保全に取り組んでいること。第二にこれがビジネスであること。企業に対しても政策の点でも、長期的目標が明確であることから、企業と政策立案者が互いに目標や施策を高めあい、野心的目標へと向かう好循環が生まれています」(トッピング氏)
We Mean Businessに限らず、近年の環境保全運動は、市民だけではなく、企業の積極的な関与が目立つようになってきた。トッピング氏によると、約700社がSBT(Science Based Target)に参入し、うち約100社が2030年のネットゼロを目指している。
「重工業を含め、多くの企業がネットゼロに移行しています。例えば、世界最大の海運会社マーズクラインがそうです。ダイムラーAGは2039年のゼロカーボンを目指していますし、流通ではアマゾンやウォルマート、セメント会社のデルミアやハイデルバーグ、食品会社のネスレなどです。日本では100社以上がSBTに加盟しており、大和ハウス工業やイオン、丸井、トヨタ自動車、本田技研工業、旭化成、日立製作所、ソニーなどが含まれます。RE100についても、全世界で200社以上、日本でも26社が参画しています」
企業だけではない。EUが2050年にはネットゼロ経済に移行予定としており、同様に65か国が何らかの取り組みをしている。米国カリフォルニア州のように国と比較しても世界で5番目か6番目の規模にあたる自治体をはじめ、ニューヨークやロンドンなど94都市も参画しているという。
一方、日本政府は高い野心にコミットしていない。日本企業にとって、政府がネットゼロ経済を推進することが、投資計画を立案しイノベーションを起こしていく、そして輸出機会につながっていくことになるにもかかわらず、である。
トッピング氏は、「日本政府がNDC(温室効果ガスの目標草案)を再提出するときには、野心的目標であることを期待しています」と話す。
日本が抱える気候変動政策の課題
トッピング氏は、日本の長期的な気候変動対策の計画には、3つの問題があるという。
第一に、石炭火力に投資したあと、CCS(二酸化炭素回収貯留)を導入すればいいという安易な考えがあること。
第二に、産業政策として80年代の成功体験から脱却できないこと。前述のように、当時は石油危機に対応して欧米より20年先に進んでいたが、そこから40年の変化に対応できていないという。「日本企業が今後変わらなければ、欧米や中国に遅れをとります。メルセデスベンツが2039年までにネットゼロにするのに対し、トヨタ自動車の動きは緩慢です。きちんとした産業政策がないと、みんな中国のEVに乗るようになるでしょう。かつて米国人が日本車に乗っていたように」という。
第三に、モラルと道徳心の欠如も指摘した。「日本では最近、台風でおよそ100名のかたが亡くなったと聞いています。原因は気候変動です。被害にあわれた方、亡くなった方にお悔やみを申し上げます。日本政府が、石炭に投資するということは、台風に投資するということです。日本企業がより早く気候変動対策を進めたいと考えるように、政府はサポートするような、野心を持った政策環境が必要です」
現在の日本政府は、来年(2020年)のNDC再提出にあたって、見直す動きを見せていない。しかし、日本の温室効果ガス削減目標は、パリ協定が目指す2℃未満には大幅に足りない。世界が1.5℃未満を目指す中で、日本政府がそこから取り残されているというトッピング氏の指摘は重い。
雇用の転換で脱炭素を支援
質疑応答では、産業政策の転換にあたって、雇用の転換の重要性が指摘された。 石炭産業を含め、温室効果ガスの大量排出につながる産業を転換するのは、簡単ではないだろう。しかし、今の雇用を維持しているだけでは、イノベーションは起きない。将来の雇用を考えた長期計画を立案し、問題解決につながる若い人材に投資すべきだという。
さらに米国の石炭産業に触れ、従事する労働者自身も石炭産業が存続すると考えていないことを挙げた。子供に石炭産業についてほしいとは思っていないが、自分の仕事をどうしたらいいかはわからないという。こうした労働者への支援が必要ということだ。
トッピング氏によると、我々の祖先の誰かしらは、炭坑労働者であったという。彼らは経済の発展に大きな貢献をしてきたヒーローでもある。その功績をたたえつつ、次の時代のヒーローをうみだしていくことが必要なのだろう。
最後にトッピング氏は、米国の30ハーベストという農業のイニシアチブを紹介した。米国中央部、共和党支持層が強い地域で活動している団体で、グーグルで動画を検索して見ることを勧めるという。
「彼らの認識は、農業によって土壌が失われ、炭素が放出されるということです。そのため、残された30年の間に、持続可能な農業を確立させようとしています。同時に、安定した食料生産も目指しています。彼らこそが、スーパーヒーローです」
同じことが、他の産業でも起こすことができるのではないか、ということだ。それが、日本の産業界、日本政府に向けられたメッセージということだろう。
(取材:EnergyShift編集部 岩田勇介 執筆:EnergyShift編集部 本橋恵一)