この世界において、12歳というのは、子供という時代を終えて、この先、農業従事者のように生産者として生きるか、主人公エレンたちのように巨人を退治する調査兵団、駐屯兵団または憲兵隊のような治安を維持する仕事に就くかを選ぶ時期なのだ。もちろん壁の中には政府もあり学校があり、高いレベルで教育や道徳はあるにしても、まず彼らは、「全人類がこの壁の中にしか生存していない。壁の外は巨人が闊歩する恐怖の世界」だと教育され信じて生きている。
進撃の巨人14巻第55話「痛み」より/©Hajime Isayama2010
また壁の外に興味を持つことや壁の外のことを話すことも禁じられており、そういう内容の本すら発禁とされている。さらに言えば、SDGsの目標9にある、「産業と技術革新の基盤を作ろう」なんてことは、超NGなのだ。空を飛ぶ、壁の下を掘る、銃を作るなど、治安維持に反する行為として、処罰されるのだ(拷問され殺される)。これでは、教育の先にある自由はなにもない。
ここで強力なネタバレのダメ押しだが、この壁の中だけが人類の生存できる安全な文明世界という教えは壁の中の人類だけの常識なのだ。じつは人類が生き延びているのは、この壁の中だけではない。まあこれは大概の人が最初から予想がつく程度のネタバレだろう。
壁の中で人類の最高位にいるのが、フリッツ王。と、その王を中心とした王政を守る人々。そして貴族やウォール教という教団。それらの最下層に庶民というヒエラルキーとなっている。この王政こそ捻じれの根源であるが、社会の安定ももたらしている。この壁の中の人類たちは、さる理由で、鎖国のように、王を立てこの壁の中に閉じこもらざる得ないわけがあるのだ。
たとえばこの世界で習う歴史においては、フリッツ王がエルディア人を率いて、壁の中に閉じこもることにより人類の滅亡を防いだと教育されている。
それだけ王というのは特別な存在と言うわけだ。ただこの常識は壁の外の人類にとって、正しい歴史認識ではないのだが・・・。
進撃の巨人season1「二千年後の君へ~シガンシナ陥落①」より/©諌山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
結果的に、壁の中では、既得権を持つ王政に携わる人々のためだけのSDGsがあるわけで、そのうえで「平和と公正をすべての人に」が成り立っているようなものだ。彼らが大事にしているのは、壁の中の民のためにSDGs目標1の「貧困をなくそう」、目標2「飢餓をゼロに」、そして目標3の「すべての人に健康と福祉を」、目標11「住み続けられるまちづくりを」というのはまったく建前で、すべては自分たち既得権益者の利益を持続するためにほかならないのだ。
ここで「進撃の巨人」の設定的な裏話だが、この進撃の巨人の全世界地理的なギミックを言うと、ぼくら現実社会の世界地図を上下左右反転させたものとなっている。
そして、3重の壁が築かれているのは、日本の1.6倍ほどの面積を持つ、海に囲まれた島であり、その島の名はパラディ島と呼ばれている。
↑アフリカの南東にあるマダガスカル島/©Google、INEGI、SK telecom
↑壁のあるパラディ島
進撃の巨人season3エピソード20「あの日」より/©諌山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
作中にも説明として出るが、パラディ島には豊富なエネルギー資源が眠っており、そのエネルギー資源を狙って世界中の各国がパラディ島を侵略しようと狙っているという設定なのだ。ちなみにパラディ島のモデルは、ぼくらの住む現実社会で言えばマダガスカル島とのこと。現実社会でマダガスカルに一番近い大陸と言えばアフリカ大陸なわけだが、進撃の巨人の世界では、その上下左右反転したアフリカ大陸にあるマーレという国が、このパラディ島を結果的に管理していることになっている。
なにしろ壁の中の民は、パラディ島から外に出てこないから外から一方的な干渉しかできない。で、世界中でその資源をもっとも欲しているのもそのマーレ国というわけだ。
「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」という意味では、パラディ島のエネルギー資源は、夜を強力に照らすほど光る鉱石が大量にあったり、立体機動装置の動力源になっている氷瀑石(ぼくらの社会ではメタンハイドレート的なもの)が豊富にあったり、武器強化に使える様々なレアメタルが眠っていたりとまさに資源豊富かつグリーンエネルギーな島なのだ。
壁の中に住む人々は巨人の恐怖以外まったく知らない世界情勢なわけだが、マーレ国人など壁の外の人にとっては、いまも戦争の真っ只中なのであり、巨人という存在は、彼ら壁の中の人類を牽制し、壁内に管理し押しとどめておくための強力な、マーレ国によって放たれた生物兵器だったというわけなのだ。
進撃の巨人17巻第70話「いつか見た夢」より/©Hajime Isayama2010
進撃の巨人の冒頭の壁の崩壊は、まさにその均衡が、マーレ国にとっては壁を破壊してでも達成したい、いくつかのある理由で壊れたことによる。で、その大きな理由のひとつは、エネルギー資源の奪い合いにほかならない。いつの時代もどこでも、戦争というものは、エネルギー資源のある領土の奪い合いが発端なのだろう。
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