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2020年9月、菅政権が発足した。この新しい政権下では、日本のエネルギー政策、気候変動政策はどのように変わろうとしているのか。発足時の閣僚人事と菅政権に与えるであろう変数から、元外務官僚の前田雄大氏(afterFIT)が読み解く。
収まるところに収まった。
そのように受け止めた人が菅内閣の発足については多かったのではないだろうか。
実際に官房長官として長らく安倍政権を支えた菅氏が総理となったこと、そしてその後の同首相の発言ぶりを見ても、確かにそのような世間の受け止めは自然と思われる。ただ、そのように思わせつつも、3つの点で菅内閣は際立っており、異質である。
ひとつはスピード感、そして、もうひとつが割り切り・思い切り。最後のひとつが明快さである。
これが今後の気候変動・再エネ政策にも反映されてくるとすれば、面白い。この論点について、閣僚や補佐官の顔ぶれも見ながら、今後の展開について考えていきたい。
安倍首相が辞任を表明した後、菅内閣が発足するに至る過程において、当然そのスケジュール自体はスピード感を伴うものではなく、予定通りのスケジュールが進行した。しかし、菅氏が自民党における足場を固め、総裁選で圧勝するまでの展開の速さは驚くべきものであった。
他の候補者が動く前に二階幹事長と話をつけ、それをメディアにキャリーさせ、自らの出馬表明の前に「菅動く」の印象づけを行って牽制するとともに、麻生派の取り込みにも早々に成功した。
岸田前政調会長はこの瞬間に勝ち目を失い、大勢が決したところで石破候補には対抗する術もなく、ふたを開けてみれば圧勝劇だったわけだ。
この一連の中で菅氏が見せたある種、最短距離での勝ち筋へのアプローチは、これまで世間に与えてきた「淡々と答弁を読み上げる」印象とは全く異なる一面が菅氏にあることを実感させた。
事が終わった後に振り替えると、同氏がたどったこのコースはさも当たり前のコースのように感じるかもしれないが、個人的には菅氏はかなり勝負をしたという印象がある。
当然のことながら、二階氏や麻生氏を取り込めば、両氏ないしはその派閥に対して配慮をしなくてはならなくなる。両氏からの支援取り付けをするという選択をした瞬間に、両氏の続投やそれ以外のことも付随的に固まったわけであり、菅氏が影響力を行使したい領域がその分、狭まることも意味する。
スピード感も重視した中でその割り切りをスパッとできたところに、菅氏の特徴がかなり見て取れる。ここはこだわるところ、ここは割り切るところ、という線引きを、勇気をもってできるということだ。
その観点で菅氏の閣僚人事を見ていくと、「ここは現状の方向性維持」と割り切ったところ、「ここはテコ入れをして重点的に力を入れる」ところが明確に見えてくる。
河野行革大臣の任用や、武田総務大臣の就任は、菅内閣としてこれらの分野についてはこれまでと異なった方向で物事を動かしていきたいというメッセージの現れであり、縦割りの撤廃や通信料金の引き下げをやっていくという決意が明快に示されている。
論点が明快であるがゆえに、計算どおりと思われるくらい、世間もそうしたことが起きるのだろうと受け止め、期待をし、賛否も含めて見事に話題になっている。ひいてはそれが菅カラーの打ち出しの成功にもつながっている。このカラーの打ち出しについても、政権序盤での成功を収めたという点で、やはり「実施」と「成果につなげる」というスピード感は、これまた隠れた菅カラーの一つと言っていい。
では、気候変動・エネルギーにかかわる閣僚人事はどうか。経産、環境、そしてパリ協定という文脈での外務、いずれの閣僚も留任になった。
この人事の差配を見ると、エネルギー政策が、菅内閣にとってテコ入れをするべき最優先課題に位置付けられているとは言いづらい、との思いが見える。つまりは、菅総理にとってエネルギーについては「現状の方向」でいい、と割り切ったということであり、当面は現行の方向性の維持、というのが基調になる。
2021年のエネルギー基本計画改定に向け、今年順々に打ち出された方針を見てみよう。例えば石炭火力については、経協インフラ戦略の中に新しく記載された石炭火力の輸出方針や、梶山経産大臣が7月に発表をした非効率石炭火力の早期削減といった施策の中で染み出されている石炭火力の今後の方向性が新エネルギー基本計画の根底をなしてくるだろう。
これらの方向性は、菅氏が官房長官時代に官僚から説明を受けてきて、かつ、自身の口から答弁してきた内容とも整合する内容である。その点から見ても、テコ入れをする優先順位は本人にとって必ずしも高くない、つまりは菅総理が自ら影響力を行使して方向転換を試みる必要性はないということだ。
現行の方向性の維持ということは、石炭・原子力・再エネのいずれについてもしばらくは思い切った方向性の提示は出てこないということを意味する。
8月12日の記事(安倍総理辞任。日本のエネルギー政策、そして再エネの今後はどうなる)で言及したように、現在の日本政府のエネルギー基本計画を巡る状況は、2030年に関しては原子力・石炭政策についてはこれ以上のメスを入れることは難しいにもかかわらず、既に発表してしまっている再エネの比率増の方向性は確保しなければならない、という複雑なパズルを解かないといけない状況にある。
それを綺麗に解く方法は、石炭・原子力・再エネのいずれかについて思い切った方向転換が発表され、パズルのピースそのものが変わる以外にない。
しかし、そのオプションそのものがないのだから、当然、エネルギー基本計画で出てくる脱炭素の方向性も、言葉として散りばめられたとしても、コアとなるところには盛り込まれないであろうし、エネルギー転換を強力に主導する内容にはならない。
各省が調整でもめたとして、その調整機能を担う内閣官房の長は堅実派の加藤官房長官であり、また事務レベルでの調整は、以前と変わらず和泉補佐官である。
同補佐官は国際的な再エネの潮流は認識しつつも、同氏がこれまで行ってきた調整との整合性を自ら担保しなくてはならないのだから、内閣官房を経た調整内容が思い切った内容になる理由もない。
このように書くと、菅総理の気候変動・エネルギー政策は単に現状維持ではないか、という面白くない分析になってしまっているし、なんのために筆者が菅総理の特徴としてスピード感、割り切り・思い切り、明快さを挙げたのかという話になってくるが、当然伏線は回収するために存在する。実はここまでの分析は、あくまでも変数がなかった場合の基調路線が現状の延長から逸脱しないものであると言っているだけであり、変数をまだ織り込んでいない。
では、菅総理の意思決定に影響を与えうる変数とは何だろうか。
ひとつは、実は一見割り切ったように見せた先述の留任人事の中に隠れている。小泉環境大臣の存在だ。
小泉環境大臣は自分の任期の間の自身のレガシー作りとして、脱炭素社会の実現への道筋を示すことに注力をしてきた。その結果(実質的な変化があったかどうかは別にして)、石炭火力の輸出方針では初めて「支援を行わないことを原則とする」という文言が入るなど(これもまたどこまで政策的意味を持つかは別として)、政策文書の様々なところに脱炭素という言葉が従来よりも盛り込まれるようになった。
この小泉大臣が留任になった、ということはすなわち、環境省の事務方としては一層の脱炭素色の反映を実現すべく汗をかかざるを得なくなったということを意味する。
その流れでのエネルギー基本計画の見直しであり、また、2021年11月のCOP26までの改定への着手を発表した地球温暖化対策計画の見直しである。
エネルギー基本計画が経産省・エネ庁の牙城であるとすれば、地球温暖化対策計画は環境省の牙城であり、そしてエネルギーと温室効果ガスの削減が表裏一体のテーマであるがゆえに、互いの計画の見直しは相互の整合性の確保が必要になる。
加えて小泉大臣は「見え方」を非常に重視する閣僚でもある。自身が政府代表を務めてグラスゴーに行き、そこで新たな自国の温室効果ガス削減目標を世界に対して自身の口から発表することが視野に入ってきた今、小泉大臣は、地球温暖化対策計画の中身について(これもまた実質的にどこまで言及できるかはともかく)、刺激的なアナウンス効果を伴うべく事務方に指示を出すと考えられる。
結果、そもそも混迷を極めるエネルギー基本計画のエネルギーミックスの議論はより混迷を極める、というのもまた見えてくる。
小泉大臣の脱炭素へのこだわりがどれくらい強いか、それが閣僚レベルでの調整になるのか、それを受けて内閣官房でどのような調整がなされるのか、ここはまさに変数と言わざるを得ない。
2つ目は、官房長官から総理に変わったことで、外交の最前線に菅氏が出ることになったことによる変化である。
これまでも官房長官という立場で外交関連の情報は逐一入ってはいたものの、やはり自身がプレーヤーとして外交の現場に出るのと、官房長官という国内の屋台守りとして情報共有を受けていたのでは、見え方が全く変わってくる。
生の議論を現場に行って見聞きし、国際社会で実際に生じているエネルギー転換のうねり、再エネの興隆の勢い、そして切迫感をもって議論される気候変動問題を目の当たりにしたとき、これまで国内の官僚機構からの報告をベースに判断をしてきた菅氏の判断軸が大きく変わったとしても、それはまったく不思議ではない。
かつ、官邸で経産省の力が強かった状況下で提供されてきた情報から、生情報に変わるわけである。
G20大阪サミットでの気候変動を巡る攻防を、文言調整の任を担って、生身でその圧力を感じた著者としては、実はここが一番現状から変化を起こしうる変数であると考えている。
3つ目は、これこそ外部的要素100%の変数になるが、11月に予定されている米大統領選挙の結果だ。これに左右される部分は多分に大きい。
トランプ大統領が続投するのか、はたまた民主党政権が誕生するのか、これによって日本の外交を取り巻く状況は大きく変わるが、その際たるところは気候変動外交であろう。
バイデン候補の掲げるグリーン・ニューディール政策では、気候変動の危機に対峙するべく、他国に行動を呼びかけるという内容も盛り込まれており、当然、同盟国である日本にも相応の対応を求めてくる。2021年に見直しが予定されているエネルギー基本計画、地球温暖化対策計画が影響を受けることは必至の状況だ。
また、逆変数となった部分もある。補佐官人事である。
前回の記事でも言及した安倍政権下における経産官僚の食い込みぶりと、経産出身補佐官、秘書官の功罪を間近で見てきた菅氏が、今井、長谷川の両補佐官を補佐官から外し、補佐官に経産省からの任用を行わなかったことから、菅総理が経産省の影響力をどのように見ていたかは自明である。
いずれにせよ、結果として経産省の総理へのパイプは安倍総理時代に比べて確実に細くなった。これにより、これまで経産省が気候変動・エネルギー政策に変数的要素として及ぼしてきた影響は排除され、よりニュートラルな形で総理は政策判断ができるようになったと言える。
最後に、これは変数と言えるかどうかは分からないが、菅政権の隠れた命題として、日産自動車の再生があると筆者は見ている。
日本政策投資銀行が5月に決めた日産自動車への危機対応融資1,800億円のうち、1,300億円に政府保証を付けていたことが9月7日に判明したが、これは危機対応融資の政府保証額としては過去最大となる異例の措置である。
報道の中には、菅総理が地盤とする神奈川2区に日産のグローバル本社があることから菅総理と日産は蜜月関係にあるとして、この政府保証の背景にも菅氏の影響力の行使があったとみる内容もあるが、筆者もおおむね同様の見立てである。仏ルノーが43%出資する外資色の強い日産をどのように軟着陸する形で救済できるかが、菅内閣にとって重要課題となるであろう。
さて、この日産の販売戦略の核は、昨今の木村拓哉氏が出演しているテレビコマーシャルにその姿勢が凝縮されているが、2009年来、ずっと注力をしてきたEVの販路拡大である。
日産を救済する過程で、同社が主力化を狙うEVについての優遇政策がより取られるようになったとしても驚きはない。
EVは国際的にはガソリン車からの脱却という論点で脱炭素として語られることも多く、日産救済文脈から、菅総理の認識に脱炭素が刷り込まれていったとしても、それは自然なことだろう。
日産ウェブサイトより
このように「菅政権の変数」について分析すると、意外に早い段階で(現状維持からの)方針転換が図られる可能性が見えてくる。
そもそも菅内閣は、既得権益との闘いも路線として打ち出している。その一歩として通信業界への切り込みを行おうとしているわけであるが、その意味ではエネルギー業界も通信業界と似たような既得権益の連なる業界であり、理屈としては、エネルギー業界にいつその矛先が向いてもおかしくはない。
先に述べてきた変数によって菅総理が脱炭素についての認識を新たにしたときに、一気に政策転換の波が押し寄せるのではないか。政治筋からは、菅総理はリアリストであり、現実に即して必要性が認識された場合は一気に動く傾向がある、という話も聞こえてきている。
今現在、国際社会で起きていること、そして日本の現下の気候変動・再生可能エネルギー事情の現実は、方針転換の必要性を認識させるに十分であろう。
そのとき、菅総理が切り込むのはどこであろうか。リアリストとして、再稼働は厳しいとして原子力に切り込むのか、はたまた国際的なエネルギー転換の潮流に立脚して、座礁資産ともなりうる石炭火力に踏み込むのか、それともその両方か。
いずれにせよ、切り込むと決めれば、そこは割り切りと思い切りによってバッサリ鉈が振るわれる格好になるのではないか。その裏として、再エネ比率増の打ち出しという帰着は自ずと見えてくる。ないし、託送制度が既得権益とみなしてそこに思い切ったメスが入るかもしれない。
そのどれであっても、漸進的な変化ではなく、思い切った内容のものが世間にも「変えていくぞ!」という明快なメッセージとともに発表され、そして、菅内閣らしい一気の寄りがそこで発揮される、そんな予感がする。
菅総理の特色であるスピード感をもって、思い切った政策が明快に打ち出されたとき、いよいよ日本の気候変動・エネルギー政策にもドライブ力が出てくるのではないだろうか。ぜひその到来を期待したい。
参照
EnergyShift「安倍総理辞任。日本のエネルギー政策、そして再エネの今後はどうなる」
EnergyShift「アメリカの気候変動政策はどこに向かうのか? トランプ政権がもたらした「ねじれ構図」とその反動、大統領選のゆくえ」
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