ある日突然、「ESG担当」をやってくれ、と言われた--。そんな人が今、企業に増えている。脱炭素の流れが世界的に加速し、今年6月には東証のコーポレートガバナンス・コードが改定され、「気候変動対策」が問われるようになった。担当者を置いたものの、どこから手を付ければいいか分からない。一足早くそんな経験をしたのが野村総合研究所(NRI)の元システムエンジニア、現サステナビリティ推進室長の本田健司さんだ。環境推進委員会の立ち上げから始め、7年たった今サステナブル企業としてのポジションへ。その奮闘記を今春出版した。著書『イチからつくるサステナビリティ部門』(日経BP社)を読み解きつつ、「何から始めるか」「どう進めるか」のポイントを本田さんに教えてもらった。
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本田さんが突然、サステナビリティ担当を言い渡されたのは2014年春。CSR推進という社会貢献活動支援の動きは定着しつつあったが、今のように機関投資家が注目する「ESG」や、持続可能な開発目標として国連サミットで採択された「SDGs」などが一般的でない頃のことだ。
元エンジニアとしてシステム開発の仕事に長く従事し、総務部に異動して1年足らずだった本田さんは、環境の仕事とは縁遠かったという。だが、「取締役から『NRIの環境への取り組みに関する外部評価はあまり良くないようだ。だが、その取り組みが評価されると、中長期的に企業価値が向上し、結果として株価にも良い影響が出て安定するようだ』と聞き、初めて興味がわいた」。
最初に行ったのは、国内の4つの外部評価機関の評価結果の分析だ。当時、「日経環境影響度調査」は、通信・サービス業で19位。なぜ評価されないのか。自分たちのアンケート回答を分析して分かったのは、環境施策を行っていても、情報開示やアピールが足りていないということだ。初年度の施策はここにフォーカスし、環境推進体制の設置と公表、CO2排出量の開示、環境マネジメントシステムの認証取得、ホームページの改善などを進めた。
「外部評価で高いスコアを獲得することが目的ではない。だが、企業は事業活動が社会に悪影響を与えていないことを示す必要があり、その証明のために一定の評価を受けることは必要」と本田さんは考えている。
さらに取り組んだのが、国際的な環境格付け機関の「CDP」評価だ。先進的な取り組みをする企業やコンサルティング会社にヒアリングをするなかで、「機関投資家に高い評価をしてもらうには、CDPが重要」と教わった。
本田さんが担当に着任した2014年春まで、NRIは依頼書を受領していたにもかかわらず、回答したことがなかった。重要なアンケートと認識していなかったのだ。
だが、本田さんは投資家対策において重要性が高いととらえた。「NRIは、環境対策に注力して株価を上げたいわけではない。頻繁に売ったり買ったりする投資家に注目して欲しいわけでもない。安定的・長期的な視点で投資してもらえる投資家に目を向けて欲しい」。
だとすれば、運用機関に影響を与えるのはインデックス会社の提供する「ESG株式指標」、そこに入るためには、彼らが参照する格付け機関の情報での評価が大事=図=。なかでも、CDPが重要だと考えたという。
(NRI・本田健司氏作成)
本田さんたちがCDPにこだわった理由のもうひとつは、環境、サステナビリティに関する海外と日本の温度差だ。
当初の取り組みにあたって、社内に環境推進委員会を立ち上げていた。その委員長だった副社長から「まず海外の取り組みを見たほうがいい」と言われ、5人の視察団を組み、ヨーロッパで省エネ型データセンター、環境関連の先進企業、CDP本部などをまわった。5日間で16ヶ所。
「欧州と日本では環境に対する取り組みが全く違う。日本を基準にしていたら、どんどん遅れてしまう。これからは海外を見なきゃいけない」と実感したという。NRIの売上比率のうち海外は10%。それでも国際基準にこだわった。海外に目が向くのは、「関連した役員に海外経験者や英語に堪能で海外とのやり取りが多い人が多く、欧州等でのサステナビリティの動きを肌で感じている人が多かったからではないか」。
CDPが国内の評価と異なる点について、本田さんは「採点基準が明確になっていること」を挙げる。各設問でどのくらいのレベルで回答すれば、何点になるかという配点が開示されている。たとえば、温室効果ガスの排出量を算出し、第三者機関の保証を得ることは10点近く加点があるから「最重要」だと分かる。こうして、アンケートに回答することで何をすべきかが見えてくるという。
環境推進委員会の立ち上げから1年後、NRIは2015年度に初めてCDPに回答し、いきなり「情報開示先進企業」に選ばれた。評価は「100B」(開示については100点満点、パフォーマンスは「B」)で、16年度はスコアが開示とパフォーマンスを合わせた形になり「A-」(100B相当)。さらに、20年度の調査では前年に続き、「気候変動リストA」企業に認定された。だが、実は17、18年度は「B」へと評価を下げていた。
この理由について、本田さんは「CDPは世界情勢に応じて評価基準が変わる。前年度と同じような回答をしていては、同じ評価は維持できない」と解説する。
15年にパリ協定が採択され、16年からは温室効果ガス排出削減目標の「SBT(Science Based Targets)」が本格的に始まり、17年には気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の最終報告提言が発表された。CDPはこうした内容を反映し、質問を変化させている。本田さんによると、この状況を受けて「企業が将来にわたって温室効果ガス削減にコミットする姿勢をCDPは強く求めるようになり、評価基準に組み込まれた」という。
<年表>
(本田氏の話を元にEnergyShiftで作成)
取り組みを通じて、本田さんはあらためて、「まず優先すべきは、ネガティブインパクトの抑止」つまりは「情報開示」だと感じているという。
今ほどにESGに関する情報がなかった7年前から手探りで取り組んできた本田さんだが、「今から取り組む人には、むしろ難しいかもしれない」と語る。SDGsという動きのなかで、事業として社会貢献すること、社会的責任を果たすことが求められている。「だが、新しいこと、事業としての価値創造をやるには、まず、ネガティブインパクトの抑止、社会にマイナスの影響を与えない基盤が整っているかが前提。それがないと、いくらポジティブなことをしてもその企業は評価されない。だから、ネガティブインパクト抑止のための情報開示が最優先」と話す。
(NRI・本田健司氏作成)
「日本企業には『三方良し』という考え方があるから、ESG経営への移行もスムーズだという声がある。その通りかもしれないが、欧米の『ステークホルダー資本主義』と大きく違うのは、情報開示をしているかどうか。国際社会においては、ESGの取り組みが良くても悪くても、まず、透明性が低い企業は評価されない」
ESG経営が強く求められる時代を迎え、本田さんは情報開示の重要性をさらに感じているという。
<プロフィール>
本田健司 野村総合研究所サステナビリティ推進室長
システムエンジニアとして証券・公共などのシステム開発に従事した後、香港に3年間駐在。2000年以降、ネット通販や携帯・スマホのカーナビアプリ開発など新規事業の立ち上げを担当した。13年5月に本社総務部に異動し、サステナビリティ活動に関わる。16年10月から現職。
『日経ESG』に2019年10月号から連載していたコラムをもとに、2021年4月、『イチからつくるサステナビリティ部門』(日経BP社)を出版。本記事で紹介した奮闘ぶり以外に、具体的な取り組みノウハウを紹介している。
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