北尾トロの 知らぬがホットケない 第6語 エネルギー基本計画の巻 後編 | EnergyShift

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北尾トロの 知らぬがホットケない 第6語 エネルギー基本計画の巻 後編

北尾トロの 知らぬがホットケない 第6語 エネルギー基本計画の巻 後編

2021年06月11日

『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』『夕陽に赤い町中華』などでおなじみの北尾トロさんの連載。カーボンニュートラル?脱炭素?SDGs??という自称・脱炭素オンチの北尾トロさんが、「知らぬが仏」にしておけないキーワードを自ら調べ上げ、身近な問題として捉えなおします。今回のキーワードは・・・

知らぬがホットケない 第6語 エネルギー基本計画 の巻 後編
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菅首相はどーんとブチ上げた

2003年に定められた第1次エネルギー基本計画には、少なくとも3年ごとの見直しが義務付けられ、現在は2018年に策定された第5次エネルギー基本計画が進行中。今年(2021年)中には第6次エネルギー基本計画が策定される見通しだ。

方向としては、いよいよカーボン・ニュートラル一直線。2020年10月26日の第203回臨時国会での所信表明演説で、菅首相はどーんとブチ上げた。

「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」

第1次エネルギー基本計画で、"計画"とはほど遠い"ふんわりとした夢"を語っていた我が国が、いよいよ本腰を入れてカーボンニュートラルに取り組んでいくというのだ。30年後の2050年までに達成してみせる、と期限まで切っている。

中国は2060年までにカーボンニュートラルを実現すると発表したが、日本はそれより10年早い達成を目指す。かつての煮え切らない態度とは違い、首相がビシッと言ったのだ。「日本の新首相がこんなことを言ったぞ」と国際的なニュースとなったのも当然だろう。菅首相の強気な宣言に、小泉進次郎環境大臣もツイッターで「私は昨年に環境大臣就任当初から政府内でゼロ宣言の必要性を訴え続けてきました」と熱のこもったツイートで応えた。

期限と目標数値を明確にした"計画"がついに動き始めるのだ。たとえば自動車業界にとっては、「ガソリン車の時代は終わりにする」と宣言されたも同然くらいのインパクトがある。

では、ここまではどうだったのか

ここに至る道程はどのようなものだったのか。

第2次から4次までに、何が変わってきたのか、もっとも気になることのひとつである原子力政策に絞って振り返ってみよう。

第1次エネルギー基本計画の「はじめに」で高らかに謳い上げられた主旨は以下のようなものだった。

<地球温暖化問題に取り組んでいくにあたっては、我が国のエネルギーコストの高さを問題視し、効率的なエネルギー供給システムを確保するために、国が施策を総合的・整合的に進めていく。原子力についても、適切な安全確保が行われない場合、大きな危険が内在しているのだから安全確保に力を入れていく>

見直しのタイミングで軌道修正が図られ、徐々に環境が整備され、2050年までに達成できるという目途が立ったので宣言に踏み切る。これが常識的な考え方だと思うが---。

当初の大きな柱は「エネルギーの安定供給」、「環境への適合」、「経済効率性向上」の3つだった。これに「安全性」が加えられたのが2014年策定の第4次エネルギー基本計画(第2次安倍内閣時代)。4本柱ということではなく、3つの柱の上に、その前提としての「安全性」が加えられたのだ。

2011年に発生した東日本大震災の教訓がはっきりと現れている。

<適切な安全確保が行われない場合、大きな危険が内在しているのだから安全確保に力を入れていく>

あまり中身のなさそうなこの文言が、大震災の発生でにわかに現実味を帯びたのだ。「原発はどうするんだ?」の問いに答える必要が生じ、第4次エネルギー基本計画では、「東京電力福島第一原子力発電所事故及びその前後から顕在化してきた課題」と題した項目が新たに加わった。また、「原子力政策の再構築」と題する項目にも別枠でページを割いている。

ご存じの通り、政府は原発事故後も原子力発電をやめると言ったことはない。でも、第4次ではこう書いている。

<東京電力福島第一原子力発電所の事故は、過酷事故への対応策が欠如していたことを露呈した。いわゆる「安全神話」に陥ってしまったことや、被災者の皆様を始めとする国民の皆様に多大な困難を強いる事態を招いてしまったことへの深い反省を、政府及び事業者は一時たりとも放念してはならない>

ここだけを読むと、我が国は脱原発に舵を切るのかと思いかねない。事実、<原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる>という文章もある。

ん? 原子力は安全とは言い切れないと認識を改めたのか。

国は認識を改めたのか?

ところが、全体を読むと相変わらず、原子力の必要性を説き、アジアやアフリカの新興国では原子力の導入が拡大していくだろうと、希望的観測めいたことを記している。原子力を否定的に考える視点がどこにも感じられないのだ。

薄々そんなことじゃないかとは思っていたけど、あの時期にこれかよと改めてショックだったですよ。

この調子だから、第5次エネルギー基本計画でも、原子力発電への依存度を可能な限り低減していくとしながらも、安全性を見極めながら再稼働させていく方針だとサラリと書く。低減させつつ再稼働もさせるというのは矛盾するようだが、政府の低減とはあくまで「東日本大震災以前のレベルと比べて」。

停止していた原発が再稼働しても、エネルギー基本計画とは矛盾しないらしい。感じるのは、「絶対に原発はやめません!」という強い意志である。

第6次エネルギー基本計画でも似たような文章がまた書かれることだろう。しかも、2050年カーボンニュートラル宣言下。目標達成のためには、なんだかんだいって原発が必要だと、再稼働をごり押ししてくるのではないか。

まさかそこまではと思うけど、東京オリンピックの、目標達成のためには手段を選ばず、批判にも耳を貸さない姿勢を見ていると十分ありそうな気がして怖いのだ。

北尾トロ
北尾トロ

ライター。1958年福岡県生まれ。体験・見聞したことをベースに執筆活動を続けている。趣味は町中華巡りと空気銃での鳥撃ち。 主な著書に『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)『猟師になりたい!1~3』(信濃毎日新聞社、角川文庫)『夕陽に赤い町中華』(集英社インターナショナル)などがある。

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