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トヨタの「水素エンジン」から、人工光合成によるグリーン水素製造を考える

トヨタの「水素エンジン」から、人工光合成によるグリーン水素製造を考える

EnergyShift編集部
2021年05月10日

4月22日、トヨタは「水素エンジン」でのレース参戦を発表した。使用する水素はグリーン水素だという。グリーン水素の製造方法として、従来の電気分解のほかに人工光合成での製造に注目が集まっている。日本は水素製造で世界をリードできるだろうか。

トヨタは「水素エンジン」でレースに参加

トヨタ自動車は4月22日、水素エンジンの取り組みを表明するとともに実際に水素エンジンを使って24時間耐久レースに参戦すると発表し、周囲を驚かせた。

この「水素エンジン」は、従来トヨタが開発・販売してきた「MIRAI」等の燃料電池車(FCV)とは仕組みが異なっている。燃料電池車は、水素を酸素と化学反応させ、電気を発生させて、モーター駆動する。これに対して水素エンジンは、ガソリンのかわりに水素を燃焼させることで動力を発生させるものだ。燃料供給系と噴射系を変更することで実現できるとのことである。


水素エンジンイメージ動画

今までBMWが2006年に限定販売したハイドロジェン7ではガソリンと水素の併用ができるエンジンだった。同時期にでたマツダのRX-8ハイドロジェンRE(リースのみ)もガソリンと水素の併用ができた。しかし、両車とも航続距離が伸びずその後は話を聞かなくなった。

会見で豊田章男氏と同席したGazoo Racing カンパニーの佐藤恒治プレジデントはこう明かす。

「もともと水素エンジンの研究はずっとおこなっており、特にバイフューエル(2種の燃料を切り替えて使用できるエンジン)のようなコンディションでは、2016年ごろから研究してきました。しかし、それを車両としてまとめていく"複合化"の動きはあまり進んでいなかったのが実態です。いろんなことがつながって、手の内にある技術でクルマとしての形がつくれることに気づいたのは本当に最近です」

そして、「水素はガソリンより燃焼速度が速いので、応答がすごくいいんです。燃焼速度がガソリンの8倍。低速のトルクの立ち上がりも早く、トルクフルでレスポンスがいいのが水素エンジンのいいところ」と発言した。一方で、「燃焼が早いゆえに、高圧・高温になるため、熱コントロールが技術的な課題になっており、最高出力をどこでバランスさせるかにつながっている」という。つまり、燃えすぎるという点が課題だ。

さらに、燃費も課題で、レース車は一度の水素充填で30分弱しか走れないという。水素補填のためのピット・インはガソリン駆動であるライバル車の2〜3倍近い回数になるという。ただし、燃費については改善の余地があるのはわかっているとのこと。

安全性もレース車として最大限配慮するとともに、レーサーとして豊田氏自身もドライバーになって安全性を証明するという。

非常に興味深い会見だったが、もう一つ、エネルギー視点で見たところ、重要な発言があった。今回のレースで使用する水素が「福島水素エネルギー研究フィールド」でつくられる「グリーン水素」だという点だ。

トヨタの水素エンジンに使うのは福島の「グリーン水素」

福島水素エネルギー研究フィールドとは、NEDO、東芝エネルギーシステムズ、東北電力、岩谷産業が、福島県浪江町で建設を進めてきた水素製造施設のことだ。2018年から建設を始め、2020年3月に稼働を開始した。世界最大クラスで、10MWの水素製造装置だ。


完成した福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R) 東芝エネルギーシステムズ株式会社リリースより

この施設では、18万m2の敷地内に設置した20MWの太陽光発電の電力を用いて、毎時1,200Nm3(ノルマル立方メートル・定格運転時)の水素を製造することができる。

幾度かお伝えしているように、水素にはグレー水素からグリーン水素まで、その製造法によりいくつかに別れている。

グリーン水素は再エネを使い、水を電気分解する。これが一番、二酸化炭素を排出しない。

ブルー水素は化石燃料(天然ガスや石炭など)を改質(分解)してつくられるが、CO2貯留をおこなう。グレー水素はブルーと同じく化石燃料を改質するが、CO2は出したままだ。ターコイズ水素というのもあって、これはメタンガスの改質による。

それぞれに課題がある。グレー水素は二酸化炭素を排出する。ブルー水素のCO2貯留、ターコイズのメタンガス改質はそれぞれまだ開発途上にある。CO2貯留は急ピッチで研究が進むがまだ実現には時間がかかる(イーロン・マスクが実現可能な技術開発に賞金を出したのは記憶に新しい)。

では、再エネの電気を使うグリーン水素が一番いいのではないか。確かにそうなのだが、グリーン水素にも問題がある。それは、エネルギー変換効率の悪さだ。

グリーン水素の製造法はまだ効率が悪い?

たとえば、太陽光発電をおこない、その電力を使って水を電気分解し、水素を取り出す。この2つの段階を経ないといけないのがグリーン水素の問題点だ。つまり、非常にエネルギー効率が悪く、コストが高くつく。

現状では、太陽光発電でつくられた電力をほぼそのままEVに使用したほうが、当然、段階によるエネルギーロスは減り、効率はいい。

一方で、太陽光発電も洋上風力発電も、大型化することで電力コストは下がっていくという見方もある。こうした水素の製造コスト削減については、時間との戦いになる。水素の導入コストが下がるほどの大量の再エネが日本に導入されるのは、まだ先の話だ。

では、この2段階のエネルギーロスをなくし、1段階にできないか。それが、人工光合成の技術になる。

効率が良いのは1段階の人工光合成だが

人工光合成ということばには、いくつかの化学反応が含まれる。なので、少々ややこしい話しになる。

人工光合成の第一人者である井上晴夫・東京都立大学特別先導教授によると、人工光合成と呼ばれる技術には、以下の3要素があるという。

1:太陽光の多くを占める可視光を使い

2:水を原料にし

3:光エネルギーを化学エネルギーに変え、役立つ物質をつくる

この反応を出すために使われるのが「触媒(光触媒)」などになる。そして、「役立つ物質」に当たるのが、水素などだ。先日の豊田中央研究所の「植物よりも変換効率のよい人工光合成」という発表は、この「役立つ物質」はギ酸だった。


出典:Science Portal「自然に学び、未来を築け 人工光合成への挑戦 ≪特集 令和2年版科学技術白書≫」(2020.11.26)科学技術振興機構(JST)

この人工光合成の考え方で、光触媒を使い、水から水素を「電気を使わずに」つくれないか。こうした研究が盛んにおこなわれている。

5月9日の日経新聞で紹介された堂免一成東京大学特別教授と、三菱ケミカル、INPEXなどの研究グループがおこなっているのも、その研究だ。

太陽光パネルに似た「人工光合成パネル」が研究施設に並び、太陽光を浴びている。人工光合成パネルの正体は、光触媒だ。そのパネルに水が入っており、太陽光が当たることで水素が発生している。

研究チームによるとこの施設での変換効率は1%弱。商用化に必要なのは10%以上の変換効率だという。10%の変換効率で触媒の寿命も伸びれば国内で水素1kgを240円でつくれ、政府目標の220円/kgに近づくという。堂免教授らはこの水素を用いてさらに二酸化炭素を反応させ、メタノールなどをつくることも研究している。そうなると、産業用の資源にもなり、カーボンマイナスになる。

人工光合成はムーンショット タイムラインは2050年にぎりぎり間にあうか

人工光合成は1972年の東京大学の研究「ホンダーフジシマ効果」で世界的にブレイクした技術で、日本がリードしてきたが、海外からの追い上げも激しくなっている。

だが、他の多くの研究開発と同じく、一足飛びにできるものでは決してない。タイムラインでいうと、2030年に変換効率10%を実験(ラボ)で行い、2030年には有力な技術を絞り込み、2040年にインフラ整備をはじめ、2050年になんとか間にあうかどうか、ということだ(井上教授)。

2020年6月の令和2年版科学技術白書では、「効率20%以上を2036年から2039年」という予測目標を掲げている。これに対して井上教授は「かなり高い目標」という。

一方、世界は脱炭素の動きが加速し、グリーン水素の需要も急速に高まっている。

ゴールドマン・サックスによれば、グリーン水素は2050年までに世界のエネルギー需要の25%を供給し、2050年までに10兆米ドルの市場になると見立てており、ドイツなどでは国家戦略にグリーン水素が組み込まれている。そのドイツでは再エネでの水分解で水素を製造しようとしている。

人工光合成による水素製造技術は、今すぐ手に入れることはできないかもしれない。しかし、前述の通り人工光合成は日本が世界をリードする研究であり、国内の研究者も多い。かなり困難な道かもしれないが、不可能ではない。

いつか、自分の家の屋根の「人工光合成パネル」でつくられたグリーン水素を使い、水素エンジンを持つ自家用車が走る時代が来るのかもしれない。

参考
サイエンス・ポータル:自然に学び、未来を築け 人工光合成への挑戦 ≪特集 令和2年版科学技術白書≫
トヨタイムズ:発売めどもない水素エンジンで、なぜレースに出るのか?
東洋経済:トヨタが水素エンジンでレースに挑む深い意味
日本経済新聞:砂漠で「ソーラー水素」 日本発で狙う資源革命
経済産業省:今後の水素政策の課題と対応の方向性中間整理(案),2021.3.22
井上晴夫:人工光合成の展望, 表面科学 Vol. 38, No. 6, pp. 260-267, 2017

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