連載「変わりゆく地球」ロシア バイカル湖【第10回】 | EnergyShift

脱炭素を面白く

EnergyShift(エナジーシフト)
EnergyShift(エナジーシフト)

連載「変わりゆく地球」ロシア バイカル湖【第10回】

連載「変わりゆく地球」ロシア バイカル湖【第10回】

2021年10月16日

“シベリアの真珠”と称えられるシベリアの世界遺産、バイカル湖。世界屈指の透明度を誇り、他のどこにもない貴重な生態系を有する、今なお解明されていない多くの謎を抱える神秘の湖である。しかし近年は水質汚染や温暖化の影響により、その希有な生態系に変化の兆しが見えはじめている。

連載「変わりゆく地球」

シベリアに押し寄せる温暖化の波
世界最大の淡水湖、バイカル湖が直面する危機とは


バイカル湖の東岸、環境保護区域であるバルグジン地区から氷上を走る。神秘的な氷の世界を堪能できるドライブは、冬のバイカル湖最大の人気ツアーだ。©藤原浩(クリックすると別ウィンドウで開きます)

唯一無二の生態系を誇る“アジアのガラパゴス”

約2,500万年前に誕生したとされる世界最古の湖、バイカル湖は、南北に636km、東西の幅が最大で79kmという巨大な三日月形の湖であり、面積は31,722km2。最大水深が1,600mを超える世界一深い湖であり、面積で琵琶湖の46倍、貯水量で実に820倍にもおよぶ。世界の淡水の約20%が、ここバイカル湖にあるとされる。

スケールの大きさだけではない、バイカル湖には他のどの湖沼にも見られない、独自の生態系が維持されている。淡水のみで生きるアザラシとしては世界で唯一の存在であるバイカルアザラシをはじめ、バイカル湖名物として知られるサケ科の白身魚オームリなど、非常に多くの固有種が生息することでも知られる。一説によれば、その数は動植物を合わせて1,000種を超えるともいわれ、今なお存在の知られていない固有種も多数存在すると推測されている。


氷の上を歩くと、その透明度に驚かされる。ツアーでは、旧ソ連時代から変わらないクラシカルなデザインの4輪駆動車「UAZ」(ワズ、通称“ブハンカ”)の人気が高い。©藤原浩(クリックすると別ウィンドウで開きます)

富栄養化により崩れるバランス

四季折々の美しさを見せるバイカル湖だが、その神秘性をより実感したいなら、厳冬期に訪れるべきだろう。唯一の流出河川であるアンガラ川の河口付近をのぞき、湖面は全面的に結氷し、見渡すかぎりの圧倒的な氷の世界が現れる。ツアーに参加すれば、蒼く透明な氷の上を自動車やホバークラフトで疾走し、氷で覆われた洞窟や、波が凍ってできた氷柱など、自然が作り出した氷の芸術を目の前で堪能することができる。

氷上の神秘とは裏腹に、その氷の下では、見過ごすことのできない重大な環境の変化が現れている。グリーンスライムとも呼ばれる分厚い緑藻が大量に発生、増殖を続けているのだ。原因は明らかにはなっていないが、工場からの排水や未処理の下水などの流入による富栄養化によるものと思われる。緑藻の増殖は生態系に大きな影響を与えつつあり、オームリが急激に減少している。

実は、富栄養化を促進している原因がもうひとつある。それが温暖化だ。冬季に氷の融解が早くなる、あるいは薄くなると、そのぶん光の透過量が増え、水温の上昇や栄養塩濃度の上昇を促すことになる。すなわち、これまで厚い氷によって守られていた貧栄養状態が崩れ、富栄養化が加速することで、藻類の増殖を後押ししてしまうのだ。


バイカル湖沿岸のリゾート地・リストビャンカの市場では、オームリなど湖の魚の料理が並ぶ。オームリは近年、急激に数を減らしており、禁漁となる年もある。©藤原浩(クリックすると別ウィンドウで開きます)

薄氷のバイカル湖

バイカル湖の湖面付近の水温が上がっている。氷結する期間も短くなり、以前は1.5m以上もあった氷の厚さも、今では1mに満たなくなっている。結氷期間の短縮は、雪で作られた氷上の巣穴で出産するバイカルアザラシにとっても死活問題であり、将来的な個体数の減少が懸念されている。

またバイカル湖周辺で暮らす住民の生活にとっても、温暖化は切実な問題である。一般的なイメージとは真逆かもしれないが、現地のロシア人にとって、氷上移動ができる厳冬期の方が動きやすく、移動や輸送にかかる経費も安い。シャーマンの島として有名なオリホン島も、夏季はフェリーで渡ることになるが、冬季は本土との間に“氷の道”が開通、実質的に陸続きとなる。

“氷の道”はかつて、12月の末には開通していたという。しかし今では1月の下旬、遅い年は2月にならないと通行できない。実際、2021年の開通日は2月10日で、開通時の氷の厚さは70cmだった。開通の遅れは島民の生活はもちろん、今や主要産業となった観光業にも悪影響を与えかねない。

バイカル湖の自然環境を守るために、政府も本腰を入れて対策を講じており、水質汚染については一定の成果が見えつつある。だが気候変動について現場でできることは、決して多くはない。地球が2,500万年かけて守りつづけてきた、この貴重な生態系を守るために、気候変動に対する抜本的な対策が求められている。


バイカル湖最大の有人島・オリホン島と本土を結ぶ“氷の道”。期間限定の正規の道路であり、道路標識も備えられる。万一の際に脱出できるよう、シートベルトは締めないのが基本。©藤原浩(クリックすると別ウィンドウで開きます)

*バックナンバーはこちら

藤原浩
藤原浩

鉄道・旅行ライター。鉄道のほか歴史や食、温泉などをテーマに国内外の取材を続け、ライフスタイル誌や鉄道雑誌などに発表している。また旅行ガイドブック『地球の歩き方』のロシア取材を20年近く担当している。『シベリア鉄道-洋の東西を結んだ一世紀-』『宮沢賢治とサハリン-銀河鉄道の彼方へ-』(東洋書店)、『南海電鉄 昭和の記憶』(彩流社)など著書多数。

この記事を読んだ方がよく読んでいる記事

気候変動の最新記事