SDGsのSはSustainable、持続可能という意味である。しかし、日常生活で「持続可能」という言葉を使う場面は少ない。そもそも、持続可能というのはどういうことなのか、あらためて、明確にしておく必要があるだろう。今回は、「持続可能な開発」とは何か、Value Frontierの梅原由美子氏が解説する。
あまり一般に理解されていない、「持続可能な開発」の意図
SDGsの国内での認知度は以前より高まっているようだ。朝日新聞が行った最新の調査では、日本人の3人に1人が「SDGsを聞いたことがある」と回答しており、職業別の内訳では管理職が47.7%と最も多かった。
近年のESG投資の流れから、企業の中長期的な成長力を測る判断材料として、環境・社会課題への取り組みや、経営ガバナンスなどの「非財務情報」にも投資家の目が向けられるようになったことで、管理職・経営層のSDGsに対する注目も高まっていることがうかがえる。
そもそも「Sustainable Development=持続可能な開発」とは何か。これは「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在世代のニーズを満たすような開発」という概念である。1987年に国連がまとめた報告書『Our Common Future*1』を通じて広く知られるようになったのだが、残念ながらその意図は一般にはあまり理解されていない。分かりやすくするために、私たちに身近な “お金”を例として考えてみよう。
例えば皆さんが100万円を複利で7%の利回りで運用できたとすると、10年後に資産額は倍の200万円になる。これだけなら嬉しい話なのだが、これを企業の成長率に置き換えてみるとどうだろうか。
企業は資本を投入し、事業を通じて生み出された利益は株主や社員に還元され、次なる投資の源泉となり、経済成長や社会の発展に貢献している。しかし年7%の成長を生み出すことで生じた、廃棄物や温室効果ガスも年に7%ずつ増え続け、10年後には地球上に2倍の負荷を与えることになる。経済学でいう「負の外部性」の増加である。
もうひとつの例え話で考えてみよう。あなたが池を持っていて、その中で水蓮を育てているとする。その水蓮は、毎日2倍の大きさになる。もしその水蓮が順調に成長するならば、30日でその池を完全に覆いつくし、水中生物を窒息させてしまう。でも長い間、池の中の水蓮は小さいままだったので、水蓮が池の半分を覆ったら刈り取ろうと思っていた。
さてその日は何日目にやってくるだろうか? 答えは、そう、「29日目」である。つまり半分に覆われた時点で気づいても、刈り取るのに残されたのは1日しかない。
*1 Report of the World Commission on Environment and Development - Our Common Future 1987年、国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会」がまとめた報告書。ブルントラントレポートとしても知られる。邦題「我ら共有の未来」(環境省の報告書概要による)
地球環境は限界ある“閉鎖系システム”
この話はローマクラブ*2が1972年に発表した『成長の限界』で紹介されているものだ。私たちが住む地球環境は一つの“閉鎖系システム”であり、「29日目」に気づいた時には、もはや何をしても手遅れという事態を迎える。
ローマクラブは、人間活動が池の水蓮のように“幾何級数的成長(Exponential Growth)”をすることにより、100年以内に地球が限界を迎えることを、今から半世紀前にコンピューターシミュレーションにより実証し、世に警鐘を鳴らしたのである。
この限界を別の角度から表したのが「エコロジカル・フットプリント」である。
例えば世界中の人がアメリカ人と同じライフスタイルを送るなら地球が5個、日本人と同じように生活すれば地球が2.8個必要という計算になる。一方で世界の9人に1人は、いまだ十分な食料が得られない飢餓状態で暮らしている。
将来世代どころか、現在世代のニーズすらも平等に満たされていないのであるから、明らかに今のグローバル資本主義システムは「持続可能ではない」ということになる。
このシステムの不具合を各国の総力で修正していかなければ、貧困や飢餓は無くならず、ある日突然、先進国・途上国の区別なく「29日目」が訪れる。このような地球の有限性による“制約”を理解することが、持続可能な開発を理解する上でのはじめの一歩である。
*2 ローマクラブは、スイスのシンクタンク。1970設立。『成長の限界』は当時、世界160万部のベストセラーになった。
SDGsの5つの特徴とは
さて話をSDGsに戻そう。持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、「SDGs」)は、2015年の国連サミットにおいて全会一致で合意された、2030年までに世界が解決するべき課題と達成目標である。企業やNGO、市民などから広く意見を集めた結果取りまとめられた目標なので、世界の主な課題が集約されていると考えて良いだろう。
17のゴールには具体的な169のターゲットが紐付けられている。その中身は、貧困や飢餓、健康や教育など、これまで国連が各国政府やNGO等と取り組んできたベーシック・ヒューマン・ニーズ(人間生活にとって最低限かつ基本的に必要とされるもの)の開発課題に加えて、ジェンダー平等や働きがい、経済成長やまちづくり、クリーンエネルギーや技術革新など、先進国にも共通する経済・社会課題、そして全ての基盤である自然資本を守るための気候変動や生物多様性などの環境課題が盛り込まれている。
これらの課題を生み出す世界的なシステムの修復には、途上国課題への取り組みだけでは不十分であるとの認識から、SDGsでは、先進国も含め全ての国が行動し(普遍性)、あらゆるセクターが参画し(参画型)、人間の安全保障の理念を反映して、誰ひとり残さない社会を目指し(包摂性)、経済・社会・環境の3側面を捉えた取り組みを進め(統合性)、モニタリング指標を定めて毎年フォローアップする(透明性)ことが定められている。
これら5つの特徴は、SDGsとビジネスの関係にも深く関わる点なので、ぜひ覚えておいていただきたい。
SDGsのゴール同士のつながりという視点も
SDGsの理解を深める上でもうひとつ重要な視点が、ゴール同士のつながりである。あるゴールの達成により同時に達成が可能なゴールや、逆に達成が妨げられるゴールがあり得る点だ。
例えば気候変動対策としてEV車の普及と充電インフラ整備を促進する場合、結果として電力需要は増える。もし増える電力を化石燃料で供給し続ければ、温室効果ガスの排出量は減らない。つまりゴール13(気候変動に具体的な対策を)の達成には、ゴール9(産業と技術革新の基盤をつくろう)やゴール7(エネルギーをみんなにそしてクリーンに)も同時に達成できる道筋を考えなければ、SDGsの観点からは「片手落ち」になる。
SDGsはこのように、あるゴールの達成過程で他のゴールにもプラス効果が高まる取り組みを増やし、マイナス効果の影響はできるだけ減らす、あるいはプラスの効果に逆転できる方法はないかを考える、というサイクルが繰り返される。このサイクルの中で、新たなイノベーションが生み出され、経済・社会・環境の好循環により持続可能な成長が実現されていく。いわば“グローバル資本主義の自己修復メカニズム”が埋め込まれているのだ。
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