短期的な石油・ガス高騰にはクリーンエネ投資で、課題は途上国支援 IEA、世界エネルギーアウトルック2021を読む | EnergyShift

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短期的な石油・ガス高騰にはクリーンエネ投資で、課題は途上国支援 IEA、世界エネルギーアウトルック2021を読む

短期的な石油・ガス高騰にはクリーンエネ投資で、課題は途上国支援 IEA、世界エネルギーアウトルック2021を読む

2021年10月13日、IEA(国際エネルギー機関)は年次レポート「エネルギーアウトルック2021」を発表した。今年のアウトルックで強く主張されているのは、現状の取組みでは2050年ネットゼロ、1.5℃未満の抑制には十分ではないということだ。特に途上国への投資が課題だという。また、短期的な化石燃料市場の混乱も指摘されているが、クリーンエネルギー投資が適切になされれば、のりきることができるという。その他の重要な指摘も含め、今年のレポートを読み解く。

予見されていた、天然ガス高騰

IEAが発表した「エネルギーアウトルック2021」は、これまでのアウトルックとは大きく意味が異なったものとなっている。

今回のアウトルックは、単なる年次報告ではなく、2021年11月に英国グラスゴーで開催されるCOP26(気候変動枠組み条約第26回締約国会議)のハンドブックとして位置づけられているということだ。また、そうした役割を担うことを踏まえ、無料でダウンロードできるものになっている。

また、気候変動対策に重点を置いているため、昨年同様に分析されるシナリオにはBAU(Business As Usual:現状の延長)は採用されていない。主に、現在の気候変動政策を織り込んだシナリオ(STEPS)、各国がコミットメントしている政策を実行したシナリオ(APS)、2050年ネットゼロシナリオ(NZE)の3つに絞られている。こうした点からも、IEAの気候変動に対する本気度が伝わってくる。

シナリオ別 2000年から2050年までのCO2排出量

さて、昨年の「エネルギーアウトルック2020」では太陽光発電が主役になる将来像が示されるとともに、短期的に天然ガスの需要が伸びることが指摘されていた。また、今年5月には2050年のカーボンゼロに向けたロードマップが発表されたが、ここでは化石燃料の開発に向けた新たな投資は不要であることが示された。しかし、こうしたIEAの指摘の帰結は、短期的な化石燃料の価格の上昇だった。また、実際に冬を控え、このことは現実のものとなっている。そのように考えると、IEAがエネルギーの見通しを示したにもかかわらず、世界は無防備だったといえるだろう。

「エネルギーアウトルック2021」については、あらためて何が求められているのか、そうした点から読み解いていきたい。

カーボンゼロに向けて途上国向けの投資が大きく不足

将来の地球の平均気温の上昇を1.5℃未満に抑制するためには、2050年にはカーボンゼロを達成する必要がある。このことは、2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した「1.5℃特別報告書」における帰結だ。これにあわせるように、パリ協定をはじめとする気候変動の国際交渉は、より野心的な削減目標に向かって動き出したといえる。

一方、当時のIEAは、持続可能なシナリオとして、2100年までに気温上昇を2℃未満に抑制するシナリオしか発表していなかった。石油業界を背景とするIEAにとっては、それでも十分に野心的だった。しかし、世界の潮流に従って、2020年にはじめて1.5℃未満のシナリオを示した。問題は、その実現に向けて、現状の政策では大きく不足しているということだった。

今回のアウトルックでは、STEPSシナリオ、すなわち各国の現在の政策の延長上では、2100年には平均気温は2.6℃上昇、各国がコミットしているさらに野心的な政策を実施しても2.1℃も上昇してしまうということだ。

シナリオ別 2000年から2100年までの世界の平均気温上昇

レポートでは、2050年カーボンゼロに向けて大きく不足しているのは、クリーンエネルギーとインフラに対する投資だと指摘する。

2030年までに年間約4兆ドルにまで投資を急増させる必要があり、しかもその約70%は新興国向けになるという。というのも、新興国や発展途上国はそもそも一人あたりのエネルギー消費量が少ないため、そのままでは温室効果ガス排出(GHG)の削減こそあっても、減少にはつながらないからだ。

しかも、新規の石炭火力発電所は、途上国に集中している。しかも、コロナ危機によって経済はこれまで以上に弱体化しており、より大きな支援が必要にもなっている。とはいえ、途上国への投資はGHG排出削減のコスト効果が少ない可能性があるため、投資先として除外されるリスクがある。

こうした課題をいかに乗り超えるかは、金融界の課題だろう。

発表された誓約とシナリオ別の2030年までのクリーンエネルギー投資

一方、4兆ドルの投資先の内容だが、3分の2は再エネなどクリーンエネルギーに、3分の1は再エネに対応した送電網の整備などに使われることになる。こうした投資に加え、後述するように石炭火力発電の廃止に対する支援も必要となってくる。

化石燃料高騰に対してはクリーンエネルギーで対応

レポートでは、2030年までに集中してとりくむ分野として、以下の4つを明示している。

  1. 電化の推進
  2. エネルギーの効率化
  3. 化石燃料事業からのメタン排出の削減
  4. クリーンエネルギーの開発と石炭の段階的廃止

このうち、もっとも注目されるのが、4番目の項目だろう。レポートでは中国が海外に対する石炭火力発電の新規案件への支援を終了したことを発表したことが、大きく評価されている。これにより、最大190GWのプロジェクトがキャンセルされ、累積で約20GtのGHG排出が削減されることになる。さらに、現在の各国政府のコミットメントが実現されれば350GW、カーボンゼロシナリオであればさらに150GWの石炭火力が閉鎖される。のこされた発電所の8割はCCUS(CO2回収利用貯留)とともに運転されることになる。

しかし、途上国の石炭火力は比較的新しいため、カーボンゼロにむけて平均運転期間25年間で閉鎖されることになる。したがって、カーボンプライシングなどのしくみの導入に加え、経済的影響を受ける発電所の所有者とは何等かの社会的な対話、金融支援が必要となる。実際にチリではこうしたスキームが導入され、廃止が進められている。

先進国である日本も同様に、比較的新しい石炭火力が多いため、同様のしくみは検討されるべきではないだろうか。

ネットゼロシナリオにおける石炭火力発電所の廃止 2050年まで

クリーンエネルギーの開発は、電化、および足元での化石燃料価格の高騰とリンクしている。

2020年のコロナ危機から2021年の景気回復によって、原油価格や天然ガスのスポット価格は上昇。レポートによると、2021年後半の天然ガス価格は、2020年6月の最低記録から10倍以上、ヨーロッパにおける最高水準に達しているという。その背景は、前述のように、IEAが示した石油・ガス田への新規投資の停止という見方が大きく影響している。では、現在の高価格を反映した新たな投資はないのか。結論から言えば、投資してしまえば、新たな化石燃料が将来のCO2排出をロックインすることになってしまうが、その一方でクリーンエネルギーへの投資が将来的な化石燃料の価格低下をもたらすことになる。ということは、現在の化石燃料の投資は、長期的には座礁資産になってしまうということだ。化石燃料の需要が高水準にとどまるとしたら、需給逼迫という問題に直面することになる。

ただし、化石燃料の高価格がクリーンエネルギーへの移行に対して与える影響については慎重な見方をしている。

ただし、化石燃料の価格ショックは、レポートではおよそ2030年までというものになる。将来はクリーンエネルギーの開発と電化によって、先進国では家庭用のエネルギー料金は下がる見通しだ。一方、現在安く設定されている途上国のエネルギー料金は上がることになる。

発表された政策とネットゼロシナリオにおける、燃料別平均家庭エネルギー料金 発展途上国 2016年から2050年

発表された政策とネットゼロシナリオにおける、燃料別平均家庭エネルギー料金 先進国 2016年から2050年

https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2021/prices-and-affordability#abstract

気候変動に対応したエネルギー安全保障

気候変動問題は、エネルギー安全保障にもさまざまな影をなげかけている。

そもそも、世界のエネルギーインフラそのものが、気候変動による物理的リスクに直面しており、世界の電力網の約4分の1が台風によるリスクが高いと推定されているほか、発電所や製油所なども洪水に見舞われやすくなっている。

また、化石燃料事業の新規投資を凍結したことによって、短期的に原油や天然ガスのOPEC+(石油輸出国機構とロシア)依存度が高まることも指摘されている。

太陽光発電や風力発電のような変動する再エネの増加もリスクとなってくる。その割合は2050年までに40~70%に達するため、ディスパッチ(再給電、必要に応じて給電すること)可能な低炭素の電源や蓄電池などが不可欠となってくる。なかでも蓄電池については、2050年までに3,000GWを超えるまで増加することになる。

蓄電池などとともに、柔軟なエネルギーとして期待されているのが、再エネ由来のグリーン水素やCCUS付きガス田などに由来するブルー水素、およびこれを原料としたアンモニアなどの合成燃料だ。カーボンゼロにした場合、金額で現在の石炭貿易の規模を上回る3,000億ドルに達すると予測している。しかし、インフラの構築や市場の形成については確実ではないとしており、推進にあたっては慎重な調整が必要になると指摘している。また、水素の生産コストは地域に大きな差がある。日本のような国は輸入国ということになるだろう。

シナリオ別 低炭素水素と水素ベースの燃料供給 2030年

また、ジェンダーについて言及されていることも見逃せない。交通や家庭における調理などの面で、女性はエネルギーのリスク(事故や空気の汚染)に晒されていることや、エネルギー業界に女性の管理職・役員が少ないということ、すなわち多様性の欠如もまた、問題だと指摘されている。

COP26に向けられた示唆

今回のレポートはCOP26に向けたハンドブックとして位置づけられている。では、COP26の交渉に対し、どのようなメッセージを発しているのか。

1つは、すべての国の政府に対し、GHG排出削減をさらに野心的なものにすることを求めている。とりわけ、石炭火力については早期廃止が必要ということだ。

第2に、排出削減の実現にあたって、投資の拡大や資金供与を求めている。とりわけ途上国への投資が重要なものになってくる。資金供与としては、先進国は年間1,000億ドルの拠出をコミットする一方、実際にはその金額に達しておらず、交渉の大きな課題となっている。しかしIEAによれば、1,000億ドルでは足りないというのが現実だ。

第3に、直面する世界のエネルギー市場の混乱にもかかわらず、その解決のためにクリーンエネルギーへの投資を行うべきということだ。

IEAは元々石油業界を背景とした機関であることもあり、保守的なエネルギーの見通しを示してきた。そのIEAが国際社会に対し、GHG排出削減も投資もまだ不足しているということを伝えている。COP26に参加する政府関係者はどのように受け止めるのだろうか。

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もとさん(本橋恵一)
もとさん(本橋恵一)

環境エネルギージャーナリスト エネルギー専門誌「エネルギーフォーラム」記者として、電力自由化、原子力、気候変動、再生可能エネルギー、エネルギー政策などを取材。 その後フリーランスとして活動した後、現在はEnergy Shift編集マネージャー。 著書に「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(秀和システム)など https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798064949.html

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