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北尾トロの 知らぬがホットケない 第3語 カーボン・ニュートラル の巻

北尾トロの 知らぬがホットケない 第3語 カーボン・ニュートラル の巻

2021年04月30日

『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』『夕陽に赤い町中華』などでおなじみの北尾トロさんの連載。カーボン・ニュートラル?脱炭素?SDGs??という自称・脱炭素オンチの北尾トロさんが、「知らぬが仏」にしておけないキーワードを自ら調べ上げ、身近な問題として捉えなおします。今回のキーワードは・・・

知らぬがホットケない 第3語 カーボン・ニュートラル の巻

カーボン・ニュートラルはいろはの「い」?

脱炭素用語というのがあるとしたら、"カーボン・ニュートラル"はかなり使用頻度の高い単語のひとつだろう。当サイトの記事にもしょっちゅう登場し、ごく普通に使われている。知ってて当然くらいの定着感。エネルギー業界にとっては「いろはのい」くらいの感じなのかな。

しかし、「いろはのい」なんて誰でも知ってるだろうと思うとしたらそれは間違いだ。試しにうちの娘(高2)に訊いたら「基本のキ、のことだっけ?」と、かろうじて意味が分かる程度。言葉としては知っているけど口にしたことはないという。親が使っていたり、メディアで使われているのを聞いて、そういう言い方があるのを知っていても、まったく使わないのである。あと10年も経てば死語になっているんじゃないか。そうなったら日光のいろは坂も大変だよ。名称の由来について詳しい説明文をつけなきゃならない。

それはともかくカーボン・ニュートラルである。直訳すると炭素中立だ。これだけだと意味が分からない。といって、「何か生産したり人が関わる活動をしたときの、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素の量が同じという概念なのです」と説明されても、やっぱりわからない。

後に続くややこしい説明を省略するために、業界筋がむりやり普及させようとしている言葉じゃないかと疑ってしまう。

大事なことを伝えたいときには

世間にはいつも、なんとなくわかった気になれる便利な言葉ってやつがフワフワと漂っている。やたら横文字を使う傾向も根強い。一時の流行語ならそれもいいかもしれない。でも、大事なことを伝えたいときにフワフワされちゃうと困る場合も出てくる。

コロナ禍でしょっちゅう使われる言葉にソーシャル・ディスタンスがあるでしょう。あっという間に全国に普及した…かのように思われているだろうけど、もっともコロナに注意すべき高齢者にもちゃんと届いているかは大いに疑問だ。

近所のスーパーでは、レジ前の密を避けるため、床にテープを張って順番に並ぶことになっていて、"ソーシャル・ディスタンスを保ちましょう"と注意書きが貼りだされていたが、意味が分からず前の人のすぐ後ろに並ぶお年寄りがいまだにいる。これはお年寄りのせいではなく、情報弱者の存在を見逃してしまったスーパーが悪いと僕は思う。コロナ対策のため前の人との距離を取りましょう、と書くべきなのだ。だってそれで済むんだから

では、リモートワークやテレワークが定着の気配なのはどうしてか。働く人限定の言葉だからだと思う。広い意味での業界用語みたいなものだから、その言葉を必要とする人がわかっていればいいわけだ。

カーボン・ニュートラルは業界用語?

そのように考えると、カーボン・ニュートラルの使われ方は、いまのところ業界用語の域を出ていないと思われる。「そんなことは"いろはのい"だろ」で話が済む人の間でだけ盛り上がっている新語といったところだ。昨年末、菅政権が発表した2050年までの方針の中でもカーボン・ニュートラルという言葉が使われたけれど、難しい用語やデータを並べるだけでは人は関心を持たない。

言葉の普及に特効薬はないし、目標達成できるかどうかが地球の未来を左右することだとすれば、流行語として消費させるのも良くないだろう。業界の枠を取っ払い、情報弱者にも理解できる表現を積み重ねて、だんだんわかってもらうことに尽きると思う。

言葉が浸透したかどうかは略されるかどうかで判断できる。長くて言いづらいんだよ、カーボン・ニュートラル。高校生たちが自発的に「カボニュー」とか短縮して使うようにならないと一般用語にはなれないと思う。

最悪なのは脅すことだ。このままでは地球は滅亡する、ひとりひとりの自覚が求められている、炭素を出す企業は敵だ・・・。正しいのかもしれないけど、ビビらせるだけではうまくいきっこない

小学生の時に教師が伝えてくれた

僕はカーボン・ニュートラルを目指すことは必要で、大事な目標だと考えている。それは、小学生のとき教師がこんな話をしてくれたからだ。

いまにして思えばカーボン・ニュートラルのシンプルな説明といってもいい。データなんて何ひとつ出てこないけれど、二酸化炭素の排出と吸収のバランスについての話をわくわくしながら聞いた僕は、先生の言葉をいまでも思い出すことができる。

「動物は酸素を吸い、息を吐くとき二酸化炭素を出します。植物は二酸化炭素を吸収して酸素を出します。どちらが少なくなりすぎると、動物も植物も生きていけませんが、みなさんは今日も元気ですね。地球という星は素晴らしい仕組みを持っているんです。いつまでもそれが続くように、地球を大切にしましょうね」

もう一度、このあたりからはじめて見たらどうだろう。スーパーの列に並んでいるお年寄りも、これならきっとわかってくれる。

北尾トロ
北尾トロ

ライター。1958年福岡県生まれ。体験・見聞したことをベースに執筆活動を続けている。趣味は町中華巡りと空気銃での鳥撃ち。 主な著書に『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)『猟師になりたい!1~3』(信濃毎日新聞社、角川文庫)『夕陽に赤い町中華』(集英社インターナショナル)などがある。

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