いままでになかったエコノミーワイド排出権取引制度を考える | EnergyShift

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いままでになかったエコノミーワイド排出権取引制度を考える

いままでになかったエコノミーワイド排出権取引制度を考える

2021/01/28

連載 気候変動問題を戦略的に考えよう(13)

カーボンニュートラルの2050年の達成に向けて、いろいろな分野で動きが出始めた。そのひとつは政治的イシューとなっていたカーボンプライシングである。ここでは、昨年のETS(キャップアンドトレード排出権取引制度)の議論を、もう一歩進めて考えてみよう。今年も、気候変動枠組条約のスタート以前から、さまざまな立場でこの問題に関わってきた、松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)による、気候変動問題の解決に向けた本質的な論考をお届けする。

新春にちなみ想像力を羽ばたかせてみよう

あけましておめでとうございます。

昨年は、世界の潮流が一斉にカーボンニュートラルに向けて動き出した年でした。とくに中国の本気度が感じられました。これまでにもときどき経験した一過性のブームとはすこし異なる、うねりのような雰囲気を感じておられる人も多そうです。わたしも大きく期待しています。うまくこの潮流に乗りたいものですね。

議論することがタブー視されていたカーボンプライシングへの動きもそのうねりのひとつですね。

さて、今回は、2021年第1回目の論考ですので、いろいろ夢のような=かなり大胆で革新的な政策措置を考えてみましょう(ただリアリティーも大事です)。そのベースは、昨年も3度にわたって議論*1した排出権取引制度(Emissions Trading Scheme:ETS)になります。ここではがんばって、3つのタイプのETSを論じてみましょう。キーワードは「エコノミーワイド」です。

*1:キャップアンドトレード排出権取引制度とは その1その2その3

エコノミーワイドなETSへのアプローチ 【現状からの拡張型ETS】

ETSは、そのカバレージ内の全排出量を、(原理的には=制度が遵守される限りにおいては)一定の枠(キャップ)内に納めることができるのですから、環境規制として、非常に魅力的ですね。経済のカーボンニュートラリティーを目指すには、非常に強力なツールとなってくれそうです。

まずここでは、もっとも歴史があり、追従する他国のETSのモデルにもなっているEU ETSを、先行事例として簡単にみてみましょう。

EU ETSは、EUの排出量の40%強というかなり広い排出源をカバーする政策ツールになっています。せっかく魅力的な政策ツールですので、ここで、もっと拡げてエコノミーワイドにすることはできないか? という視点で考えてみましょう。なお、ここでは便宜上、エネルギー由来のCO2に話を限るとします。

EU ETSのカバレージ40%強とは、どのような排出源?

さて、EU ETSのカバレージ40%強とは、どのような排出源でしょうか? それはいわゆる大規模排出源になります。日本では、省エネ法や温暖化対策推進法(温対法)で報告義務のある工場というところでしょうか。

一方で、閾値より小さい施設や、民生部門(業務部門と家庭部門)、そして交通部門は、カバーされていません。別の政策措置で補われているということになります(EUの場合、ETSは欧州委員会、その他は各国政府というように、規制する主体も異なります)。交通部門の例外は航空部門で、(国際航空がICAOのCORSIAでカバーされることになったので、それ以外の)国内航空がEU ETSでカバーされています。

ちなみに、EU ETSでは、実際の排出源を規制するという考えに基づき、発電に伴うCO2排出の扱いは、発電所が規制対象です。すなわち、電力消費はCO2排出とは考えない、というアプローチ(約束ごと)になります。

このカバレージを決める際のクライテリア(判断基準)は、排出量のモニタリング・報告・検証をきちんと行うことができ、遵守判断ができることです(実際、上述の航空部門や、大規模発生源でもカウントのむつかしいGHG排出源のカバレージは時期的に遅くなりました)。

これを、いまカバーされていない部門にまで拡げることは可能でしょうか?

排出量のモニタリングは、エネルギー利用のスマート化によって、技術的には容易になってくると思われます。EU ETSの場合には電力使用はCO2排出と見なしませんが、ガスのスマートメーターや、自動車の燃料消費量(購入量)のモニタリングはさほど難しい技術ではありません。モニタリングや検証は自動的に行うことができます。

実際に、EU ETSでそのような拡張が行われるかどうかは現時点では不明ですが(2030年までの現行の第4フェーズの期間にはないと思われます)、よりカバレージの広いETSを考える場合には、ありうる方向性の一つかと思います。

EU ETSの約束ごととは異なり、発電からのCO2排出を、消費側の責任分とするアプローチもあります。日本の場合には、電力消費削減=CO2排出削減(と考えるべし) という気持ちが強く、温対法の報告制度もその考え方をベースにしていますので、こちらの方が馴染みやすいでしょう。「CO2排出」よりその原因である「エネルギー消費」を重視する考え方ですね。ここでは、そのような制度*2を考えることとしましょう。

*2: EU ETSでは、発電からのCO2は電力会社からの排出と見なされるため、排出権市場における電力会社の力は他の部門に比較して非常に大きくなっています。一方で、電力の消費側に排出量をカウントする場合には、その分が大口需要家とアグリゲーターを含む配電会社に分散すると考えられます。
亜流のアプローチとして、発電CO2を、燃料の持つ熱量のうち電力のエネルギー分のみを消費側にカウントし、その他(廃熱)の分を発電事業者側にカウントするという方法もあります。この方法は発電事業者に発電効率を上げるインセンティブを付与しますが、現行の温対法におけるCO2排出係数の考え方と異なってきますので、日本のケースでは混乱が生じそうな気がします。

エネルギー排出よりも、その原因であるエネルギー消費を重視してみる

規制フレームワークとしてのETSにおける「遵守」とは、排出量分の排出権を所有し、それを償却(リタイア)することです。

この排出権の償却(=ETS規制の遵守)は、EU ETSでは、対象となっている事業者が期末後に、報告し検証された排出量と同量の排出権を償却するというプロセスをとります。これは大規模事業者向けですね。

温対法の報告制度をイメージしてください。このプロセスですと大規模事業者は対応可能ですが、小規模エネルギー消費者(車両や家庭を含む)に関しては、この方法がそのままでは使えません。

すこし視点を変え、このような主体の場合には、エネルギー購入時点に、購入量相当分の排出権も購入(同時に償却)という方法がベターでしょう。ポスト(事後)ではなく、プリ(事前)に遵守を行うわけですね。相当する排出権を償却しなければエネルギーを購入できないという仕組みになります。

モニタリングは、エネルギーの購入量になります。その場合、エネルギー供給業者は、そのエネルギーの中の化石燃料の種類と量に相当する排出権を調達する必要があり、そのコストをエネルギー価格にアドオンするという仕組みとなります。すなわち、排出権コストを加味した燃料や電力が販売されることになります。これは、エネルギー供給業者は、ユーザーの排出権償却サービスも行うことを意味します。

ガソリン価格表示を「今日のガソリン価格(排出権価格込み)」にしてみる

あるいは、自動車のユーザーが、排出権カード(ETCカードのようなものです)に、別途購入した排出権をチャージしておいて、お金と一緒に排出権も支払うという自由度のある制度も楽しいですね。

金銭で燃料代と排出権代を支払う方法以外にも、希望する人は、排出権プリペイド(あるいはクレジット)カードで排出権そのもので支払うことのできるシステムになります。ガソリンスタンドの表示は、「今日のガソリン価格(排出権価格込み)」と表示されるのか、「今日のCO2排出権価格が別立てで表示」され、排出権をお金で払うのか、排出権そのもので払うのかの選択肢があるケースになります。

電力料金のレシートに排出権情報を記載する

電力の場合、アグリゲータービジネスのひとつの付加価値とすることもできますので、より話が面白くなりますね。電気自動車からのグリッドへの売電などに付加した、新しいダイナミックなビジネス市場形成に繋がります。

電力の市場価値としては、

  • 電力自体の価値(kWh価値、kW価値、ΔkW価値(?))
  • CO2排出権、再エネ電力としての価値

などがでてくるでしょう。エネルギーの世界ではセクターカップリングという言い方をすることがありますが、その方向性に合った仕組みです。

電力の持ちうるいろいろな付加価値のひとつとして、「CO2を1トン排出できる価値」も含まれる、ということですね。日本の現行の類似のクレジット証書の場合と大きく異なりませんが、もうすこしきちんと「整理」しないと分かりづらい、市場参加者が少ない制度になり、市場が有効に機能しないおそれがあります(いま再エネ関連証書だけでもいくつあるのでしょう…?)。

燃料の方も含めて、排出権の市場関係者としては、発電事業者、配電事業者(アグリゲーターを含む)、燃料供給業者、大口需要家、商社などがメインでしょう。家庭を含む小口の需要家は

  • CO2フリーな電力や燃料
  • グリーン化された(再エネ由来の)電力や燃料

といったサービスを、エネルギー供給会社から受けるという形が一般的となると考えられます。

ちょうど現在(2021年1月上旬)、電力需給は逼迫していて、石油を中心とした火力が多く動いています。そのような時期には、たとえば再エネからの充電を契約していた電気自動車のオウナーは、高い電力そのものの価値(とくにピーク時)と、CO2排出権の価値、グリーン電力証書の価値を上乗せした電力を、アグリゲーターを通してグリッドに販売するというように、市況に応じて、需要側だけでなく、供給側に立つこともできますね。

アグリゲーターとして、どんな内容のレシートを顧客に提供することになるか、思いを巡らしてみても面白いですよ。

排出権の供給方法としては、いろいろな方法があり得ますが、公平性という点を考えると、初期割当(無償)は行わず、何らかの方法で政府が市場に排出権を出すというユニバーサルなアプローチに、輸出比率の高いエネルギー多消費産業への配慮措置を(必要に応じてETSとは別の手段で)付加する方法がよさそうです。

政府に入った収入の、経済への還流方法もパッケージで考える必要があります。これもETSの公平性への配慮の範疇に入りますが、気候変動緩和アクションにレバレッジを効かす使い方が、制度の目的からみても、国民の納得性からみても、ベターでしょう。

もちろん、キャップ(=排出権の総量)は、日本の2030年目標、2050年目標に整合性のあるトラジェクトリ—に乗った値が毎年設定されることとなります。

いかがでしょうか?

まとめると、この【現状からの拡張型ETS】は、制度設計面からは、下記のようになります。

  • 電力、燃料とも、消費側のモニタリング。
  • 温対法でカバーされている事業者は、その報告制度を流用。
  • それ以下の発生源は、エネルギー供給業者が、排出権も含めた価格設定やサービスを行う(排出権の取得・償却の代行)。排出権は多様な付加価値の一つ。

エコノミーワイドなETSへのアプローチ 【上流規制型ETS】

排出権を取引することは、あまり日本人には馴染まないという意見もあります。

そのような場合には、排出権を排出権 = 化石燃料輸入(および生産)権に読み替えてみてはいかがでしょう?

ずいぶんシンプルな制度で、かつ経済全体をカバーできます。キャップ設定も容易です。売買する主体は、日本の場合にはエネルギー輸入業者だけになりますので、(海外市場とのリンクを考えなければ)おそらく相対取引で済むと思います。政府からの年数回のオークションによる排出権供給だけで済むかもしれません。

化石燃料輸入業者は、調達した(もしくはするであろう)排出権分しか、化石燃料を輸入販売することができません。

モニターするのは、化石燃料の種類とその調達量だけですので、既存のエネルギーの輸出入統計をそのまま使うことができます。

排出権調達コストは、化石燃料価格に上乗せされて販売されるだけです。下流のエネルギーのユーザーは、その価格をみて、エネルギー消費行動をするわけですが、細かな変動はしないでしょうから、炭素税とほぼ同じような感じになりそうです。その点では、ユーザーサイドに立って【炭素税型ETS】と言い換えてもいいかもしれません。

エネルギーの消費側ではなく、最上流を規制するというアイデアは、いままでの排出権取引制度ではありませんでしたが、【現状からの拡張型ETS】で小規模ユーザーに拡張する際に、エネルギー供給業者が「代行する」というところのアイデアを、ぐっと進めた感じでしょうか。

まとめると、この【上流規制型ETS】は、制度設計面からは、以下のようにまとめられます。

  • 化石燃料輸入段階のモニタリング。
  • 化石燃料輸入業者に対する化石燃料輸入権。
  • 消費側には価格効果という形をとる。

新しい付加価値としてのダイナミックな排出権市場は期待できませんが、シンプルかつエコノミーワイドな仕組みとして、一考の余地はあると思います。

エコノミーワイドなETSへのアプローチ 【ベーシックインカム型ETS】

上の【上流規制型ETS】では、エネルギー消費者は排出権の売買にタッチすることはありません。ユーザー自体がエネルギー消費を実感し、排出権市況に関心を持って、場合によっては取引を行うことで、個々人の気候変動問題への責任感も生まれ、またいろいろな工夫なども行われるのではないか? という考え方もあります。

その意味では、消費側に重点を置いた【現状からの拡張型ETS】の方が、ベターなのかもしれません。

などなど、いろいろ思い巡らせて、わたしが2001年に考えたのが、この【ベーシックインカム型ETS】です。【通貨型ETS】といった表現でもいいかと思います(20年前の考案ですがまだ革新的すぎるかもしれません。当時はかっこよくDual Economy提案と名づけました)。

通常のETSでは、エネルギーの下流(消費するところ、もしくは排出するところ)に、規制当局(政府)が排出権を供給し、そこの企業の遵守を要求します。EU ETSはそうですし、現存するほとんどすべてのETSもそうだと思います。

一方、上記の【上流規制型ETS】は、エネルギーの最上流(輸入もしくは生産段階)に排出権を供給し、遵守もこの最上流で要求します。

ここでの【ベーシックインカム型ETS】は、これらの折衷型のようなもので、排出権の供給は最下流=個人への割当という形を取る一方、規制遵守は最上流に求めるものです。「排出権を扱う=気候変動緩和を意識する」ということの、経済への「浸透」の仕方を単なる価格効果(上流規制型ETSの場合)にしたくなかったということが、その背景にあります。

たとえば、日本のキャップを年間6億トン(現状の半分程度)とした時、人口がその時点で1億2,000万人だとすると、一人あたり年間5トン(5,000 kgCO2)の排出権をユニバーサルに無償で割り当て(提供し)ます。

一方で、化石燃料の輸入業者は、輸入するためには、それに相当する排出権を持っておく必要があり、化石燃料の販売先に対し、お金と共に排出権を要求します。たとえばガソリン1キロリットルを販売する場合、ガソリンの価格XXX円に加え、2,360 kgCO2の排出権も合わせて「2種類の価格」とするわけです(単位は「円」と「kgCO2」)。

この化石燃料の購入企業は、さらに下流の企業とのビジネスにおいて、必要な量の排出権も「価格」とし、最終的には、個人がモノやサービスを購入するときに支払った排出権が集まって、化石燃料輸入業者まで来ることになります。企業は、下流から排出権を調達するだけでなく、排出権市場から調達することもできます。

個々のモノやサービスに対し、どの程度の「排出権の値付け」がなされるかは、ビジネス判断になりますが、一種のLCA的な数字となるでしょう。付加価値税(VAT)が、個々の売買のトランザクションに一定の税率を課すことと類似しています。

モノやサービスは、「お金の値段(円)」と「排出権の値段(kgCO2)」の両方が「値付け」されますので、排出権はコモディティーというより通貨という表現が望ましいかもしれません。この2つの通貨のexchange rateが、排出権価格になります。規模がかなり違いますので排出権は通常経済に飲み込まれる=コモディティー化するという方が正確かもしれませんが、排出権としての可視化がカーボンニュートラルエコノミーのためには重要だと思っています。実際は、スマートカードなどの形での決済になるでしょうから、CO2の単位は、グラムでもOKです。

COVID-19の影響もあって、ベーシックインカムというかなり大胆な仕組みの議論がいろいろなところでなされました。わたしは、ベーシックインカムは、個々人がやりたいことをトライする=リスクテイクする機会を与えるという点で好きな仕組みなのですが、このETSはベーシックインカムの亜流と言えそうです。

政府の財政支出が不要という点でも、ユニークなベーシックインカム制度ですね。いまの排出量が半減した段階(年間6億トン)のときの排出権価格が2万円とすると,一人年間10万円になります。う〜ん…標準的なベーシックインカムと比較すると一桁少ないでしょうか…

まとめると、この【ベーシックインカム型ETS】は、以下のようにまとめられます。

  • 個々人に一定量の無償割当
  • 化石燃料輸入業者に対する化石燃料輸入権
  • 下流(個人)から上流(化石燃料輸入業者)まで、経済の仕組みの中を排出権が移動
  • モノやサービスの価格に排出権自体も明記される

いかがでしょう? 革新的すぎるでしょうか?

このように、比較的現実路線から、ベーシックインカムもどきまで、大胆に、経済全体をカバーできるETSの議論を行いました。どれもかなり革新的なものです。日本はETSでは完全に後発ですので、せっかくですので、世界になかったエコノミーワイドな(経済全体をカバーする)ETSをデザインしてみてはいかがでしょう?

みなさんは、どのETSが一番、気になりましたか?

松尾直樹
松尾直樹

1988年、大阪大学で理学博士取得。日本エネルギー経済研究所(IEE)、地球環境戦略研究機関(IGES)を経て、クライメート・エキスパーツとPEARカーボンオフセット・イニシアティブを設立。気候変動問題のコンサルティングと、途上国のエネルギーアクセス問題に切り込むソーラーホームシステム事業を行う。加えて、慶応大学大学院で気候変動問題関係の非常勤講師と、ふたたびIGESにおいて気候変動問題の戦略研究や政策提言にも携わり、革新的新技術を用いた途上国コールドチェーン創出ビジネスにもかかわっている。UNFCCCの政府報告書通報およびレビュープロセスにも、第1回目からレビューアーとして参加し、20年以上の経験を持つ。CDMの第一号方法論承認に成功した実績を持つ。 専門分野は気候変動とエネルギーであるが、市場面、技術面、国際制度面、政策措置面、エネルギー面、ビジネス面など、多様な側面からこの問題に取り組んでいる。