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~ビジネスパーソンのためのSDGs~ 連載第3話「プラネタリーバウンダリーとSDGs」

プラネタリー・バウンダリーとSDGs

2020年05月22日

人口爆発がもたらした地球環境の限界

前回の記事で「地球の有限性による“制約”を理解することが、持続可能な開発を理解する上でのはじめの一歩である」と書いたが、実際のところ地球の有限性など、目に見える訳でもなく、実感が湧かないというのが正直な印象であろう。
そこで、今回は地球の有限性を具体的に示す「プラネタリー・バウンダリー」という概念をご紹介したい。

その前に、大前提として生態系とは何か? をおさらいしておこう。

生態系とは、森や川や湿地など、ある場所に住む生き物と環境を一つのまとまりとして捉えたものである。基本構成は「太陽」「大気」「水」「土」、そして「生き物」。この「生き物」のうち、植物などの「生産者」が、太陽エネルギーで光合成を行い、無機物を有機物に変える。その有機物を昆虫や動物などの「消費者」が食べる。「消費者」の排泄物や死体は菌類や土壌動物などの「分解者」によって無機物に戻される。その無機物は再び生産者によって有機物に変えられる。

このようなエネルギーと物質循環によって、生態系のバランスが保たれ、環境が安定し、私たちの命が支えられている訳だが、問題はここ数百年で人間活動が爆発的に増えたために、身近な生態系から地球規模に至るまで、このバランスが崩れ始めていることである。

この状態を9つの側面から「地球環境の限界」として示したのが、J.ロックストローム博士が提唱した「プラネタリー・バウンダリー」である。2015年に採択されたパリ協定やSDGsの科学的な基礎ともなった概念である。

気候変動以上に危機的な生物多様性

図の赤い点線の内側、緑色は「地球の限界」の領域内、外側の黄色がリスクが高まっている不安定な領域、そして赤色は不安定な領域を超えてリスクが高い状態を示している。 色のない項目は定量評価が不十分なため、まだバウンダリーが示されていないものである。

資料:Will Steffen et al.「Planetary boundaries : Guiding human development on a changing planet」より環境省作成 出典:平成29年度版環境白書

この図から、最もリスクが高い側面は「生物多様性の損失(生物圏の一体性)」と「窒素・リンによる汚染」、次いで「土地利用変化」と「気候変動」であることが分かる。

では順番に、その中身とSDGsとの関連を見てみよう。今回はまず、「生物多様性」にフォーカスする。

生物多様性の損失

現在は「第6の大量絶滅期」と言われる程に生物種の減少が急速に進んでいる。しかも史上初めて、人間による活動が原因の大量絶滅である。そのスピードは、かつては年間およそ100万種に1種の割合であったが、現在はその100-1,000倍にも上る。陸域で確認されている8,300種の動物のうち、既に8%は絶滅し、22%が絶滅の危機に瀕している。森林には陸生生物の80%が生息しているので、昨年のアマゾンやオーストラリアのような大規模森林火災により、さらに多くの種が失われる可能性がある。

しかし、なぜ生物の絶滅は問題なのか?

確かにニホンカワウソが絶滅したと聞いても、私たちに直接影響があるとは実感しにくい。では昆虫種の40%が減少していると聞いたらどうだろうか? これは昨年、実際に科学誌で発表された研究で、筆者自身も衝撃を受けた数字である。

ご存知の通り、ハチや蝶などの昆虫は受粉を媒介することで、多くの動物や私たち人間の食料生産に欠かせない存在である。減少の主な原因は、農薬・化学肥料の使用や農地利用、そして宅地やインフラ開発など、もう1つのバウンダリーである「土地利用変化」の影響が大きい。

微生物や生き物など多様性が豊かな土壌が減り、植物の多様性が減った結果、昆虫種の多様性が減っているのだ。昆虫が大幅に減るということは、昆虫をエサにする動物種が大幅に減る可能性も示唆している。全ての種は食物連鎖でつながっているのだ。

つまりニホンカワウソの絶滅は、その種だけがいなくなったのではなく、その種を取り巻く多様性が失われていることを示す、象徴的な事象なのである。

プラネタリー・バウンダリーでは、現在の絶滅のスピードを、10~100倍のオーダーで緩めない限り、限界の境域内に収めることが難しいと指摘している。

近年ではミツバチも減少が危惧されている

SDGs:ゴール15「陸の豊かさも守ろう」

では生物多様性の損失は、SDGsとどのような関連があるだろうか。最も関連しているゴール15は、陸域の生物多様性を守ることを目指している。紐づけられたターゲットには、生態系と生態系サービスを保全すること、2030年までに砂漠化や干ばつ、洪水などで劣化した土地や土壌を回復させること、絶滅危惧種を保護し、防止の対策を緊急に講じること、などが示されている。

生態系サービスとは、生態系から人間が得る機能のことで、食料や木材、水や大気の浄化、気候の安定、自然の風景といったレクリエーションなど、全て私たちが生きる上で欠かせない機能である。つまりこれらのターゲットは、生物多様性を保全することで、巡り巡って私たちの暮らしや経済を守るための対策であることが分かる。

ではゴール15と他のゴールの関係はどうだろうか。陸の豊かさを守ることは、ゴール1の「貧困をなくそう」やゴール2の「飢餓をゼロに」、あるいはゴール4「ジェンダー平等を実現しよう」とも大いに関係している。

例えば、世界の農業人口約26億人の半数が、現在、土壌荒廃の影響を受けている。原因は農薬・化学肥料の過度の使用や、非効率な灌漑や栽培手法、単一作物栽培による地力の低下など様々である。また気候変動や収奪的な農業などが原因で、年間1,200万ヘクタールの土地が干ばつや砂漠化により失われている。これは国連による毎年の食料援助量の6倍以上、年間2,000万トンの穀物を生産できるほどの広さに相当する。
さらに、薪や食料など森林資源をコミュニティで共同利用している農村部の貧しい女性達は、森林破壊により生活に大きな影響を受ける。

このように森林を守り、豊かな土壌を回復することは、ゴール1の「貧困をなくそう」や、ゴール2の「飢餓をゼロに」、ゴール5の「ジェンダー平等」の達成にもつながる取り組みなのである。

参照

連載:ビジネスパーソンのためのSDGs

梅原由美子
梅原由美子

Value Frontier(株)代表取締役、里山エナジー(株)取締役、慶應義塾大学SFC研究所xSDGsラボ上席所員。 持続可能なビジネスの発展をテーマにコンサルティング・研究を行う。主にLCAによる環境影響評価、環境情報開示や脱炭素経営支援の他、環境・社会課題解決をドライブするための民間・行政向け事業化支援、人財育成、政策提言、執筆・講演など幅広い活動を行なっている。 https://www.valuefrontier.co.jp

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