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誰のための脱炭素なのか(続) ~全員参加の取り組みの理由

誰のための脱炭素なのか(続) ~全員参加の取り組みの理由

2021年06月11日

気候変動対策は、周囲がやるから自分もやる、というものではなく、あるいは再エネを使えばいいということでもない。本質的なことは何か、きちんと考えないとちぐはぐなものになってしまう。前回に引き続き、日本再生可能エネルギー総合研究所の北村和也氏が問いかける。脱炭素に向けて、ひとりひとりの個人にはどんな責任があるのだろうか。

脱炭素は政府や企業だけではなく、すべての人間の取り組みが基本

前回のコラムでは、脱炭素の目的を再度確認することを行った。

なぜなら、カーボンニュートラル自体が目的化し、元々の意義が忘れ去られかねないと危惧したからである。当然ながら目的は温暖化防止である。言い換えれば、この先も地球上で生命が生きていくことを持続可能にするためである。

そう考えれば、すべての人の課題であり、企業や政府だけでなくどの人間もが取り組むことが必要だとわかる。これは基本であり、ここから始まらなくては脱炭素の本質は見えてこない。今回は、そういうお話をしたい。

アスリートからの問いかけ

先日、WEB上である対談を行った。

テーマは、脱炭素や再生エネなど私の専門内でなじみが深く、繰り返してきたものである。ところが、今回の相手はあるアスリート(スノーボード)で、彼のスポンサーのウエアメーカーさんも加わっていた。

温暖化で雪が減り彼の活動にも制約が発生している。自分はどう対応すればよいのだろうかと自問を始めたという。

私は、専門家として彼の疑問に答え、アドバイスもするという立ち位置であった。

通常のセミナーや講演では、自分でまとめた資料をベースに、(あえて自分でいうが)偉そうに講釈を垂れて、質問を受け、時には厳しい意見も述べる。それが、一種ルーティンのように楽に繰り返されてきた。

今回はある意味で、相手は素人である。

脱炭素、温暖化防止について「何をすればよいのか」という質問は事前に見えていたが、的確な答えが見つからないまま当日になった。正直言って、この問いかけが一番きつい。これまで避けてきたわけではないが、考えないようにしていたかもしれない。

温暖化の防止、地球を持続可能にするという脱炭素の目的を、多くの人や企業などが忘れていないかという指摘は、実は私自身に強く降りかかっていたことに気づいた。この課題から誰一人逃れられない中に私自身が含まれないことはあり得ないのである。

焦らず、ゆっくりと。自然の素晴らしさを広めること

1時間半ほどの対談によって初めて、答えが少しずつ見えてきた。教えられたのは、私の方であった。対談は、以下のサイトで2021年5月28日から公開されている。詳しい中身はそこで読んでもらいたい。

アスリートと低炭素社会 #04 いずれエネルギーは“目で見える”ようになる by 藤田一茂×北村和也

彼の悩みのひとつは、ガソリン車に乗っていることであった。彼が罪悪感を持つのであれば、日本人のドライバーの九十数パーセントは懺悔(ざんげ)しなければならない。私も同様である。

また、住んでいる長野の白馬で何ができるのかという問いもあった。自然が素晴らしく、最終的に移ってきたという。

私がお話ししたのは、二つ。まずは、焦らないこと、慌てないことであった。

確かに豊かな自然の中を疾走するガソリン車はそろそろ時代遅れになる。しかし、だからと言って、すぐに切り替える必要はないと思う。意識が変わったなら、次の機会を待てばよい。無理をすればどこか自分の中に摩擦が起きる。方向を決めることができれば、いずれ物事はそちらに集約されていくはずである。

もう一つは、自然を大切にすること、それを広めること。脱炭素の基本は自然を破壊しないことである。特にアスリートとして、外に向かっての発信力は備わっている。それをうまく利用することで、目的に仕事が寄与できる。移り住んだ白馬から始めればよい。

面白かったのは、スポンサー企業のウエアメーカーさんとの関係であった。新作のウエアが出来たときにPRをしなければならないが、それは今着ているものを捨てることになって、資源の無駄遣いにつながらないか気になるという。

これからは長持ちするものを作るメーカーの方が評価を得るようになる。安くて使い捨てできることは、生産での安価な労働力との関係や資源の有効利用の観点から利点にはならなくなる。彼のスポンサーであるメーカーの製品は、実際には長く使われることがわかっている。彼が気にすることとは必ずしも矛盾していない実態があったのは少し救いになった。

脱炭素実現は、個人の果たす役割が大きいということ

IEA(国際エネルギー機関)が今年2021年5月に発表した「2050年ネットゼロに向けてのエネルギーセクターのロードマップ」は、2020年12月に続き脱炭素の道のりを示した2本目のリポートとなった。多くの示唆に富むだけでなく、各種の議論を巻き起こしている。

グラフ1:ネットゼロへの道での技術と行動変化の寄与の割合


出典:Annual CO2 emissions savings in the net zero pathway, relative to 2020「Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector, IEA 2021 May」

取り上げるのは、今回のコラムのテーマに沿って、個人の果たす役割である。

グラフ1では、脱炭素実現に、個人の行動変化と技術がどう寄与するかを数字で示している。技術の観点からは、2030年までは「既存の技術」(ブルー)でかなり対応できることになっている。

一方、最終的な2050年の実現では、ほぼ半分が「現在開発中の技術」(オレンジ)に頼らなければならい事がわかる、このためには2030年までに、開発技術を実装にまで高める必要があるとされる。かなりきつい目標に映る。

テーマである個人の「行動変化」は、グラフ左側の紫の部分で、共に4%程度となっている。なんだ、たいして重要ではない、と思ってはいけない。次のグラフを見ていただきたい。

グラフ2:ネットゼロへの技術と行動の変化の果たす役割

出典:

Figure 2.14 ⊳ Role of technology and behavioural change in emissions reductions in the NZE「Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector, IEA 2021 May」

グラフの最も上の緑の部分は「行動変化と原料のエネルギー効率化」で、直接結び付く脱炭素はおよそ8%に過ぎない。しかし、最もボリュームのある「消費者の行動を伴う低炭素技術」は全体の4分の3の二酸化炭素削減に寄与するとされる。

輸送、暖房、料理から都市部まで、人々の生活のさまざまな側面が二酸化炭素排出に関係し、例えば、EV(電気自動車)の購入、エネルギー効率の高い技術による住宅の改造、ヒートポンプの設置などの消費者の選択が削減に大きな効果を示すのである。

IEAの結論は、次にある。「市民の継続的な支援と参加なしには達成できない」。

私がアスリートから投げかけられた質問「個人が何をすればよいか」の答えは、そのまま脱炭素実現のカギだった。

脱炭素とSDGsとの強い関連

IEAがまとめたように、消費者としての個人が大きな役割を持つと考えていくとある結論に結び付く。それは、恥ずかしくも私が見落としていた重要なポイントでもあった。

リポートでは、地球上の人々のエネルギーへのアクセスの重要性を強く訴えている。

電気にアクセスできないおよそ7億8,500万人に電力を供給すること、26億人にクリーンな調理ソリューションを提供すること」と具体的な数字が示されている。

私たちは、脱炭素の実現を日本国内だけで考えていないだろうか。カーボンニュートラルの実現は、世界中のすべての地域で達成されなくては意味がないのである。どこかにほころびがあれば、温暖化は止まらず、その厄災はすべての場所を襲うことになる。

今、地球上には8億人近い電気を使うことのできない人たちがいて、伐採した木などを使うしか煮炊きができない場所で生きる人たちが26億人も存在している。日本で議論されている「電化の推進」は、そもそも電気を日常的に使うことが出来なければ解決策にならない。彼らのエネルギーへのアクセスを変えない限り、私たちの目的は達成されず、日本国内の努力は最終的に実を結ばないことを忘れてはならない。

これは、「誰一人取り残さない」SDGsの原則とまったく同様である。

私たちは、特に日本は、まだ課題解決への一歩を踏み出したばかりである。そして、その課題は現状の人間の英知を大きく超えるのかもしれない。

しかし、他の選択肢は存在せず、逃げることはできない。脱炭素の目的をもう一度確認し、その及ぶ範囲を踏まえる必要があり、そして、個人から行動を始めなければならないのである。

北村和也
北村和也

日本再生可能エネルギー総合研究所 代表、株式会社日本再生エネリンク 代表取締役。 1979年、民間放送テレビキー局勤務。ニュース、報道でエネルギー、環境関連番組など多数制作。番組「環境パノラマ図鑑」で科学技術映像祭科学技術長官賞など受賞。1999年にドイツへ留学。環境工学を学ぶ。2001年建設会社入社。環境・再生可能エネルギー事業、海外事業、PFI事業などを行う。2009年、 再生エネ技術保有ベンチャー会社にて木質バイオマスエネルギー事業に携わる。 2011年より日本再生可能エネルギー総合研究所代表。2013年より株式会社日本再生エネリンク代表取締役。2019年4月より地域活性エネルギーリンク協議会、代表理事。 現在の主な活動は、再生エネの普及のための情報の収集と発信(特にドイツを中心とした欧州情報)。再生エネ、地域の活性化の講演、執筆、エネルギー関係のテレビ番組の構成、制作。再生エネ関係の民間企業へのコンサルティング、自治体のアドバイザー。地域エネルギー会社(地域新電力、自治体新電力含む)の立ち上げ、事業支援。

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