アメリカのバイデン大統領は9月14日、訪問先のコロラド州で「異常気象の災害によるアメリカの損害額は昨年の990億ドルを超え、1,000億ドルを大幅に上回る。(昨今の異常気象による災害は)気候変動が要因であることはわかっている。その気候変動を引き起こしているのは人間の活動で、これはもはや議論の対象ではない。今後もさらに猛威を振るうだろう」と述べた。アメリカでは特に気候変動による災害が大きい。ヨーロッパでも気候変動による災害が増え続けている。気候変動による損失と脱炭素への投資の関係を考える。
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8月31日、WMO(世界気象機関)が1970年から2019年までの過去50年間の気象の変化と世界の経済損失についてのレポートを公表した*1。世界の気候変動と経済損失をまとめたものとしては最も包括的といえる。
それによると、50年間の災害による死亡者数はトータルで200万人強、件数にして1,100件、損失額は3兆6,400億米ドル(約400兆円)にのぼる。
この50年間で災害の発生件数は5倍に増加している。1970年から1979年までの10年間、年間の損失額を1日平均でならすと4,900万米ドルの損失があった。しかし、2010年から2019年までの10年間、同じ1日あたり平均は3億8,300万米ドルで、損失額でいうと7倍に増えたことになる。
最も損失額の多い災害のうち、3つが2017年に発生している。しかも、アメリカに集中している。
損失額2位、2017年8月のハリケーンでアメリカの損失額969億米ドル。3位、2017年9月のハリケーンでアメリカの損失額693億米ドル。4位、2017年8月のハリケーンでアメリカの損失額581億米ドル。
ちなみに1位は2005年のハリケーンカトリーナ、1,636億米ドルの損失になる。
さらに5位と6位、9位にもアメリカのハリケーンが入っていて、10位中、実に7つがアメリカのハリケーン被害となっている。
出典:Atlas of Mortality and Economic Losses from Weather, Climate and Water Extremes (1970 - 2019)
ここに、もう一つ確実にランクインしそうなのが、先週まで猛威を振るっていたハリケーンアイーダ(Ida)だ。現在までの死者数は60名を超える。ニューヨークの地下鉄に鉄砲水があふれた映像を見た方も多いだろう。
その被害額はまだ推定でしかないが、950億米ドルを超えると米アキュウェザー社は推定している。これは、インフレ調整をしたあとでは歴代7位の被害額となる(インフレ調整後のカトリーナの被害額は3,200億米ドル)。
Watch: The New York area was under a state of emergency on Thursday after the remnants of Hurricane Ida led to at least 14 deaths and disrupted subway service. Across the city, New Yorkers documented the scene as flood waters overwhelmed buses and subways. https://t.co/spVsdgF0XX pic.twitter.com/r2vg2aDRVg
— The New York Times (@nytimes) September 2, 2021
今年の6月には北米を熱波が襲った。この影響で数百人以上が亡くなっている。カナダのブリティッシュコロンビアでは6月に49.6℃を記録、7月にはアメリカのデスバレーで54℃を記録。オレゴンも6月後半に46.7℃を記録。ほとんどの家になかったエアコンが一斉に売れたという。
カリフォルニアでは8月14日に発生した山火事が9月になっても続いている。2021年初めから8月30日までの森林火災の面積は183万エーカー(7,405km2)、東京(2,194km2)と千葉(5,158km2)をあわせたくらいの大きさが今年焼けたことになる。
思い返せば今年初めの2月にはテキサスで大雪が降り、大規模な停電があった。
ヨーロッパではトルコ、ギリシャ、イタリアで8月初旬に連日45℃を超え、山火事が大きく報道された。
ちょうど同じ8月、IPCCの第6次報告書(第1作業部会)が公開され、大きく報道された。特にヨーロッパやアメリカでは「CODE RED(緊急事態)」として、各紙1面で大きく取り上げられた。
IPCC報告書を伝えるFinancial TImes(左)とMETRO(右)
日本ではどうか。
冒頭のWMO報告書での経済損失をみると、1970年から2019年までの間に日本は208の災害が起こり、1,760億米ドルの損失になっている。1991年の平成3年台風19号による被害は180億米ドル。
今年の大雨も記憶に残っている方が多いだろう。8月11日からの大雨は、総雨量として平成30年7月豪雨(西日本豪雨)を上回った記録的な大雨だったという。この平成30年7月豪雨は国土交通省によれば、統計開始以来最大の被害額で、全国で1兆1,580億円になった。
今年の大雨について、気象予報士の森田正光氏のヤフー記事*2によると、ひとつの要素として日本近海の海水温が高かったことがあげられるという。特に日本海は豪雨前、平年よりも海水温は3〜4℃高い状態だった。海水温が1℃高いと水蒸気の蒸発が盛んになり、降水量が約13%増えるという報告もあるという。
たとえば、2018年に日本を襲った熱波は人為的な影響がなければ発生しなかったという研究がある。令和2年の環境白書*3にはこうある。
“従来、異常気象については過去に数回しか経験したことがないため観測記録が少なく、また大気が本来持っている「揺らぎ」が偶然重なった結果発生するため、一つひとつの事例について温暖化の影響のみを分離することが難しく、温暖化の影響を科学的に照明することは困難とされていました。
しかしながら、近年の計算機能力の飛躍的な発展により、発生する可能性のある偶然の揺らぎを、大量の気候シミュレーションに寄って定量的に評価する「イベント・アトリビューション」という手法が発展してきています。上記研究チームはこの手法を用いて2018年7月の記録的な猛暑に対する地球温暖化の影響と猛暑の発生回数の将来見通しを計算し、評価した結果、工業化以降の人為起源による温室効果ガスの排出に伴う地球温暖化を考慮しなければ、2018年のような猛暑は起こりえなかったことが明らかになりました“
9月4日の日経新聞によれば、地球規模の温暖化が進めば微生物やウイルスに今までよりも高温での増殖が可能なものが出てきて、新しい感染症の驚異になるかもしれないという研究がある。
すでにWHOでは蚊の生息地域が今までとことなることを指摘。マラリアなどの病気の広まりが増えるという予測もある。
9月7日、米ニューヨーク・タイムズのオピニオン記事に「気候災害はニューノーマル」という記事が掲載された*4。それによると、アメリカ人の約3分の1が、この夏に気象災害に見舞われた州に住んでいるという。5年前は10分の1だった。また、米ハーバード大学のジョン・ホルドレン教授(オバマ政権時代の米大統領補佐官だった)の言葉を引用している。
「気候変動が人類にもたらす選択肢は3つある。温室効果ガスをなくす「緩和」。気温への「適応」、そして「苦しみ」の3つだ」。問題はどのように組み合わせるかだが、このうちの適応には限界がある。直近のような気候災害がいまよりもっと多くなれば適応どころではなくなるだろう。だからこその「緩和」が必要であると説く。
IPCCの報告書にもあるように、気候災害は人為的なものであることはもうほぼはっきりしている。この「ほぼ」はごくごく小さく、世界ではもう問題ではない。世界の脱炭素の潮流はEVを筆頭に勢いを増しているのは、このままでは日々の生活が立ち行かないことへの切迫感だ。
特に直近で経済損失という目に見える形で大きな被害がある米国は、よりその旗色を鮮明にしている。
日々の生活のためだけではなく、経済損失を防ぐための気候対策であるという側面が大きくなってきた。保険会社などを始めとする金融もそうだが、先日のデロイトトーマツのレポートにもあるように、全産業がマイナスの影響を被っている。企業はこのままでは気候災害で持たなくなるという切迫感が欧米中を動かしている。
この後ろ向きな「損をしたくない」という動機は、裏返って脱炭素への投資を呼び込み、今や脱炭素は新しい成長産業になっている。
日本の報道では、いまだになぜ、脱炭素が必要なのか、その理由、動機が弱く感じられる。地震を含む自然災害がもともと多い国だからこそなのかもしれないが、自然災害と気候災害は別のものだ。
気候災害のマイナスを取り返し、新しい産業としての脱炭素への大胆な投資が強く求められている。
*1 Atlas of Mortality and Economic Losses from Weather, Climate and Water Extremes (1970 - 2019)
*2 西日本豪雨の約1.4倍か 今回の豪雨は歴史的総雨量になっている 豪雨報道についてはこちらの江守正多紙の記事も参照
*3 令和2年環境白書
*4 Climate Disaster Is the New Normal. Can We Save Ourselves?
ヘッダー写真:Metropolitan Transportation Authority of the State of New York from United States of America, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
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