プラネタリー・バウンダリーとSDGs パート2 | EnergyShift

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~ビジネスパーソンのためのSDGs~ 第4話「プラネタリー・バウンダリーとSDGs パート2」

プラネタリー・バウンダリーとSDGs パート2

2020年06月16日

さまざまな海産物をはじめ、私たちは海から多くの恩恵を受けている。その一方、さまざまな形で海を汚染しているのも私たちだ。今回は、「地球環境の限界」として示された要因の1つである「窒素・リン」について、Value Frontierの梅原由美子氏が解説する。

窒素とリンによる深刻な海洋汚染

前回の記事では「プラネタリー・バウンダリー」で示された「地球環境の限界」のうち、最もリスクが高い「生物多様性」とSDGsの関係を解説した。今回は2番目にリスクが高いと示されている「窒素・リン」のお話。

その前に、少しだけ私の大好物「寿司」の話をしたい。

「人生最後の日に何を食べたいか?」と聞かれたら、私は迷わず「寿司」である。緊急事態宣言明け、初の外食に選んだのも、新鮮な魚介が食べられる店だった。約2ヶ月ぶりに食べた生牡蠣の美味しさは、コロナ禍の記憶と共に、忘れられない味になった。

江戸時代、東京湾で採れる新鮮な魚介を使った「江戸前寿司」は、江戸っ子達に人気のファーストフードであった。江戸でとれる「江戸前ウナギ」も人気で、当時のお江戸には400軒近くが軒を並べていたそうだ。もちろん養殖技術はなかったので、東京湾周辺の天然モノである。なんという贅沢であろう。

私も東京生まれの江戸っ子としては、死ぬ前に一度で良いから「江戸前ウナギ」を食してみたいものだ。しかしその夢は幻に終わるのか。はたまた、いずれ蘇らせることも夢ではないのか?

「プラネタリー・バウンダリー」では「窒素・リン」による海洋汚染を特に問題視している。
少し解説すると、窒素は地球上の大気の約80%を占める元素である。人間は植物から窒素を摂取し、尿素(アンモニア)として体外に排出する。そしてアンモニアは微生物などに分解されて、再び大気中に放出される。これが自然の「窒素循環」である。

リンはあまり馴染みがないが、カルシウムなどと共に骨や歯を作る必須成分であり、環境中を循環している物質である。

また窒素、カリ(カリウム)と共に肥料に使われる他、洗剤や食品添加物など、さまざまな製品に利用されている。これらの原料となるリンは、リン鉱石を採掘して使われるため、人間活動の拡大によって、人為的なリンの利用と環境への放出が急激に増大している。

特に厄介なのは、環境中への主な放出源が農業であることだ。私たちの食料生産を増やすために農地への肥料投入を増やした結果、大気や海の汚染が広がったのだ。

農作物が取り込む窒素やリンは一部で、そのほかは表流水や地下水を通じて湖や海に流れ込む。その結果、「富栄養化」した海にはプランクトンが大量発生する「赤潮」が起こる。すると水中は酸欠状態になるため、魚などの海洋生物が減り、漁業に大打撃を与えるのだ。

また、大気中に放出された窒素酸化物は、酸性雨やPM2.5などの大気汚染、そして地球温暖化の原因にもなる。

窒素の排出は75%減、リンは最低限今から増やさない

では「窒素・リン」の環境中への放出を、どの程度抑えなければならないのか。

2015年に発表されたレポート*1によると、窒素の影響を安全な領域に収めるためには、世界の窒素放出量を年間約6,200万トン以下に抑えなければならないという。
リンの放出は、農耕社会以前にはリン鉱石の自然風化などで、年間約100万トンであったのが、現在は約2,000万トンが生産され、そのうち1,000万トンは、世界の農地から海に流入している。リンは様々な製品で利用されており、安全な領域の予測は困難であるが、排出量を年間約600万トン以下に抑える必要があることが示されている。

資料:Will Steffen et al.「Planetary boundaries : Guiding human development on a changing planet」より環境省作成 出典:平成29年度版環境白書

話を「寿司」に戻そう。

私が自粛生活明けに食べた生牡蠣は、天然も養殖も味の違いは分からない。なぜなら牡蠣の養殖は、人口餌やホルモン剤などを使用せず、海の生態系を利用して行われているからだ。要するに牡蠣の餌はプランクトンなのだ。

そう、かつて「富栄養化」による「赤潮」に悩まされた瀬戸内海の漁師たちは、筏に吊るした牡蠣を海の中で育てることで、海を綺麗にする知恵を編み出したのである。

もう一つ、漁師たちは海藻のアマモが減ったことが、「赤潮」を悪化させていることに気づき、アマモのタネを海に撒いて育て、プランクトンを餌にする海の生き物たちに産卵や子育ての場所を提供し、水産資源を増やしたのだ。まさに「オーガニック農業」ならぬ、「オーガニック水産」である。

さらに、漁師たちのあくなき探究心の結果、身を取り出した後の「牡蠣の殻」にも、水質浄化や海の生物多様性を豊かにする働きがあることが分かってきた。

このように人間が手を入れることで、環境と資源を保全・利用する、日本の農山村の営みを、森では「里山」と言い、海では「里海」と言う。森だけじゃなく、海も人が育てることができるのだ。瀬戸内海が「里海」で再生できたのなら、東京湾だって、いつか「江戸前ウナギ」が蘇る日も夢じゃない、のではないだろうか。

瀬戸内海での牡蠣の養殖

*1 Science “Planetary Boundaries: Guiding Human Development on a Changing Planet” 2015

「里海」で持続可能な世界の海の環境を

今、世界的に水産資源の減少が問題となっている。原因は富栄養化の他、地球温暖化による海温上昇や海の酸性化、乱獲の影響などが考えられる。

SDGs 14「海の豊かさを守ろう」は、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、世界の水産資源を持続可能な生産量に回復させることを目指している。そして今、「里海」の技術と知恵は、瀬戸内海から日本を飛び出し、漁業資源の減少に悩む世界の漁業者に伝えられようとしている。

次回は「里海」技術をメキシコに伝えるために、挑戦を始めた岡山県の企業と現地の人々の挑戦をお伝えする。

参照

連載:ビジネスパーソンのためのSDGs

梅原由美子
梅原由美子

Value Frontier(株)代表取締役、里山エナジー(株)取締役、慶應義塾大学SFC研究所xSDGsラボ上席所員。 持続可能なビジネスの発展をテーマにコンサルティング・研究を行う。主にLCAによる環境影響評価、環境情報開示や脱炭素経営支援の他、環境・社会課題解決をドライブするための民間・行政向け事業化支援、人財育成、政策提言、執筆・講演など幅広い活動を行なっている。 https://www.valuefrontier.co.jp

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