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EVは本当にCO2排出削減にならないのか?(後編)〜欧州で検討中のLCA規制とは

EVは本当にCO2排出削減にならないのか?(後編)〜欧州で検討中のLCA規制とは

2021年02月17日

連載:EVはカーボンニュートラルを目指す

前編では、LCA(ライフサイクルアセスメント)を通じても、EV(電気自動車)の方がガソリン車よりもCO2排出量が少ないことを示した。さらに、石炭火力が多い中国においても、EVの優位性があり、将来的にも脱炭素化が進んでいることを示した。産業技術総合研究所 櫻井啓一郎主任研究員は、むしろ問題は日本だという。

EVによる電力需要増よりも早い再エネの電力供給増

今後、電力由来のCO2が多いと指摘されるようになるのは、中国ではなく日本になるかもしれない。前編において、そのように指摘させていただいた。

ところが電力の脱炭素化は一筋縄では行かず、下記のような手段を組み合わせながら、段階的に進める必要がある。

  • 火力発電の代わりとなる柔軟性資源を増やす[8]
  • 再エネや原発による供給量を増やす
  • 省エネを進める(特に建造物の断熱強化)

そしてこの全ての項目について、EVの普及が直接もしくは間接的に貢献できる。

「1月に電力需給逼迫で怖い目に遭ったところなのに、さらにEVで電力需要を増やすなんて?」と思われるかも知れない。

しかしEVによる電力需要量の増加は、たとえば乗用車6,000万台強がEVになった時点で今の日本の電力需要の10~15%程度と見られる。たとえ今すぐ年間販売台数400万台が全てEVになっても置き換えに15年以上かかるので、電力需要は年あたり1%分も増えない計算だ。

一方で2050年目標から逆算するならば再エネ・原発(或いは、輸入水素?)等の脱炭素電源を毎年平均2~3%分以上増やすことになるので、EVによる需要増加よりも速くなるものと思われる。

EVは電力系統から見れば、安価な蓄電資源

ここでEVは電力系統から見れば、安価な蓄電資源となる。バッテリーのコストは自動車としてのコストに含まれており、余力を集めるコストだけで利用できるからだ。しかもその量は膨大で、仮に6,000万台が平均50kWhのバッテリーを搭載し、3kWの入出力能力を提供できたとすると、日本の丸一日分の電力需要に匹敵する容量(3TWh)と、過去最大の瞬間的な電力需要に並ぶ入出力能力(180GW)になる。

原発も再エネも火力ほどの柔軟性は持たないので、EVの巨大なバッテリーの一部だけでも活用できれば、こうした低炭素電源を使いやすくなる。

現状の日本でも、太陽光発電や風力発電の電力が余りすぎて揚水発電でも吸収しきれず、やむなく発電を止めて電力を捨てる(出力抑制する)ことがある。また捨てないまでも、非常に安い価格になってしまうことがある。そのような電力が安い時間帯にEVを充電してもらうことで、電力価格が安定し、出力抑制も減少する(図6)。捨てられるはずだった再エネの電力を有効利用できるので、電力由来の排出量を削減でき、再エネのコスト低減や普及促進にも効果が期待できる。

図6 電力の脱炭素化とEVの役割


再エネが増加した時の余剰電力と、EVの蓄電能力の活用方法のイメージ。電力が余って安価な時に充電し、日没後の電力が高くなりやすい時に自宅等で利用する。2021.1.24 K.Sakurai (AIST) CC-BY 4.0

V2Hの導入でさらなる住宅の脱炭素化も

ここで、EVから住宅に給電するV2H(Vehicle to Home)を用いて需給が逼迫する日没後等に利用してもらえば、電力価格のピークが抑えられ、EVを持たない家庭にも恩恵がある(V2Hシステムは今は高価だが、EV自体のインバータを活用することでより簡易なシステムになるかも知れない)。非常時の備えにもなる。これは、住宅の脱炭素化にも間接的に貢献できる。

ちょっと脱線するが、2017年時点で日本の住宅のおよそ7割が、無断熱もしくはほぼ無断熱(S55年基準以下)である[9]。冷暖房に無駄なエネルギーを消費する上、化石燃料をストーブで大量に燃やすケースも多い。

住宅の断熱を強化すると、たとえば比較的小型のエアコン1台で住宅全体を24時間空調する事が現実的になってくる。需要が特定の時間に集中しにくくなるので、火力の調整力に頼る必要性も減る。今時は寒冷地対応のエアコンもある。

災害時も、断熱性能が高ければ暑さ寒さを凌ぎやすくなる。さらにEVからの電力が使えればエアコンを動かせるので、化石燃料の備蓄がなくても暖房が可能になる。EVは電力需給の調整や災害時の対策を通じて、住宅の脱炭素化も助けられるのだ。

このようにEVは、電力の価格を安定させ、再エネの普及を促し、火力発電や化石燃料暖房に頼る必要性を減らし、非常時の備えにもなる等、脱炭素化を多面的に支えられる。そして電力の脱炭素化が進むことで、EV自体の製造や走行に伴う排出もさらに減少する相乗効果も期待できる。脱炭素化は、自動車だけで考えてはいけない。

「EVは排出量削減にならない」?

一方、たとえば欧州の大手メーカーの宣伝において、“欧州ではEVの排出量はディーゼル車と同等(中国ではEVの方が多い)”と主張した例がある。

調べてみると、ディーゼル車の燃費を現実より何割も甘く見積もっている(図7)。実際には欧州どころか中国で利用した場合ですらEVの方が低排出なのだが、詳しい算出条件も併記されておらず、専門知識が無いと見抜けない。

うっかり信じると「なんだEVもその程度か」と油断しかねないのだが、実際は社運を賭けてEVの量産を進め、新たな市場を主導する方針を打ち出している。

図7


左から2本目以外は、フォルクスワーゲン(VW)の主張する同クラスのディーゼルとEVの排出量。左から2本目は、ディーゼル車の走行時や燃料調達時の排出量を現実的な条件に修正したもの(Gibon博士による)。修正後は、ディーゼル車よりEVの方が低排出となる。データ出典:VW, spritmonitor.de、ecoinvent 3.6より Thomas Gibon博士(ERIN/LIST)算出

最近話題になった別のケースでは、欧州自動車メーカーが密かにペーパー企業を設立し、先の例と同様、化石燃料車の燃費やEVの”電費”を現実離れした値に設定した見積もりを流布した。準備に半年以上かけた末にイギリスの主要紙の広告で喧伝したが、ものの数日で全容が暴かれて批判の的となり、関係した企業や政治家が軒並み弁明する事態となった。日本でも報じられたので、ご記憶の方も居られるだろう。このような試みは、イメージを損なうリスクが大きい。

この他、バッテリー製造時の排出量にも注意が必要だ。バッテリーを世界一たくさん生産しているのは中国だが、先述のように電源の排出原単位を着実に減らしており、また最大手のCATLのように、企業が個別に再エネを活用するケースもある。このため生産国の電力の平均的な排出原単位だけで算出すると、実態から乖離した値になりやすい。

日本でも“EVが化石燃料車と同程度の排出量になる”と見積もった例があるが、これは10年ぐらい前の技術や生産条件を使っていて、論文でもその旨が明示されている[10]。昔の性能の見当を付ける役には立つが、たとえばバッテリー製造時の排出量が昨今の条件に比べて2〜3倍程度多くなっているため、今時の一般的指標として用いてはいけない。

最近の技術や生産条件に基づいて見積もっている報告では、一般にEVは排出量削減になる(図8)[2][11]。電力の殆どが石炭火力発電だと仮定してようやく、純エンジン車とEVの排出量が近くなる。今の日本の条件でも、EVは排出量削減になる。しかも電力の脱炭素化が進むにつれて、EVはさらに排出量が少なくなっていくと思われる。

図8 EVは排出量削減になる

 


各種自動車の走行距離あたりの温暖化ガス排出量の見積もり例[11] 米国の条件に準じているが、電力の排出原単位(460g-CO2eq/kWh)と総走行距離(9.6万km)は日本の条件に近づけてある。EVはHVと同等か、むしろ排出量が少ない傾向が見て取れる。2021.1.16 K.Sakurai (AIST) CC-BY 4.0

EVの普及は必然的

気候変動対策以外でも、静かで運転しやすい、自宅で充電できればガソリンスタンドに行く手間が省けて便利、無線充電も可能等、EVへの移行にはメリットが多い。以前の記事(前編後編)でご紹介したように、価格や、充電速度(航続距離)の問題も今後解消が見込まれる。だからこそ、普及が見込まれている。

EV(&FCV)への移行は化石燃料車・ハイブリッド車で強みを持つ日本のような国にとっては、困難も伴う。しかも気候変動対策として、通常のビジネスの範疇よりも変化が急がれており、実際に技術開発や産業政策で大規模な対策に乗り出す国々も多い。対策が無ければ、たとえばドイツだけで40万人以上の雇用に影響が出ると言われている。

しかしドイツのみならず欧州全体でバッテリーやEVの域内での生産、充電インフラの整備、技術開発や関連サービスの育成等に取り組んでいる。自動車だけでなく、風力発電機や住宅の断熱リフォーム等、脱炭素関連産業全体を並行して育てている。こうした変化への対応を助け、痛みを和らげる施策にも、国際的・科学的な合理性があると言える。

何しろ、人類文明の危機、とまで言われているのだから[12]

 

(この項終わり、前編はこちら

参照文献
[2] F. Knobloch et al., Nature Sustainability 3, 437–447 (2020).
[8] IEA, Status of Power System Transformation 2019.
[9] 国土交通省、我が国の住宅ストックをめぐる状況について.
[10] R. Kawamoto et al., Sustainability 11(9), 2690 (2019).
[11] M. Miotti et al., Environ. Sci. Technol. 50, 20, 10795–10804 (2016).
[12] T. M. Lenton et al., Nature 575, 592-595 (2019).

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櫻井啓一郎
櫻井啓一郎

1971年生まれ。京都大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。 独ハーンマイトナー研究所客員研究員、米国国立再生可能エネルギー研究所客員研究員等を経て、現在、産業技術総合研究所安全科学部門主任研究員。 著書に「トコトンやさしい太陽電池の本第2版」「太陽と風のエネルギー」等。

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